プロローグ
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白い視界。
その男の魂は巨大な白い光の渦に巻き込まれ、光の奔流に流されていた。
流されながら男の魂は形を変え続ける。丸められたかと思えば、シャープな角を持つ立体に形成された。平たくペシャンコにされたかと思うと、細く引き伸ばされたりもした。更には人ならぬ8足個体に姿をとったり、別であれば顎下にエラが押し出され、同時に肩から翼が生えたりした。魂が様々なモノに目まぐるしく変えられていく。もはや、自分が落下しているのか、はたまた高く飛んでいるのかさえ区別がつかなくなった。
突然に輝く何かの全てが身体中を突き刺していき、声にならない声をあげるような痛みが走った。
その直後、魂が粉々に砕け散るくらい激しく何かに叩きつけられた刹那、光は完全に消えて、一気に暗闇に陥った。
(ここはどこだ?)
我慢できないほどの息苦しさから開放されるために大きく息を吸い込んだ。
途端に泥水の匂いが鼻と口の奥をを突き刺し、反射的に一気にむせ返ることとなった。
まともに呼吸ができないまま、異物を吐き出したい気持ち悪さに喉と胃袋が引きずられていく。
自然と身体は這いつくばり、全ての異物を吐き出していった。
「ガハッ、ゲホッゲホッ。」
どうやら泥水を鼻と口から一気に吸い込んだらしかった。しばらくの間かけて、口鼻に感じる砂利の違和感を全て出し尽くすと、呼吸が整っていった。
(なんだぁ?こりゃぁ?)
続いて肌に感じるのは、横殴りに降りつける雨粒と身体ごと弾かれる様な猛風。
目を開けるのも厄介な作業だったが、少しずつ瞼を開けていき、手足が届く範囲で周りが見えてきた。
四つん這いの姿勢で地面に着けた手足の感触と視点が合ってきた視界のおかげで、自分が屋外の泥だらけの土と草の上にいるのが分かった。
そして目線を少し上にずらすと、暴風に抗うように轟々と炎を上げる大樹が見えて、自分がこの木の根元近くでうずくまっていることが分かった。
男は簡単な状況を把握できたものの、この未知の状況に対して不安と恐怖に襲われてしまった。
(一体、何が起きているんだ?)
荒れ狂う天候に晒されながら周囲を必死で見回してみると、すぐに奇妙なことに気付いた。
(……あれっ?何だかここだけ妙に明るいぞ?)
周囲の光源は木の炎だけだと思いこんでいたのだが、自分の影が真下の地面に黒くハッキリ写っているのが分かった。大きく上を見上げると、自分が頭上から強い白い光を浴びていることに気付いた。
腰を地面に着けて座りながら上半身を立てつつ、更に真上まで顔を上げると、頭上の雨雲に不思議なことに円形の穴が一つ開いていた。見える範囲で判断すると、穴からは「2つの満月」が覗かせていた。
雲の穴から届く月光は、炎を吹き上げる大樹と、その脇で座り込みながら口を開けて空を見上げている男を円く照らしていた。
暴風渦巻く嵐の中を空から降り注ぐ白光は、雨粒を光の宝石のように輝かせ、燃え盛る大樹を聖火を掲げた神木のように見せた。
また本人には自覚はなかったが、光の輪にいる男自身も月光に白く染め上げられ、その身体は古代聖人の彫刻ような聖なる光沢を帯びていた。
男は目に映る光の美しさに瞬間、心を奪われた。
しかし荒ぶる嵐雲が徐々にその雲の穴を塞いでいくと、月光は見る見るうちに細くなり、最後に穴が閉じると共に消えていった。月光が消えてしまうと、灯りの頼りは大樹からの炎だけになった。
その途端に男は肌を叩く雨粒の痛みや、耳そばで吹き荒れる暴風の叫びによって我を取り戻した。
月光が美しく地上を照らしていたのは、ほんの数瞬であった。雨雲に穴があった理由は不明だったが、少なくとも男にとっては、先ほどの月光は混乱を治める効果があったようだった。
荒れ狂う風雨の中を呼吸が自然と整う。
(ここが何処なのか?さっぱり分からないけど、落ち着いて周囲を見よう。とにかく雨風を凌げる場所を探そう)
男は情報を集めるべく、強風の中立ち上がった。瞼に突き刺さる大粒の雨を片手で躱しつつ、数歩をゆっくり歩きながら周囲を改めて見回した。
目を凝らして見回していくと、闇の大地に青白い塊が多く転がっているのがボンヤリ見えた。大樹の炎を頼りに目を凝らしながら慎重に近づく。頭を突き出して覗き込むと、それは横たわった人間の身体であった。
「ひっ!」
思わず悲鳴が漏れる。男と木を中心にして同心円状に散らばる数十体の表情は、目を見開き驚いたまま固まっていた。他にも手足があり得ない方向にネジ曲がっている体も幾つか目についた。
(死んで…いるのか?)
初めて大量の死体と思しきものを見てしまった男には、突拍子もない出来事であり、現実を受け入れられず言葉を失った。
雨風も忘れてしばらく唖然としていると、
「うー、あー……」
と、言葉にならない呻き声が後ろから聞こえた。振り返ると3、4歩ほど先の地面に、這いずりながら緩慢と動こうとする者がいた。その身体は全身が土色と赤色が混ざって染まっていた。
顔は焦点の合わない表情をしており、こちらに手をかざして小さい声で何かうわ言を言っていた。
得体の知れない状況に晒されてきて、恐怖が再び増してきた。
絶え間なく鳴り響く雷音で耳鳴りする頭の中で、安全な場所を何とかして探すように意識をまとめながら、こう思った。
(カオスだ。直感で分かる。ここは正に、その通りなんだ。言われるまでもない)
そして荒れ狂う暴風雨の中に消えゆく小声でサラリとつぶやく。
「ここは地獄なんだな。」
幾多の稲妻が走り、風雨は荒れ狂う。暗闇が増す中、男は「堕ちた」世界に対して改めて向き合うこととなった。
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