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堕天転生戦記  作者: 里原 健
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戦の後始末

拙作を覗いて下さりありがとうございます。

ゲレノア軍の後詰めが到着。前哨戦の評価が下されます。

ご意見ご感想をお持ちの方々はメッセージを送って頂けると嬉しいです。

よろしくお願いします。

 レノクッス軍とゲレノア軍が戦ったパルコ川の東岸。

 人工物が何もない荒涼な風景が続くが、そこには豊かな土壌の印として丈高い草原が広がっていた。その草原はゲレノア国の大軍によって踏みにじられていた。

 ゲレノア軍の後詰めは、先遣隊が壊滅してから翌日の夕刻に東方から現場へ着いた。兵数にして約25000を超える。

 今は到着から一夜が明けた朝。宿営している軍の中央に、ことさら大きなテントがあった。テントには青地に冠を載せた鳳凰が描かれたゲレノア国の旗と、その下に白地に円状に絡み合う2頭の青竜が描かれた旗が掲げられていた。草原を駆ける風が優雅に旗をたなびかせていた。

 二つの旗が上げられたテントの中は入口が閉じられており、外からの光が入らず数本の蝋燭のみが灯されていて薄暗かった。

 テントの主は椅子に深く腰掛け、瞑目しながら机の上を指で軽く叩いていた。

 彼の脇にはズラリと将校が立ち並び、無表情に立っていた。

 そして彼らの前にはゲレノア軍先遣隊の隊長、デュアル・トアユムがいた。彼は先日の戦いから何とか生き延びて、目の前の将軍から戦の報告をするように命じられていた。彼は諸将の前で椅子に座りながら自軍の先遣隊が敗れた一部始終を話していた。

「………と、言うように、我らはレノクッス軍の汚い攻撃を受けながらも、互角に戦いましたが武運拙く敗れてしまったわけです。」

 トアユムは拳が潰れんばかりに、固く手を握って訴えた。自分が受けた屈辱への怒りを腹の底から言葉に変えた演説であった。

「そうか。それから先は?」

 机を指で叩くのを止めた男はトアユムに渋くよく響く声で尋ねた。

「軽い手傷を受けましたが、私はまだ戦えます!カトケイン将軍の城攻めに貢献したいのです。」

「軽い手傷、か。」

 テントの主、デレン・カトケイン将軍はつぶっていた目を開き、体の向きを変えてトアユムと向き直った。両肘を机について手指を上に組み、そこに顎を触れさせる。そうしてきつくトアユムを睨んだ。

 その視線にトアユムは萎縮してしまった。

 カトケインはゲレノア国の上級の将軍であった。典型的な軍人らしい鍛え上げられた体格の上に上等な鎧を着ており、頭髪は丁寧に剃り上げられていた。日に焼けた体からは正面に立った人間を強く威圧する空気が発せられていた。そして歴戦の経験を示すような深い皺が刻まれた顔の奥には、独特の特徴がある瞳が一対あった。

 白い瞳と冷たい瞳孔。

 彼の瞳の色は限りなく真っ白に近い薄い灰色だった。その白さゆえに、眼には小さな黒い瞳孔のみが見えた。強く見つめられた者は皆、彼に爬虫類のような非人間的な不気味さを感じていた。

 暫くトアユムは何も言えなかったが、意を決して話を続けた。

「左様です。こんな傷くらい、どうということはありません!あうっ!」

 彼は勢いよく立ち上がろうとしたが、直ぐに椅子に座ってしまった。

 ジロリとカトケインはトアユムを観察した。

 頭には兜を被っていたが、それには大きな凹みがあった。左手には包帯が巻かれていて、右手は杖代わりに使っていた槍を握っていた。そして腰には愛用のショートソードを身に着けていた。

「君は嘘をついているな、トアユムよ。」

「そんな!嘘など言っていません。」

「君は左手前腕を骨折、右腿には槍で突かれた深い裂傷。加えて頭から落ちた落馬では、肋骨も何本か折れているのだろう?今ではまともに馬にも乗れない状態だな。」

 カトケインは細かくトアユムの状態を指摘した。

「むぅ、どうやってそのことをお知りに………!」

「足の引き摺り方や椅子に座る姿勢を見れば分かる。そのような体で君は何をしたいのだ?」

 一瞬トアユムは言葉に詰まって俯いたが、すぐに面を上げて訴えた。

「どうか私に兵をお授け下さい。奴らと戦った経験を活かして、敵を蹴散らして見せましょう!」

 カトケインはトアユムの覇気を真っ向から受けた。しかし全く微動たりともしなかった。

 カトケインは一息つくと、立ち上がりトアユムの方へとゆっくり近寄り穏やかに話しかけた。

「君は兵を欲しがっているが、満足に動けない大将の下に付きたがる兵士などいない。そうだろ?」

「お、お言葉を返すようですが、私は敵軍と戦い唯一生き残った将官であります。何かお役に立てることはあると思っています。何卒、私めに機会を!復讐の機会をお与えください!」

 トアユムは椅子から転げ落ちる様に地面に降りて跪き、カトケインの前で深く頭を下げて参戦の許可を請うた。

 カトケインは傷ついた武将を見下ろしていたが、そのまま問いかけた。

「トアユムよ。君は何故そこまで戦いたいのか?思う所を教えて欲しい。」

 トアユムはガバッと頭を上げてカトケインに座りながら顔を向けると声高に答えた。

「それは私の屈辱を晴らすためです!兵を殺され、兵糧を焼かれ、傷を負いました。このまま国へとは帰れません!どうか私に兵を!お願いいたします!」

 そう言うと、再度頭を下げて参戦の許可を願った。

 カトケインはそれを聞くと、小さく息を吐いてトアユムの傍らにしゃがみ、肩に手を置いて話しかけた。

「君の戦意は高い。それは分かった。だがな………。」

 カトケインはトアユムの肩に置いた手をゆっくり首の後ろへ伸ばした。

「兵を請う前に!己の罪を何故懺悔しないッ?!!」

 カトケインは突如(うなじ)を鷲掴みにして、掴んだ手に強力な握力をかけた。

 トアユムは急所の首を抑えられ身動きが取れなくなった。そしてテントの敷物にトアユムの顔が押し付けられる。

「私の罪ィ?フガガ!?」

 カトケインの形相が赤く歪んだ。その額には太く血管が浮かび上がる。そしてトアユムの頭を持ち上げて何度も地面に叩きつけた。

「貴様はァ!兵を失いィィ!貴重な物資を損ないィィィ!更にィッ!」

 遂にカトケインは片手で首を掴みながら立ち上がり、強力な腕力でトアユムを高く持ち上げた。

「更に!私の指令を曲解して部隊を動かした挙げ句に全滅させた!数千人の全滅だァッ!!無駄死にした兵士の顔を覚えているかァ?!『私の屈辱を晴らす』だと?私、私、私ばかり!己のことでなく、死んだ部下の無念を晴らすのが先だろうがァッ!!!」

「アガガガぁ………。」

 トアユムは首の拘束から逃れようと藻掻くが、足は地面から離れて空を切り、全く何もできなかった。

 カトケインは暫くトアユムを釣り上げていたが、不意に手を離した。

 ドサリと鈍い音を立てた。

「ヒィー、ヒィー、ヒィー。」

 呼吸困難になったトアユムは四つん這いで息を整えていた。

 カトケインはトアユムの腰にあるショートソードを鞘から抜き放った。そして蹲る男の前に剣を放り投げた。

「ここで全滅の責を負って自裁しろ。武人としての尊厳を見せよ。」

「そ、そんな?自殺など………。」

「剣を握れッッッ!!」

「ヒィ!」

 トアユムはカトケインの剣幕に押されて剣を拾った。そしてブルブルと震えながらゆっくりと剣先を首に当てた。

 テントの中はトアユムの荒い息遣いのみが響き、誰もが声も音もたてなかった。

 長い間トアユムは震えていた。しかし力を抜いて首筋から剣を離すと、カトケインに懇願してきた。

「わ、私には自殺などできません。将軍、どうか死を賜り下さい!殺してください。」

 ポロポロと涙を流し、股間を尿で湿らせた。

 その瞬間、脇から巨体がトアユムに近寄ると、彼の頭と剣柄を握った手をそれぞれ素早く掴んだ。そしてトアユムの手を動かして剣を彼の首へ一息に貫いた。

「ウグふっ!」

 ドロドロと血が首を伝い体を染めていく。巨体の手がトアユムを離すと、その体は小さく痙攣しながら絶命していった。

「何と煮え切らない男だ!イライラするっ!」

 トアユムを殺した熊のような男が言い放つ。口から顎まで豊かに髭を蓄えたその男はセロリアン・ガイゼル。カトケイン麾下の将校の一人であった。

 彼は自分に注がれる多くの視線に気づき、大きな両手を広げて釈明した。

「何だよ?自分を殺せと言い出したのはコイツだろ?俺は手伝っただけだ。悪くはないだろう?」

 少しの間無言が続いた。すると、

「………プッ!」

「フフフ…。」

「クク、確かに。」

 テントの中の将校達から苦笑や失笑が出た。

 皆ガイゼルと同じ気持ちだった。自分のことばかりで敗戦の責任を取ろうとしないトアユムに皆悪感情を持っていた。

 仮にガイゼルが動かなければ、自分が手を下していたかもしれない。

 全員、心は一致していた。

 カトケインも苦笑しながら部下達に告げた。

「《先遣隊の隊長トアユムは己の責任を取るために見事に自裁した》、ということだな。本国の遺族の為に剣と兜と遺髪を送り、哀悼の文を添えることにする。後は何処かに埋葬してやれ。良い墓標になる大木を裏手の森で見つけてやろう。ガイゼル、埋めるのは任せた。」

「なっ?何で俺が?」

 巨漢は驚いて自分の上司に振り返った。

「自裁を『手伝った』んだ。最後まで面倒をみてやれ。死肉を獣に食われぬように墓穴は深く掘るんだ。お前のデカい体の肩までだ。手を抜くなよ。」

「うっ。分かりましたよ。やれやれ。」

 ガイゼルが頭を振りながら不承不承了解した様子がおかしく、再度将校達からは失笑が漏れた。

 カトケインは自分の部下達に向き直ると、始めに自分の副官に指示を出した。

「ケンプス、対岸に斥候を出して安全を至急確認させよ。確認出来次第、ガイゼルは川向こうに橋頭堡を建てろ。その間、他の者達は引き続きパルコ川の渡河の準備をせよ。今回は各種攻城兵器を持ってきたので手間はかかるが、夕方に運搬手順をまとめよう。」

 ここまで指示を出して一呼吸をして、周囲の将校達を見渡した。

「諸君、先遣隊の全滅でジョヨー侵攻の予定が遅れている。だができるだけ早くに渡河を完了させたい。質問はあるか?」

 誰も声を上げないのを確かめると、カトケインは解散を告げた。将校達は次々にテントを出て行った。入口は開け放たれ、昼前の明るい日差しでテントの中が明るくなった。

 ガイゼルはトアユムの遺体を見下ろして呟いた。

「最期は凄く情けなかったが、アンタはよく闘ったよ。安らかにあの世へ行ってくれ。戦神達との宴が待っているぜ。」

 ガイゼルはトアユムの遺体から剣を抜いて地面に置くと、兜と剣鞘を外した。自分の腰に差したナイフを取り出すと、髪の毛を一房だけ切り落とす。遺髪を兜の中に入れておくと、ガイゼルはトアユムが纒っていたマントを外し、丁寧に死体の上半身に巻いた。他の者達に死に顔を晒さないためであった。

 それから死体を軽々と肩に担ぎ上げ、テントの入口をくぐって外に出た。

 外に出ると、彼は部下を呼び出し自分を手伝うように命令した。

 中に残ったのはカトケインと副官ズィルク・ケンプスだけであった。白い肌と吊り目の黒い瞳を持つケンプスは肩まである薄茶色の髪をかき揚げながら上司に話しかけた。

「トアユムという男、元は一兵卒からの叩き上げの将校でした。勇猛で誇り高い戦士でしたが、あそこまで匹夫に成り下がるとは。正直、驚きました。」

「いや。築き上げてきたものが酷く崩されると、誰でもああなる。己の矜持を見失い、怯懦にもなる。同情はしないが理解はできるさ。」

 カトケインは腰に手を当てながら答えた。

 ケンプスはカトケインの隣に立つと、少し困惑した表情で地面を見下ろした。

「しかし将軍、この敷物はどうしましょう?汚れたので捨てますか?」

 見れば敷物にはトアユムの漏らした尿の痕跡と流した血の赤く大きな染みがあった。

「洗えばまだ使える。奴隷に洗わせろ。川も近い。」

 カトケインも見下ろしながら肩をすくめて答えた。

「さぁ、仕事だ!ケンプスよ、打ち合わせ通り斥候を放て。それから敷物を洗う奴隷を寄越せ。」

 カトケインは気持ちを切り替えると、副官に命令を出した。

「はっ!すぐに手配を致します。」

 ケンプスは素早くテントを出た。

 テントの中に残ったカトケインは落ちていたトアユムの血染めの剣を拾い上げると、素早く血振りをした。剣に付着していた血が地面に走る。

「今回のレノクッス軍は少し手こずりそうだな。」

 剣先を入口に向け、剣を中段に構えながら呟いた。

 その白い瞳の視線は、まだ見ぬ強敵を見据えたかのように一点で止まっていた。

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