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堕天転生戦記  作者: 里原 健
38/80

撤退の慌ただしさ

拙作を覗いて下さりありがとうございます。

ゲレノア軍は悔しさに負けて余計なことをしそうですね。

どうなることやら?

ご意見、ご感想をお待ちしております。


 『ジョヨーへ撤退せよ』

 スレイ将軍の号令一下、レノクッス軍の部隊は動き出した。

 まず部隊の指揮官のテントが閉じられて、荷馬車の荷台に乗せられていく。

 兵士は列を成して行軍を始め、武将は馬に乗り部隊に指示を出した。バタバタと人が行き来し、砂塵が高く舞った。

 ガルバはムステフのテントの片付けを命じられた。

 テント内の家具や寝具の類は、そのまま専用の荷馬車に乗せられる。大変だったのはテントの撤収だった。

「そこの奴隷!しっかり布を畳め!」

 兵士からどやされながら、ガルバは頑張って周りの作業についていこうとした。

(意外にテントの布って重いなあ。)

 ムステフのテントは雨風や寒さを防ぐように作られたテントの生地が使われていた。その分、丁寧に厚く織られており、その重さから収納には数人の男の人手が必要だった。

 また地面には厚い絨毯も敷かれていた。これも持ち運ぶにはなかなかの重さだった。

 次いで、テントの骨組みも片付けた。骨組みは移動を考えて畳められる構造ではあったが、丈夫な木材で作られており、手慣れていなければ指を挟んで怪我をしかねなかった。

 これらの作業をこなしつつ、レノクッス軍の本隊に存在していた物品が次々と片付けられていった。

 ガルバは、次に兵糧袋を運ぶ作業に就いた。数千人にも及ぶ兵士や非戦闘員を賄う兵糧は膨大であった。また、袋の一つ一つがズッシリと足腰に響き、持ち上げる手がプルプルと震えた。

 兵糧を荷馬車へ運んでいる時に、遠目にルを見かけた。彼女も賄い用具を運んでいた。声をかけられる距離にはなかったので見ることしか出来なかった。彼女の癖で眉を顰めていて、表情は何処か切迫していた。

(何であんなに不安そうなんだろ?何が起きるんだろ?)

 慌ただしい喧騒の中、ガルバは作業しながら思案にふけていった。


 パルコ川を挟んでレノクッス軍の反対側。ゲレノア軍先行部隊の内部。

 一際大きいテントの中で、軍議が開かれていた。

 軍議の中心には、先行部隊指揮官、デュアル・トアユムが座っていた。色白で大柄な彼は、突き出た腹を揺すりながら軍議を進めていた。昼過ぎに始まった軍議の話題は、撤収作業を行っているレノクッス軍についてであった。

「もう一度、報告を述べよ。敵軍は撤退していると?」

 トアユムは部下に尋ねた。

「はっ。斥候の部隊、魔道士の偵察、遠眼鏡を使った全ての報告が一致しております。非戦闘員、兵士を含めて砂煙を立てて逃げ出しております。」

「フム。」

 トアユムは報告を重ねて聞き、渋い顔をしだした。

 反対に軍議に顔を揃えた武将達は喜色を顔に浮かべ歓声を挙げた。

「フハハハ!レノクッス軍め!我らの軍勢に恐れをなしたのだ!」

「チョロチョロと小賢しい真似をして、間抜けな猿のようだったが、遂に逃げ出すとは!」

「急ぎ追撃して追い詰めましょう!」

「良い案だ!トアユム様、渡河しましょう!」

「おお、渡河しましょう!」

 テントの中の武将達は勢いづいてトアユムに追撃の進言をしだした。

 ユアトムは黙って聞いていたが、片手を挙げて声を制した。

「後詰めのカトケイン将軍からの指令を述べよ。」

 チラリと連絡担当の武官に目をやると、武官は低い声で報告した。

「軽挙妄動せずに、我が本隊を待てとのことです。」

 その一声で場は静かになった。デレン・カトケイン将軍はゲレノア国軍において、席次の高い将軍であった。彼からの指示ならば簡単に兵を動かすことは出来なかった。

 しかし、軍議に参加している武将は皆が悔しがっていた。先日の敵からの嵐の夜の襲撃と兵糧の焼き討ち。これらだけで人的にも物的にも損害を被ってきた。元々、自分達の方が数的に有利である。その状況の裏をかくようなレノクッス軍の攻撃に自尊心と自信が大いに傷つけられていた。ここで追撃せねば、臆病者や負け犬として後詰めの部隊に笑われるだろう。

 諸将が怒りで気持ちが詰まって、苦い表情をしていた。

 するとトアユムが静かに話し始めた。

「………、カトケイン将軍は軽挙妄動するなと仰った。加えて『我が本隊を待て』と。」

「しかし、それでは我らの面目が立ちません!」

 一人の武将が立ち上がり声を挙げた。

 トアユムはまた片手でそれを抑えて話を続けた。

「しかし、何処どこ其処そこで待て、と場所までは言われておらん。」

「!!!」

 勘の良い武将が色めき立った。

「敵の撤退の完了は、急ぎであっても夜を徹してかかるだろう。渡河の準備を入念にせよ。明朝、夜明けと共に渡河して陣地を乗っ取る。もし、仮に、敵が未だそこにいれば蹴散らしてしまおう。」

「「「おおっ!」」」

 軍議の諸将が皆、歓声を上げた。これならば後詰め部隊の為に陣地を進めたことになり、仮に残った敵兵を蹴散らせば形の上では手柄になる。一気に士気が上がった。

 トアユムは話を続けた。

「渡河についての編成は、これから立てる。作戦立案後は、各武将は兵に十分な食事を与えよ。早めに兵を休ませて進撃に備えよ。明日は憎きレノクッス軍を打ち払うぞ!!!」

「「「おおっ!」」」

 諸将は威勢を上げて応えた。皆が渡河作戦に意識を集中していった。

 その後、ゲレノア軍の本陣では渡河作戦が立てられていった。

 渡河前に対岸に敵兵がいた場合といない場合。渡河後には、どのように軍を展開するか。後詰めの軍と、どのように連携するか等々。

 多くの意見が交わされていった。とことん話し合って形になったのは、陽が沈み出した頃であった。

 各武将、気勢が高まった。そもそも兵士数では負けるはずがないのだ。作戦の指示を下知するために全ての将がトアユムのテントを出て行った。

 テントには、トアユム本人が残った。

 彼は暫く酒を飲んでいたが、だんだんと牛角の盃を握る手に力が入っていった。手はワナワナと震え、額には血管が浮きたち、激しく歯ぎしりをした。

 これまでの屈辱を思い出してしまったのである。

 嵐の夜襲では兵の4分の1が死んだ。兵糧への焼き討ちにより、兵糧の2/3以上が炭になった。そこに来てレノクッス軍の撤収である。

「バリッ!」

 手にした盃が鈍い音を立てて割れて砕けた。割れた盃の破片が手指を傷つけたが、トアユムは意に介さなかった。指から酒と血が混じってテーブルにダラダラと垂れていく。冷静を保ってきた誇り高い戦士が初めて怒りを顕にした。

「おめおめ我が眼の前から逃げられると思うなよ?!レノクッス軍め!!」

 血走った暗い瞳が鋭くテントの外を睨んだ。ゲレノア軍の怒りの進撃が始まろうとしていた。

 ーーーーーー

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