毒撒き事件4
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次々と侵入者に襲われるジョヨー。しかし心強い味方が現れます。
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ジョヨーの商店街における放火と井戸への毒投入を皮切りに無差別テロは起き始めた。
都市内に幾つかある食料倉庫。その一つの近くの空き家裏手では茶色の上着を着た男、2が放火の準備をしていた。
男の目的は重要な警備対象である食料倉庫の近くで放火を起こし、警備の対象を火事場と倉庫に向けさせて近所にある井戸に毒を投入する作戦だった。
通常、空き家の裏手は人の出入りがほとんどなくゴミが溜められやすかった。2は昼の偵察の時に前もって一カ所にゴミをまとめておいた。それに火をつけようとして油の入った瓶を取り出そうと懐に手を入れた所で鋭い声を掛けられた。
「オイ!貴様は何をしている!」
2が見ると彼が裏手へ入ってきた路地からの通路を塞ぐようにして、松明を持った数人の兵士が険しい顔つきで2を誰何してきた。
「へへへ。私は宿無しでして。ここの空き家で一寝入りしようかと思いまして。」
「貴様、昼にも出入りしていただろうっ!?ここの隣人から見慣れない人間が怪しい作業をしていたと通報があった。懐から手を上げて膝を地面につけろ!さもなくば力づくで取り押さえるぞ!」
「へへへ………。」
2は素早く目で周囲を見回す。兵士の気配からすると、どうやら前後を挟まれているようだった。
(こりゃ、これまでだな。そんじゃ、これからだな。)
彼は覚悟を決めた顔つきになると、素早く油の入った白い瓶を取り出して栓を抜いて、自分の体に油を撒き散らした。
兵士達は2の行動に咄嗟に反応できなかったが、2は構わずに松明を持った前列の兵士の一人に飛びかかった。
飛びかかられた兵士は2を避けたが、松明の火が油に引火して2の体から青い炎が出てきた。彼の狙いは初めから兵士が持つ松明だった。
「うわっ、何だ!この野郎!」
2は体に火のついたまま兵士にがっしりと抱きつこうとした。
「こいつを殺せ!自殺するついでに道連れを作るつもりだぞ!」
兵士達は仲間を守ろうと2の体を次々と槍で刺していった。
五刺し目でようやく2の息が絶え、グッタリと倒れ込んだ。襲われた兵士が軽い火傷を負ったが、他に人や家屋に被害はなかった。
兵士達は放火を阻止できて安心した。
いまだに火を上げて倒れているゲレノア軍の工作員の顔は強く引き攣り、見開いた眼は虚ろに虚空を見つめていた。
二の区が騒がしくなった。
この区の警備兵には既にジョヨー全体が見えない敵の攻撃を受けている事を知らされていた。
大量の伝令や目撃報告が行き交う。
二の城壁には警邏の兵が増え、二の区の街路には篝火が焚かれて、火の灯りによってジョヨーに迫る闇を追い払おうとするようだった。
侵入者のリーダーであるユーズルーは二の区の物陰に息を殺して潜んでいた。
(警護が厄介になってきたな。そこを乗り越えて襲うのが俺の見せ所だぜ。)
ユーズルーは防備の隙を突いて鉤縄で二の城壁を越えていた。与えられた地図を正確に記憶していたので、記憶どおりに行動して二の区の四つある井戸の一つに近づいていた。
城壁に守られた裕福な層が住む二の区に毒が撒かれれば、ジョヨー全体に恐怖を与えることができる。成功すれば大きな手柄になるはずだった。
(あと三百歩。)
ユーズルーの頭の計算では今いる所から三百歩先に井戸があるはずだった。ここからが正念場だ。
どうやって井戸まで達するか好機を待っていた時に、不意に大型の馬車が近づいてきた。この馬車は兵士の兵糧を配る荷馬車であった。夕刻の配送を終え荷台は空だった。
ユーズルーは走る荷馬車にそっと近づき、素早く荷台に乗り移り潜り込んだ。荷台に乗って中に隠れて井戸に近寄った。ユーズルーは荷台で油の壺の導火線に火打ち石で火をつけ、息を殺して好機を待った。
(あと五十歩。)
その時、馬車が方向を逸れて井戸から離れようとした。ユーズルーはそこまで来ると、荷台の中に油壺を叩きつけて火を放った。素早く馬車から飛び降り、物陰に身を潜めながら井戸に駆け寄った。
「うわっ!馬車の荷台から火が出ているぞ!」
井戸場には十人程の警備兵がいたが、荷馬車から上がる炎に釘付けになり、彼の接近に気づけなかった。
(やれる!)
彼は確信して走り、井戸まであと二十歩というところで、黒い影が割り込んできた。
「ガウッ!」
鋭い爪がユーズルーの首を狙ってきた。
「うぉ!チッ!」
彼は体全体を反らして爪を避け、後方に飛び上がりトンボを切って着地した。
黒い影は高く飛び上がり二つめの攻撃を仕掛けてきた。ユーズルーは柔らかく体を捻ってその攻撃を躱した。そのまま地面を転がり影と距離を取った。
「フシュルルルルフゥー。」
影は獣の唸りを発した。篝火に照らされながら、黒い巨体の獣は長い脚を柔らかく曲げて、ゆっくりと攻撃の構えを取った。
その獣はスレイ将軍の愛犬ヴィンデルであった。
ヴィンデルは鋭い五感を駆使して二の区への侵入者を追っていた。そしてユーズルーが井戸へたどり着くのを、すんでのところで防いだ。
ヴィンデルを見たユーズルーは口角を釣り上げて独り言を呟いた。
「ジョヨーには見るも恐ろしい卑しい獣がいると聞いている。黒い魔犬ヴィンデル。人の生き血を啜る悪魔。これは幸運。貴様を殺して俺の手柄としよう!」
ユーズルーは細長い手足を広げ短刀を掲げた。
「ウウウー!」
ヴィンデルも姿勢を低く下げながら後脚を強張らせ、いつでも襲える体勢をとった。
その頃には井戸場を守っていた警備兵もユーズルーに気付いて周りを囲んでいた。兵達はジリジリと囲みを狭めていく。しかし思い切った行動は取れないままだった。
ユーズルーは短刀を構えながら膝を柔らかくしてヴィンデルに近づく。ヴィンデルも僅かに横へ体を移しながらユーズルーへの目線を切らせない。最早、ユーズルーとヴィンデルの間には誰も入ることのできない緊迫感が高まっていった。
(奴の攻撃は強力な顎と脚の鋭い鉤爪。それさえ防げれば俺は勝てる!)
ユーズルーの短刀には井戸に撒く毒が塗られていた。傷口から毒が回れば、人であれば死に至り、巨体の獣だろうと致命傷になった。
ユーズルーは焦る気持ちを抑えつつヴィンデルと向き合った。
少しだけ互いの動きが止まった。
ザッ!
ヴィンデルが仕掛けた。
低い姿勢を保ちながらユーズルーに駆け寄る。口を大きく開けて襲いかかるかと思われたその瞬間、前足を軸にして水平に体を回した。そして長い尻尾でユーズルーの脚を薙ぎ払いにきた。
「?!」
ユーズルーは素早く反応して飛び上がって躱す。しかし意外な動きに反応が遅れた。
ヴィンデルは回転の勢いを活かしてジャンプして、宙に浮いているユーズルーの脚に素早く噛み付いた。一噛みで左脚の膝から下の肉が食い千切られる。
強烈な痛みがユーズルーの体を駆け巡る。
しかし彼はその痛みを即座に意思の力で抑え込んで、着地する前に足元のヴィンデルの顔に短刀を斬りつけた。しかしヴィンデルが脚から口を離して首を捻るだけで、毒の刃は鼻先の一寸先の空を切るだけに終わった。
(何っ!躱した?!)
ユーズルーは片足で着地したが、姿勢を保てず横倒しに倒れた。
「おのれ!この魔犬が!」
彼は短く罵った。
その直後に、ヴィンデルが前脚をユーズルーの短刀を持つ手に乗せて抑え込むと、ユーズルーの首の後ろに鋭い牙を立てた。首の肉は深く抉られ、頸動脈は切り裂かれて血が吹き出した。
「カ、カハーーー。」
ヴィンデルは短刀から毒の臭いを嗅ぎつけ、斬りつけられないように手を抑え込んで噛み付いたのだ。
ユーズルーは息が出来なくなり意識が急激に薄れていく。彼は最後の力を振り絞って、懐の毒の入った黒瓶を取り出して井戸場へ投げつけようとしたが、懐に手を入れた所で力尽きた。
遂に自分の仕事を果たすことが出来ないままユーズルーの目からは光が消えた。
ヴィンデルは敵の最期を見て取ると、口元から血を滴らせながら顔を高く上げて大きな遠吠えを発した。
「ワウウウーーー!ワウウウーーー!」
強敵を倒した高揚感と勝利の快感に打ち震え、鳴き声は果てしなくジョヨーに鳴り響いていった。
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