籠城戦に向けて
拙作を覗いてくださりありがとうございます。
ゲレノア軍が何やら動き出すようです。一方、主人公は大変な作業に就いたようです。
ご意見、ご感想をお待ちしております。
よろしくお願いします。
パルコ川東岸、ゲレノア軍は大規模な攻城兵器を運んでいた。兵器は運びやすいように部品で分解されており、城へ近づいたときに組み立てられる。
これらは馬力と人力によって運ばれていた。今はパルコ川の浅瀬に沿って進んでいた。
しかしかなりの重量物が川を渡ると、柔らかい川底を抉り車輪が深くはまりやすくなってしまう。浅瀬の所々に足場となる板を敷いてはいるが、車輪がはまる事故は起きやすかった。現に、今は一台の荷馬車が川の中ほどで立ち往生していた。
「せーの!せーの!」
何十人もの男たちが荷台を押し、綱を引き、馬をけしかけていた。
堅牢かつ強固なジョヨーを攻めるためには兵器は幾らあっても足りないくらいだった。部品の幾つかはパルコ川を渡ったが、大半はまだ東岸にて渡河を待っていた。
デレン・カトケイン将軍は自分のテントから外に出て運搬の様子を見ていた。
「手間取っているな。」
運搬が停滞しているのを見て表情を渋くした。
「急がせているが、どうにも奴隷兵だけでは手が足らない。」
カトケインの隣には工兵のトップが控えていた。
その名はイタリピサ・ガレオリである。彼はゲレノア軍のジョヨー攻略において、攻城兵器の組み立て及び運用を任せられていた。
生まれはドワーフである。
ドワーフという種族は人間と似ているが、外観がよりやや短躯で、成人した男のドワーフは素手で石を割る腕力を持つ。工業生産を得意としており、煌びやかで細密な細工も為せる。性格は頑固者が多く、任された仕事をやり切る強い意志を持っていた。
「予定の遅れをどうしても取り戻したい。」
「警備の兵士から人手を回してくだされれば可能かと思う。」
「何人だ?」
「きっちり3000人。」
「ぬぅ。」
カトケインは更に顔をしかめた。その兵数だと見張りや警護に当たっていた兵士の大半を運搬作業に充てることになる。
攻城兵器は城攻めの時には大きな威力を発揮するが、運搬中や組み立ての間は只の大きな木材と金具と紐でしかない。それ自体に自衛の能力は皆無なので、多くの兵士を警備に割かねばならなかった。
しかしカトケインは進軍を急がせたかった。
「分かった。早ければ午後からでも人を回す。作業に戻ってくれ。」
「了解した。」
ガレオリは一言応答すると、見た目のずんぐりとした印象よりも素早くその場を離れた。
カトケインはガレオリが去ったのを見てから副官のケンプスに指示を出した。
「ケンプス。警備と運搬に関わる指揮官クラスを我がテントに招集させろ。分担を見直すことにする。」
「了解しました。しかし警護が手薄になります。」
「仕方ないな。だから、我が軍の兵器から敵の目を逸らす為に手を打とう。ユーズルーをすぐに呼べ。」
「それは、まさか?もうアレを使うおつもりですか?」
「そうだ。城攻めはもう始まっている。今から作戦準備だ。」
カトケインは両腕を組んで言い切った。
「毒を撒く。」
その日の午後、カルバはジョヨーの西門の外にいた。
彼は大きな空の樽や瓶を積んだ荷車が何台か並ぶ行列の中で、荷車を押しながら歩いていた。
ある物を街の中から運んで捨てた帰りなのだが、それは市民や兵士たちが排出した糞尿だった。
「ああ、匂いが体についたかな?困ったもんだぜ。他人の糞ほど臭いもんはないよな。」
隣を歩くドルトンが鼻と口に手拭いを巻いて愚痴を零していた。
「全くだ。朝からずっとこんな作業なんてツイてないよな。」
ガルバもドルトンの意見に同意しながら歩いていた。
「クジで負けたんだから仕方ねーよ。」
荷台を引くチェーザが前から顔を向けながら答えた。
チェーザの隣を歩くジゾーも話しに入った。
「みんな、よく働いたな。今のうちに運んでおかなきゃ、後で大変なことになるからな。」
ガルバ達が糞尿を運んだ先は、ジョヨーから西方に少し離れたテニスン川と呼ばれる大河だった。
テニスン川は川幅がとても広く、長い橋がなければ船に乗って渡らなければならないほど深く大きな川だった。そこへ糞尿を排出したのだった。
元々ジョヨーにはテニスン川からひいた下水道が少し機能していたのだが、都市全てをカバーできる程には網羅してなかった。特に城壁で区切られた一番外側の区画の居住地では、汲取式の公衆トイレが主流だった。
戦争のない時ならば溜まった人糞は川に捨てる他に、荒れ地や休耕している畑に穴を掘って埋めて土に返したりするのだが、今はそんなに悠長な時間は取れなかった。
また、昨日近隣都市のダイトーとナンヨーから1000人ずつの援軍が来たことから排出される量が増えることが分かっていた。そこで敵軍がパルコ川を渡河していないうちに捨てることになったのだ。
人の嫌がる作業をするのが奴隷の仕事であるが、これはとてもキツイ仕事であった。
先ずはジョヨーにある公衆トイレから糞尿を汲み取って樽や瓶に汲む。それから都市の外へ運び出す。容器に蓋はしてあっても匂いは漏れてくる。川に流す時は専用の桟橋まで重い容器を数人がかりで動かさなければならない。
そして捨てた後は、都市に戻り再度汲み直して川に捨てた。それを数往復した。
ジョヨーにいる奴隷兵の半分以上を動員した一連の作業は午前中から始まり、午後遅くまでかかった。流石に全てのトイレを処理できなかったが、かなりの量を捨てることができた。
一日の作業の最後に、使った容器を川の水で濯いで終了となった。この仕事に関わった各人はくたくたの中、帰り道歩いていた。
帰りの荷台の列は長く続いてジョヨーに向かっていたが、やっと門に辿り着いた。
ガルバ達はノロノロと列に並びジョヨーへ入場できた。
容器を倉に仕舞いガルバ達は駐屯する広場に戻った。そこには『クジに勝った』ノバスコとビーラーが座って休んでいた。
「よう、大変だったな。」
ノバスコがのんびりと声を掛けてきた。
「大変なんてモンじゃなかったぜ。お前らは良かったなあ。」
チェーザがドスンと大きい腰を落としながら答えた。
「俺は鼻が利くから、もしそっちに行っていたら臭さで死んだかもな。」
「確かにな。便利で不便な鼻だぜ。そっちの水汲みはどうだった?」
「ひたすら水を汲んで川とジョヨーの行き帰りだった。こっちも体を使うのは同じだよ。」
ノバスコは肩をすくめて答えた。
ノバスコとビーラーは都市の防火用水を汲む作業をしていた。
ジョヨーでは籠城戦の防火対策として都市に置く防火の水桶を街角ごとに設置することにした。水桶を置くのはジョヨー市民による民兵が担当したが、その前の水汲みは奴隷がした。糞尿を捨てた箇所より上流から汲み上げたので、行き帰りの道程は長かった。
汲み取りも臭さもないが、単純重労働作業の繰り返しなので疲労は大きかった。
皆が疲れ切った中、配給される保存食を奴隷兵達は食べ、日が暮れるとしばらくは火を囲んで暖を取っていた。
この時の話題はガルバが受けたスレイ将軍からの歓待だった。
昨日呼び出された時のことや出された食事、スレイとの会話、貰った鎧について等など。沢山質問をされたし、昨夜の楽しさを沢山話した。奴隷兵達はガルバの話に感嘆しながら楽しんでいた。
「結局さ、急に呼び出されて何事かと思ったけど、すっげー接待されて良かったよ!」
ガルバはその時を思い出しながら皆に話した。
「接待?もてなされたことか。とにかく羨ましいな。まぁ、褒美を貰っても当然だったよ。あの時の槍投げは凄かったしなー。」
チェーザはガルバの話を羨ましながらも、戦功を認めていた。
実際、パルコ川の戦いの後、奴隷兵や兵士のガルバを見る目は大きく変わった。あの豪快な殺し方を真似できる者はいなかった。
ガルバはそれまで年若いことや地味な外観から軽く見られがちだったが、一目置かれるような存在になった。少なくとも面と向かって「犬野郎!」などと言う者はいなくなった。
なるべく周囲に溶け込んで生き残るべく努力してきたが、図らずも奴隷兵の中で目立ってしまった。過ぎてしまったことは仕方ないが、悪い気はしなかった。
時とともに焚き火が小さくなると、誰からともなく眠り始めた。
ガルバも会話が途切れたのを機に横になった。しかし体に合うとは言え着慣れぬ鎧の感触が気になってなかなか寝付けなかった。
夜は雲もなく二つの半月は弱くジョヨーを照らしていた。
そんな中、一つの遠吠えが聞こえてきた。
「ワウーーー!ワウーーー!ワウーーー!」
《ガルバー!ワタシよー、ヴィンデルよー!アナタ起きているんでしょ、来なさいよー!》
スレイの愛犬、ヴィンデルから夜のデートのお誘いだった。
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