彼、彼女になる
稀代の大賢者がこの日、寿命を迎えようとしていた。
彼の名はリドル・ロズワルト。幾千幾万の魔導を操り、過去にはその圧倒的な実力を持って時代の勇者を撃退したと言われていた。
そんな彼も90を超えた頃、老いには抗えなかった。
身体能力は目に見えて衰え、数年前には片手間で構築出来ていた魔法理論が組み立てづらくなっていた。致命的だったのが魔法の暴発が頻発した事だ。
今までリドルは魔法に置いて失敗を経験したことなどなかった。暴発など起こす前に発動を止められたからである。
リドルは老いという、絶対に逃れられないものに生まれて初めて恐怖を覚えたのだった。
ま、まだ儂は死にたくない……。
やり残したことがまだまだ山ほどある……っ!!
それから先は無我夢中だった。
あらゆる手段を用い、この恐怖から逃れようとした。
一時は所属していた国に無理難題を申し付け、関係を拗らせた結果刺客を送り込まれたこともあったが、今日この日、念願の魔法を完成するに至った。
転生魔法、それが彼の最期にして最高の魔法だった。
「つ、ついに……、ついに完成したぞ!!」
理論上はこれで問題がないはずだ…。
あとはこれを試すだけなのだが…、死んだ後にしかその効果が確かめられないのがこの魔法の難点だ……。
そもそも本当にこの魔法で記憶や才能を維持したまま生まれ変わることが出来るのか?失敗はないのか?
色々な考えが頭を過ぎる。来る日もくる日も死の恐怖に怯え、そして魔法が完成してから数ヶ月後。運命の日は来た。
ベッドから起き上がる気力はとうに失せ、水すら満足に飲まなくなったリドルは死期を悟った。
朦朧とした意識の中、紙に書かれた魔法陣に僅かに残された魔力を注いでいく。
「嗚呼。次こそは…、…………」
皇暦173年5月 リドル・ロズワルト 逝去
それから四年後の10月のある日。
「リドリー、誕生日おめでとう!」
「おめでとう、リドリー!」
とあるごく普通の家庭で、ささやかなパーティーが開かれていた。
主賓は彼女、リディア・クライン。今年で4歳となる少女だ。
肌はまるで白磁のように白く儚げで、髪は薄い紫がかった銀色にサファイアのように煌めく瞳をしていた。
親バカでなくとも村一番の美少女と呼ばれ、将来はきっと国一の美女になるだろうと噂される彼女の表情は、その生誕を家族に盛大に祝われているとは思えないほど悲観に暮れたものだった。
「あ、ありがとう…。お父さん、お母さん……。」
そう、彼女こそが一昔に前に世界を騒がせ、そして自身が編み出した転生魔法にその後を託した最高最強の大賢者、リドル・ロズワルトの成れの果てだった……。
「ハ、ハハハハハハハ………。」