生死の狭間の黄昏
拙作を覗いて下さり、ありがとうございます。
とうとう主人公の部隊に非情な命令がくだされます。
窮地に立つ主人公。しかし彼には味方となってくれる人が現れて……。
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ガルバは撤退の準備の労働に携わった。テントを畳んだり兵糧を運んだりした。また本隊を囲うのに使った木の柵を作戦用に移し変えたりした。全てが急ぎの作業だったが、出される指示が明確で迷うことがなかった。そうして夕方前にムステフ隊の奴隷に招集の命令が出た。
兵士と奴隷兵合わせて150人程が、ムステフのテントがあった場所に集まった。
「皆!片膝を着け!」
兵士から合図が出て、皆が片膝を着いた。するとムステフが隊の前の木箱の上に乗って演説を始めた。
「よいか!今我が軍はジョヨーへの撤退を行っている。川向うのゲレノア軍も、これを察知しているようだ。敵軍は遅くとも明朝には川を渡って攻めて来ると思われる。我が隊は、その進軍を防ぎ止めて、全軍の撤退を助けることとなった。名誉なことである!これより貴様らは、他の部隊よりも崇高な任務に着くのだ!さらに、この殿軍にはスレイ将軍が指揮を取られる!重ねて言おう、名誉なことであるぅ!決死の覚悟で望むことぉ!以上ぉ!」
少し声が裏返りながら演説を終えるとムステフはさっさと立ち去った。
するとムステフの副官マローズが前に出て、次の指示を出した。
「各兵士は飯場で携帯食を受け取るようにすること。宿直の兵士以外は体を休めろ!夜明け前には全員起こすから、そのように覚悟せよ!以上、解散!」
解散の合図が出ると、兵は皆ノロノロと立ち上がった。誰からともなく深い溜息が出てきて、ボヤき声がそこかしこから沸いてきた。
「何が名誉なことだよ。貧乏クジ引いちまったナァ。」
「ただでさえ兵の数が少ねえのに、追って来る敵軍なんて止められねえだろ?」
「ヘヘッ!みんなあの世行きだぜ。」
皆が己の不運を嘆き、己の行く末を投げやりに受け止めていた。
「つまり、本隊の犠牲になれってことかな………。」
ガルバは思わず弱い声で言葉に出してしまった。ガルバの隣にいたジゾーは、それに応えて声をかけてきた。
「まぁ、そういうことだな。日頃の行いがまずかったかな?ハハハ。」
自嘲気味に笑っていた。
戸惑うガルバの背中に低い声が掛けられた。
「殿は全軍が逃げられるように時間稼ぎをする部隊だ。追って来る敵軍は反撃が小さいことを見越して、それこそ総掛かりで攻撃してくる。」
後ろから腕組みしたビーラーが呟いた。
「でも地形とかを活かせれば、有利に持っていくことも………。」
ガルバは振り返って意見を出してみた。
「ここの戦場は見てきただろ?川を挟むだけで平野に近い地形だ。自然の障害物はないに等しい。強いて障害物を挙げるなら、2日間かけて数多く掘った穴くらいだな。あれで敵軍は穴が掘られた部分を迂回して攻めてくる。むしろ、まだ攻めて来ないのがおかしいくらいだ。」
ビーラーは冷静に返答した。あまりにも落ち着いていて、ガルバは反感を覚えた。
「他人事みたいに言うなよ!死ぬかもしれないんだぞ!」
ガルバはカッとなってビーラーに詰め寄ったが、すぐに左頬に乾いた痛みが走った。
「パンッ!」
ビーラーが平手打ちをかましたのだ。ガルバは面食らって驚いた。
「気持ちを鎮めろ。まだ負けた訳じゃない。闘う前に負けてどうする?」
「な、何を!………。」
ガルバは頬を抑えて呻いた。それを見たジゾーが二人の間に入った。
「まあまあ、落ち着けよ、二人とも。ビーラーもそれくらいにしてくれ。なぁガルバ、オレらは確かに兵数が少なくて、有利な環境でもないな。でもな、ガルバ。」
ジゾーは片手をガルバの肩において囁いた。
「あのスレイ将軍の下なら、勝負は分かんねえぞ。」
「………、どういう、意味だ?」
「まぁ、見とけって。こればかりは言葉じゃ伝わらねえ。周りを見てみろ?ぶつくさ言う奴らは多いが、お前くらい狼狽えている奴はいないだろ?みんな、何処かスレイ将軍に期待しているんだよ。生き残れるってな。」
ガルバはゆっくりと周りを見回してみる。すると、ジゾーの言う通り兵士も奴隷兵も死ぬほど落胆はしていなかった。不運を嘆いてはいるが、それぞれの目には生きる意思が感じられた。
「そういうことだから、なっ?携帯メシでも取りに行こうぜ。話は聞いてやるからよ。」
ジゾーに優しく促されてガルバはやっと落ち着くことができた。
「そうだな。すまない、浮足立ってしまって。一緒に飯場へ行こう。」
こうしてガルバは仲間達と共に飯場へ足を向けたのだった。
飯場には携帯食を受け取ろうと列ができていた。前の方を見ると、皆が薄い板状の物を受け取っていた。配っている係は男だけで、ルは見当たらなかった。
(もう戦場を離れたのかな?)
会えなくて少し寂しく感じたが、むしろその方が安心できた。危険な場所からは距離を取って欲しかった。
ガルバは自分の番になって携帯食を受け取った。両手の掌より一回りくらい大きい、薄いパンの様な食糧だった。それが一人当たり2枚配られた。今夜の分と明朝の分らしい。
すぐには食欲が湧かなかったので、ジゾー達と別れて、ムステフ隊の屯する広場から離れた。仲間達も無理に引き止めることはしなかった。戦場の恐怖は自分自身で克服しなければならない。ここでは誰もが誰にも頼れないし、己のみが己の力だけを信じて戦う。
繁みの近くで槍と盾を地面に置いて休息を取ることにした。
(ビーラーの言う通りだな。『闘う前に負けてどうする?』ってやつだな。)
正に戦場の格言であった。そう考えると意外に肝も据わってきた。
気が落ち着いてボンヤリ座っていると、ふと背中に何かが当たる感触があった。
(ん?何だろ)
振り返ると、今度は胸に小石が当たってきた。
反射的に小石が飛んできた方向を見ると、何と繁みの中にルがいた。
「えっ?何?」
ガルバは驚いたが、ルは一生懸命に手招きをしてきた。
ガルバは周りを見ながら、誰にも見られないように繁みに入り、ルの元に行った。
「何やってんだよ?ジョヨーに行ったんじゃないのかよ?」
ガルバは小声で鋭く話しかけた。
ルは怒ったように眉を顰めながら答えた。
「………、元気?」
「元気かって言われても。君に会えて嬉しいけど、君は早くジョヨーに行かなきゃ。ここは戦場になるよ。」
「分かっているわ。もうすぐ出る荷馬車で行くのよ。その前に、その、アナタにこれを渡したくて………。」
そう言うとルは手に握っていたものをガルバに差し出した。ガルバは受け取ると、それは一房の髪だった。髪には、ばらけないように幾つか結び目があった。
「………、聞いたわ。アナタの部隊は本隊の最後になるって。それって凄く危ない目に合うってことでしょ?少しだけ心配になっちゃって………。それで、戦場では御守りがあると落ち着いて戦えるから、生き延びやすいって聞いたの。奴隷の私には何もないから、せめてワタシの髪を御守りにしたら?って思って………。」
ルの終わりの語尾は小さく目線を逸らせていたが、チラッと上目遣いを送った。
トクン、とガルバの心音が鳴った。この女性は自分の為に自らの髪を差し出してくれた。
ガルバは、この世界での女性の髪にどんな意味があるかは知らなかった。だが、逃げる前に自分を気遣い、できる範囲で自分を支えようとしてくれる気持ちに感動した。
自然と手を伸ばしてルを抱きしめてしまった。ルは体を固くしたが、すぐに柔らかくガルバの抱擁を受け容れた。
ほんの束の間であったが、二人にはずっと続いていくように感じた。
しかし、ルの方から手を突き出して一歩離れた。二人は奴隷である。こうして会うのも許されない間柄だったのだ。
ガルバは、その事に気付いて、ここまで来てくれたルのことが愛おしく思えた。
ガルバは兜を脱いで、おもむろにショートソードを取り出すと、ガルバも自分の長い黒髪を一房切り落とした。それをルの前に差し出した。
ルは驚いていたが、恐る恐るといった感じで受け取った
「オレにも何もないから、オレの髪をルに渡したい。ルが無事でいてくれるように祈るよ、毎日。」
そして静かに話しかけた。
「ル、ありがとう。オレ、必ず生き残る。勝ってジョヨーに戻るよ。」
「………、期待しないで待ってるわ、ガルバ。」
ルは最後にそれを告げると、身を翻して去って行った。
後に残されたガルバは暫しルの背中を目で追っていたが、見えなくなるとルの髪を懐深くに忍ばせた。
(ヨシっ!戦うぞ!)
意を決して兜を被り直し、踵を返してムステフ隊の広場に向けて歩きだした。急に腹が減ってきたので携帯食を取り出すと、歩きながら貪るように食べだした。塩味と香辛料が効いていて美味かった。
その足取りには、さっきまでの不安はなくなり、生き残る為の思案で頭が一杯になった。
(先ずは槍と剣の手入れをしよう。それから防具の着け方の確認だ。やることは多いぞ。)
こうしてガルバの中には生き残る強い意志と、戦場に立つ燃える闘志が生まれたのであった。
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