深き夢見し目覚め2
拙作を覗いて下さりありがとうございます。
ちょっと解説回です。
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よろしくお願いします。
「神の御業と紅茶を淹れるのが似ているって、どういうことですか?」
ガルバは理解が追いつかなかった。
ミュシャはスプーンを受け皿に置きながら男の疑問に答えた。
「神の御業は世界を大いなる善の方向へと常に向けているわ。良い世界を作るために大きな支援と素晴らしい選択をして下さる。例えば、紅茶に適量な砂糖とミルクを加えてかき混ぜるみたいにね。そうすることで、無限数の世界を導いてきた。でもね、その御業はあまりにも大きすぎるのよ。そのエネルギーの余波が生まれてしまうわ。例えば、砂糖やミルクを入れたときに起きる紅茶の水面の波紋や、スプーンでかき混ぜた時にできる数個の小さな泡みたいなもの。貴方だって紅茶を混ぜる時には、意図せずに小さな泡を出してしまうでしょう?そういうイレギュラーな泡が貴方という訳。」
ガルバは何となく分かりかけてきた。
「そうすると、俺の場合は"次なる世界"を良くしようと魂を送る際に起きた、どうしても起きてしまうような、ハプニング的な出来事ということですか?」
「回りくどい言い方だけども、少なくとも大局で見ればそうなるわ。ただ、その『小さな泡』っていうのが一つの国、一つの大陸、果ては一つの惑星以上の運命を変えかねないところが問題なのよね。」
「はぁ?それって大丈夫なんですか?」
ガルバは驚いて大声を出してしまった。
「だから言ったじゃない?『あんまり大丈夫じゃないけど、そんなに問題じゃない。今の所は。』ってね?」
ミュシャは悪戯っぼくウィンクしてティーカップを口に運んだ。
「そういう『小さな泡』を管理するのも私達、天使の仕事でもあるわ。今の所は私が貴方を見守っているから安心して。それに貴方はまだ不安定な状況よ。魂と器となる肉体が馴染んでないもの。」
「そうなんですか?」
「そうなのよ。例えば今の貴方の名前を言ってみて?」
「名前ですか?えーと、平田じゃなくて、ガ、ガ、ガァ〜、ガルバ?でしたよね。」
ミュシャはそれを聞いて小さく笑った。
「フフフ、ギリギリ正解よ、ガルバ。それから今の貴方の魂の格好も見てみなさいな。どことなくチグハグでしょ?」
そう言われてガルバは自分の魂を見下ろした。下半身に履いているのは粗末な布地のズボンと革靴で、上半身は白いワイシャツに緑のネクタイと紺スーツの上着。右手を見ると指は五本だった。顔を触ると髪はサラリーマン風の整った髪型だけど、左頬に傷痕が走っていた。顔のパーツも半分は前世、半分はガルバのものとなっていた。
(確かにチグハグだな。)
統一感のなさから滑稽にも取れる外観だった。
「まずは魂が器に馴染んでからね。幸い堕ちてから直ぐに、脳が持っている言語理解の能力は上手く取り入れたみたいね。」【注:注釈を参照】
「言語の理解ですか?だから最初から他人と話ができたんですね。」
「そう。まぁ、まだまだ魂が脳と体に馴染んでいない所が残っているわ。貴方がそれらに馴染んでから、危険か安全か判断するわ。その辺の判断は私に一任されているの。近いうちにまた会いましょ?次も紅茶を出すわね。」
「はい、楽しみにしてます。」
「あれぇ?紅茶が楽しみなの?私はどうでもいいの?」
「いや、そういうことじゃなくて、その、ミュシャさんにも会いたいという訳でして………。」
ガルバは不意を突かれてしどろもどろになった。
「フフフ、いいのよ。私の紅茶は他の同僚達にも好評だからね。少しからかってみただけ、フフフ。」
ミュシャは笑いながら紅茶に口をつけた。ガルバも釣られて紅茶を飲む。相変わらずこの紅茶は豊かな風味が美味しい。
「ところで貴方の生活はどう?奴隷の立場だけども、大丈夫?」
「いや、大丈夫じゃないですよ。あの世界に墜ちた途端に人に殺されそうになったり、人を殺さなきゃならなくなって。それに指が六本っていうだけで指を切り落とされそうになったんですよ?大っきい犬に助けられましたけど………。」
ガルバはまだない六本目の指辺りを恐る恐るさすった。
「あ~、チリョウ君の指ね?六本目の指をお守りにしたり、忌み嫌ってチョン切ったりするアレでしょ?大変だっわねェ。確かにあの子は凄い子だったわ!戦には勝ちまくっていたし。いい男だったけど、時々ポカもやらかすのよね。普段からどっか抜けていてダラしなくてね。彼の周りはハラハラしたものよ。」
ミュシャは懐かしげに遠い目をした。ガルバはチリョウという名前から伝説の名将、チリョウ・ケイシンを思い出した。
「その人を知っているんですか?」
「ええ、あの子も私の管轄だったからね。普通の中層階級の出自だったんだけど、小さい頃から頭と度胸が抜群に良くてね。愛嬌も良かったから人や獣達に好かれていたわ。特に犬や狼とはすぐに友達になって。好かれ過ぎて物理的にも精神的にも舐められていたものよ。あれは飼い主とペットという関係というよりも、じゃれ合う友達といった感じだったわ。」
「そんな人が大敗してしまうなんて、人生何があるか分からないですね。」
ガルバはケイシンの人生を知っていたので、結末が残念なことにシンミリとなった。
ミュシャも背中をソファに預けて悲しい顔つきになった。
「あの子はね、お人好しで、そのクセ人との付き合いの機微に少し疎かったの。それに戦場で縦横無尽に戦うのが好き過ぎたわ。少し傲っていたかもね。でも傲っても仕方ないくらいに戦功を上げていたから、政治とか宮廷の中のやり取りをおざなりにしていた。それが積み重なって大事な人に裏切られたの。彼の周りは有能な人ばかりだったんだけど、たった一つの大敗を回避できなかった。でも、彼の最期は己の人生に納得して死んでいったわ。それが、せめてもの救い………。」
「そうですか………。」
ミュシャの暗い話しぶりにガルバも一緒に気分が落ち込んだ。
「ま、でも貴方の肉体にはチリョウ君の血筋が流れているからね。ご先祖様を敬うのは大事なことよ?」
急にとんでもない事実が飛び込んできた。
「えっ?チリョウさんの血筋?」
「あら、言っちゃマズかったかしら。でも、大きいワンちゃんには懐かれているし、指は六本あるし。それにオーラも"紅い"しね。」
「オーラ?」
「スレイ将軍の『祝福』の演説の後に、体から立ち昇る蒸気のようなものを見えたでしょう?上の世界から転生して魂の力が高い貴方は、魔力や法力の潜在的な能力が他人より鋭くなっているの。普通の人には見えないはずだけど、貴方は感じていたでしょ?」
「…はい。」
ガルバは頷く。
確かに、ガルバにはスレイ将軍の演説を聞いて人々から立ち昇るものが見えていた。
「スレイ将軍の『祝福』には個人の特性を強くする効果があるの。それが立ち昇るオーラの色によって現れるのよ。例えば筋力が上がるなら黄色、指揮能力が増せば白色。だけれど、貴方のは『紅』。普通の赤色だと戦闘への感覚、戦闘感覚が鋭くなるんだけども、赤よりも『赤を赤で重ねた紅』だからね。正にチリョウ君のオーラと似ている。なかなか珍しくて、且つ危険でもあるけど。」
「なかなか珍しくて且つ危険って、どれくらいヤバいんですか?」
「それは………、今言ったら面白くないわ。次の会合までのお楽しみにしましょ?」
「そんなぁ………。」
ミュシャは勿体つけるように軽く微笑んだ。
「他に聞きたいことはない?ないなら貴方の魂を肉体へ戻すけど?」
ミュシャは片手を上げてスナップしようとした。
「なら、あと一つだけ。………、あの『転生の場』で足を滑らす前に、大きな声が聞こえました。」
「大きな声?」
「そうです。一人の声というよりも、沢山の人の声のようでした。『転生の場』の足元のずっと下の空間から届いているみたいで。あまりにも大きい声で耳を塞いだのですけど、それでも聞こえていました。近くにいたアイリスさんには全く聞こえなかったみたいでした。俺はその凄い大声によろめいて『転生の場』の階段を踏み外したんです。」
「………、何か言っていた?」
ミュシャは上げていた手を下ろして質問してきた。
「【タスケテ!オネガイ!!】と。確かに言ってました。」
ガルバの話を聞くとミュシャの表情が少し険しくなった。目元が強張り、何かを考えているようだった。
「ミュシャさん?」
ガルバは心配になって声を掛けるが、ミュシャは直ぐには反応しなかった。
「………、それは興味深いわね。もう少し聞かせてくれる?」
少し間を置いてからミュシャはガルバに問いかけた。彼は手に持った空のティーカップをサイドテーブルに置いて話し始めた。
「その声はですね、何というか人の声って言うより機械的というか。でも、その中には凄い追い詰められたような、切羽詰まった感情が強くあったというか………。」
【ズーン】
ガルバが途中まで話したところで、二人の座る居間に震動が起きた。体で感じるほどの揺れで、サイドテーブルに置かれたティーカップが細かく震えて、カップと受け皿が触れ合い「カチカチ、カチカチ。」と小さく鳴った。
(地震かな?)
ガルバは天井を見上げて警戒した。
「漸く来たのね、良いところだったのに。ハァ。」
ミュシャは何かの到来を感じて、残念そうに小さくため息を吐いた。
「お話しは楽しかったわ、ガルバ。でも今回はここまでみたいね。貴方を肉体に戻すわ。」
「えっ?今ですか?」
ガルバは急な展開に少し驚いたが、ミュシャは立ち上がって座っているガルバの側に立った。
「あの世界に戻る前に、貴方には私から小さな『祝福』を贈るわ。何の『祝福』かは時間がないから説明できないけど、きっと役に立つはず。」
「えぇ、ありがとうございます………。」
何のことやら分からないガルバを無視してミュシャは片手の掌を彼の額に乗せた。するとガルバの頭に痺れる衝撃が伝わった。
「あぎっ?」
そのショックに彼は身を強張らせた。続けてミュシャはもう片方の手を上げてガルバに声を掛けた。
「元気でね?良い子でいてよ?」
そう言って一つスナップを鳴らした。
パチン!
ガルバの視界は暗くなり、意識が一気に見えない何かに吸い込まれるような感覚を覚えた。
そのままグルグルと振り回されていってバラバラになりそうなところで一点に凝縮された。
「ハッ?!」
ガバっとガルバは体を起こした。
「ハーッ、ハーッ、ハーッ。」
あまりの寝起きの悪さに息が荒くなった。
気分が戻ってきて辺りを見回してみた。そこには多くの男達が熟睡して横になっていた。あちらこちらで鼾や歯軋りが聞こえた。
ガルバがいたのはムステフ隊の奴隷達が寝ている広場だった。
「何だったんだよ、今の………。」
ガルバは自分が見ていた夢を思い起こした。夢というよりも明らかに記憶に残っていて、気味が悪いくらい現実染みていた。
空を見上げると、まだ夜明けには遠く暗かった。
静かに横になる。
自分が見聞きしたことは、言っても誰も信じてくれないだろう。自分の腹の中に収めるしかなかった。
(でも、分からないことが沢山あるなぁ………。)
疑問や悩みは尽きない。だが、今は体を休ませるのが一番優先だ。朝になれば奴隷の労働が待っている。
今は睡眠の誘惑に身を任せようとガルバは決めた。脱力して、目を閉じる。
コトリとガルバは眠った。
そうして周囲の静けさに合わせて融けていった。
都市ジョヨーの夜明けは遥か暗い先だった。
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《著者注釈:人間の記憶について》
一説によると人間の記憶には3種類あります。
①意味記憶
・言語理解の記憶
・事実に関する記憶(例:地球は1年で太陽のまわりを一周する)
②手続き記憶または筋肉記憶
・繰り返しで体が覚えた動きや技能の記憶
③エピソード記憶
・①と②以外の個人的な経験や記憶の全て(例:話したこと、見た風景、関わった人、自分の名前等々)
ガルバの場合は①と②が共に一部を未だ思い出せず、③が転生前の魂が持つ記憶のみになりました。今後全てを思い出すかは不明です。
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