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堕天転生戦記  作者: 里原 健
49/80

深き夢見し目覚め1

拙作を覗いて下さりありがとうございます。

新しい人物が登場します。

ご意見ご感想をお持ちの方々はメッセージを送って頂けると嬉しいです。

よろしくお願いします。

 ガルバは浅い微睡みの中にいた。

 足元から暖かい空気が伝わる。触り心地良い生地のソファに深く座り、包まれる温もりに身を委ねていた。

(ああ、いい気持ちだ。ずっとこのままでいたいなぁ………。)

 彼は久しく忘れていた安心に満たされていた。できることなら、ずっとこのままでいたかった。

「ア〜、オホン。もしも~し、そろそろ起きてくださいな?」

 上品な女性の声が上から掛けられた。

 ガルバは柔らかな睡眠を邪魔されて軽く身じろいだ。眠りに戻ろうとしてキツく目を瞑っていると、肩に手を置かれた。そのまま優しく揺り動かされる。

「もしも~し、早く目を覚まして。あまり時間がないのよ?」

(あー、うるさいなぁ。放っといてくれよ。)

 彼は声を無視して片手で肩に置かれた手を振り払う。そうして肩を声から背けてソファに横座りした。

「あ~、もうっ!こうなったら、顔をこっちに向けて、エイッ!」

 パチン!

 今度は顔を正面に向き直させられて、額に平手打ちをされた。かなり遠慮のない派手な引っ叩きにガルバは覚醒した。

「痛っ!?な、何?」

 驚きの余りソファから落ちそうになって肘掛けを掴む。

 目を大きく開けて見れば、正面に妙齢麗しい女性が立っていた。

 褐色の肌が艶めいていて、風貌は彫りの深い顔形とスッキリ伸びた鼻梁が印象的だ。豊かな黒髪を丁寧に結い上げ、耳に赤い宝石のイヤリングをしていた。アーチ型の長くてくっきりした眉。ホワイトゴールドのアイシャドウと濃いアイラインを施し、片鼻にはピアス、額には赤い丸模様の印、ビンディが付けられていた。

「ようやく目が覚めたのね?」

 ふっくらとした魅惑的な唇からは凛とした声が響いた。

 笑顔のまま両手を腰に当てて話す女の服装は、薄紫色の洋風ドレスを纏っていた。

 細身で手首まで伸びた長袖と、ゆったり肩を膨らめたジゴ袖。首を覆う襟と細く締まった腰周り、それに対して腰下からは柔らかな膨らみのあるロングスカート。また手首と襟元には繊細なフリルとレースがあしらわれていた。

「飲み物はいかが?紅茶はどうかしら?お薦めよ。」

「………、貰えるなら、それで。」

 ガルバの返事を聞くと女は指で「パチン!」とスナップした。その瞬間、彼の座っているソファの脇にあるサイドテーブルにティーポットとティーカップ一式が置かれた。

 ガルバはビックリするが、いつの間にか彼の脇に女が立っていた。そして茶漉しを使いながらティーポットからカップに紅茶を回し注ぎしていく。

「角砂糖とミルクはどう?」

 そのまま紅茶の好みを聞いてきた。

「砂糖は一つ。ミルクを少々………。」

 女はガルバの注文通りにミルクを紅茶に注ぐと、小さなスプーンで混ぜ合わせてティーカップを男に手渡した。

 女は自分の分も紅茶を用意すると、スカートの裾を翻して彼の対面のソファに座った。そして自分のティーカップを摘み一口紅茶を飲んだ。ガルバもそれに合わせて紅茶を口に含んだ。

「美味しい!」

 程よい熱さと口内に広がる風味はとても美味しく、今まで飲んだことのないような味にガルバは驚いた。

「それは良かったわ。取っておきの茶葉を出した甲斐があったわね。」

 女はティーカップを両手で膝の上に持ちながら改めて男に向き合った。

「じゃ、お話ししましょ?」

 ガルバへの好奇心を顔に表しながら話しかけてきた。

 ガルバは改めて自分のいる場所を見回した。

 暖炉のある広めの居間。壁には一面に書籍が収納されており、厚めの絨毯が敷かれていた。暖炉の前に一対のソファが置かれており、それぞれのソファに男と女が座り向き合っていた。

 明かりは暖炉の炎と、天井に小さく吊られたシャンデリアの蝋燭で、全体に橙色の暖かい光に部屋は照らされていた。

「ここは、一体?」

 彼は辺りを見回しながら小さく呟く。

「ここは私のプライベートルームの一つ。貴方の深い眠りの夢と煉獄の狭間にあるわ。貴方の意識が最も無防備になった瞬間を選んで、少し魂を借りてきたのよ。さっ、お話ししましょ?」

 女は額に掛かった黒髪をかき上げて答えた。

 ガルバは「夢の中」とか言われてもピンとこず、「そうですか。」としか返事できなかった。

「話をしよう、と言われても………。何から話せばいいのか分からないんですが………?」

 困惑を隠せないままガルバは女に問いかけた。

「そうね。まずは自己紹介をさせてもらうわ。私の名はミュシャ。一つの世界にある一部の無数の魂の観察と管理を行う者よ。臨時だけども貴方の新しい守護天使と言ったところね。」

 天使という言葉を聞いて、彼は薄っすらと一人の女性を思い出した。自分が前世で死んだ後に出会い、"次なる世界"へ誘おうとしてくれた女性。自信と慈愛に満ちた笑顔、そしてガルバが転落した時に見た驚きに歪んだ表情。

「天使というと、あのアイリスさんのお仲間でしょうか?」

「そうね、彼女と同業であるのは間違いないわ。『世界層』が違うから会う機会は少ないけど、面識はあるの。彼女と別れてから貴方も大変だったみたいねぇ。」

(大変だった?………、そうだ!俺は"次なる世界"への階段を踏み外して、真っ逆さまに落ちていった。それから奴隷の身体に転生して………。)

「何回も死ぬかと思いました。ハァ。」

 ガルバは正直な感想を述べてため息をついた

「それには同情するわ。準備も覚悟もないままに戦乱の中に落とされたんだからね。でも、見る限りなかなか活躍しているみたいじゃない?」

「………、運が良かっただけですよ。あそこでは生死の違いは紙一重でしたから。」

 ガルバはティーカップから紅茶を啜った。豊潤な茶の風味が口に滲みていく。

(あぁ美味しいなぁ。)

 紅茶の美味しさに心が癒やされていくのを感じていた。

「運が良かったなんて謙遜しなくていいわよ。生き残ったのは貴方の実力。そもそも"次なる世界"に昇るはずの魂が下層の世界に落ちて転生したのよ。貴方には大きな生命力が秘められているとみていいわ。」

「そうだ!俺の魂は本来なら上に登っていたのに落ちてしまった。それって、転生した先の世界にとってあんまり良いことじゃないって聞きました。大丈夫なんですか?」

 ガルバはアイリスに言われたことを思い出していた。"次なる世界"で善行を積むために転生するはずだったのに、前世の世界より下の世界に墜ちた。そんな魂がその世界で転生すると、その世界を大きく変え過ぎてしまい、却って酷い混乱を産むと聞かされていた。

 ミュシャはティーカップを上げて紅茶を一口飲むと答えた。

「あんまり大丈夫じゃないけど、そんなに問題じゃないわ。今の所は。」

「あのー、仰っていることが良く分からないのですが………。」

「貴方は確かにイレギュラーな存在だけども、今の貴方くらいな魂は珍しくもないの。特に何かをしでかすような意思もないしね。」

「それじゃ、俺は神様の間違いとかじゃないということですか?」

「神の間違いというより非通常的な現象ってだけよ。」

「うーん、でも神様って全知全能っていう存在なわけでしよ?俺みたいなイレギュラーなヤツって許されないような気がして………。」

 ガルバは眉を寄せながら困った表情をした。

 ミュシャはそれ見て顎に指を当てながら小首を傾げた。

「そうねぇ。そこの所を説明するとなると難しいかしら。………、そうだ!紅茶のお替りはどうかしら?」

 ミュシャはガルバのティーカップに視線を向けた。

 カップを見ると空になっていた。話の合間で口を付けているうちに飲み干してしまったらしい。

「そうですね。凄く美味しくて飲んじゃいました。もう一杯欲しいですね。」

「次は私の分も淹れてくださる?」

「モチロン、いいですよ。」

 ガルバはミュシャから手渡されたティーカップをサイドテーブルに置いてティーポットを手に取る。

(軽いなぁ。)

 見た目よりも軽くできている良質のティーポットから紅茶を注いだ。

「砂糖とミルクは?」

「砂糖は3つ、ミルクはタップリにお願い。」

 言われた通りに砂糖とミルクを加えてティースプーンでかき混ぜる。それからミュシャにカップとスプーンを渡した。

 自分の分も入れると、中身を混ぜるためにスプーンを回した。そして一口啜る。

「美味しい。」

 またもや口をついて感想が出てきた。何度飲んでも美味しいものは美味しい。

 ミュシャもスプーンでかき混ぜてから飲む。

「美味しいわね。淹れてくれてありがとう。」

「いえ、これくらい大したことはないですよ。」

「いえ、本当に美味しいのよ。紅茶を淹れるの上手だわ、ありがとう。………そして気づいたかしら?」

「?何のことですか?」

「神の御業みわざと紅茶を淹れるのが似ているってことを。」

「えっ?」

 唐突にその指摘を受けてもガルバは理解できなかった。

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