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ありきたりな夏の大切な記憶  作者: 伊藤ひぐ
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 第一話


 本州から少し離れた小さな島、エメラルドグリーンの美しい海が周りを囲っている。

 人口は300人程で、島に住む人達は顔馴染みのような関係だ。

 

 学校も一つしかなく、小中高一環の学校で島に住む子供はみんなそこへ通う。買い物も島の中心にある自営業コンビニが一つしかなく、とても不便な島だ。

 

 夏になれば皆海で遊ぶのが娯楽のないこの島では普通のことだった。切り抜けば映画のワンシーンのような素晴らしいロケーションなのはこの小さな島の唯一の自慢だった。

 

 だけど俺はそんな海が嫌いだ。それなのに人生最後の瞬間をこの海で過ごす。昔に来て以来数十年ぶりに見る海は日没間際で太陽が辺りを赤く染め上げていた。


「沙羅…また会えるよな」

 そう小さく呟き、男は崖から赤い海へとその身を投げた。

 あの子にもう一度会うため。あの子を救うため。

 水面に当たる瞬間あの子が両の手を広げ俺を待っている。幻想や妄想なのかもしれない。しかし、あの子は笑顔で俺を出迎えていた。次の瞬間、俺の意識は途絶えた。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ある初夏の昼下がり、セミの鳴く声が少しづつ増え鬱陶しく感じるが、夏を告げるサインだ。


「今日の授業はここまでー。今日から夏休みだけどあんまり羽目を外さないで宿題もしっかりするように」

 

 チャイムが鳴り、教室内は一気にざわめき経つ。釘を刺すよう先生は大きな声で言うが、殆どの生徒が聞く耳を持っていない。これから夏休みが始まるため無理もない。

 

 興奮が覚めきっていない教室から数人が出て行ったタイミングで合わせて教室から出た。

 自転車置き場に着くとカゴに殆ど勉強道具の入っていない鞄を入れ帰ろうとすれば聞き覚えのある声が遠くから聞こえてくる。

 

 「一樹、いつものところ行こうぜ」


 人差し指に自転車の鍵のチェーンをかけ、クルクルと回しながら歩いてくる人物がいた

 幼なじみの拓巳だった。こいつとは近くの家に住み小中高も強制的に同じ学校で過ごしたいわゆる腐れ縁というやつだ。

 カバンすら持っていないところを見れば全て置き勉していることがわかり呆れてしまった。


 「いいぞ。最近期末テストで勉強ばっかりで全然行けてなかったからな…」

 

 拓巳が言ういつもの場所は決まっている。


 自転車にまたがり坂道を下り向かったいつもの場所とは大きく広がる海だった。いつもこの海でサーフィンをすることが日課になっていた。


 防波堤近くまで自転車を漕いで、自転車を止め海まで歩いていく。


「鍵開けるからまってろ」

 

 砂浜にある白い大きなロッカーの鍵を拓巳が開けると中には、ウエットスーツやボードなどが入ったロッカーを開け中から道具を取り出す。

 

 「相変わらずここ誰も居なくて最高だな」


 着替えながら一樹は言った。ここは地元の人もあまり来ない穴場のような場所で今も、二人以外に人影はなかった。


 着替え終わり手首や足首などの関節を回し軽くストレッチをした。

 

 「久々だし今日は程々でいいだろ?」


 一樹は本格的にストレッチをしている拓巳に話しかけた。


 「久々だからこそ全力だぞ?」

 

 そういうとボートを小脇に挟んで颯爽と綺麗な海へと走っていた。

 一樹は苦笑いしながら海へと歩いて行こうとした時こちらを見る視線に気付いた。


 そこには白いワンピースを着て、麦わら帽子をかぶった女の子が立っていた。黒く、綺麗な長い髪が似合う女の子だった。

 少し強い風が吹き女の子が被っている麦わら帽子は上に動けば、隠れていた顔が見え目と目が合う。


 可愛らしい女の子だった。年齢は同じぐらいだろう。

 

 瞳はあの綺麗な海のようにエメラルドグリーンで吸い込まれそうな美しい目をしていた。

 その瞬間はまるで二人っきりの世界のようだった。セミの鳴き声は消え去り、緩やかな波の音だけがその空間を包み込む。

 

「………」

 

 一樹は鼓動が早くなるのを感じていた。初めて見るはずの女の子だが、どこか懐かしく昔から知っているような気持ちになった。


「あ、あの…」


「おい!何してんだよ!」


 我に帰り、女の子に話しかけようとした時、海沿いまで行っていた拓巳から間が悪く、大きな声で呼ばれ振り返る。


「いや、この子が…」


 拓巳に大きな声で説明しようと女の子の方を振り返ればそこにはあの女の子は居なかった。目を擦り、立っていた場所を探すも、砂浜には足跡はなく周囲に人の気配は無くなっていた。


「なんだったんだろ…」


 一樹は目の前で起きた到底現実的ではない事態に首を傾げていた。その間も拓巳から催促する声は鳴り止むことはなく、セミの声をかき消すほど大きな声だった。


「わり…今行く」


 海の方へと歩いていく。一樹は、頭では幻や幽霊などの非科学的なものと考えている。しかし、心は未だにドキドキしていてるが認めようとはしなかった。

 忘れるように拓巳の待つ海へボードを担いで走っていく。忘れられるわけもない夏が始まっていることを一樹はまだ知らない。

 


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