第九十七話 こんにちは赤ちゃん
「ベータス、ちょっと、いい?」
ゴロスリがスライムの手で、ベータスのお腹を撫でる。冷たい感触が伝わり気持ちいい。
「なんだよ師匠。くすぐったいぜ」
「……ベータス。もしかして、男と、いたした?」
ゴロスリに聞かれてベータスは正直に答える。トナコツ王国の留置所でガムチチに女にされたことを嫌々ながら伝えた。
「……なるほど。理解、した」
「何が理解したんだよ」
今度はガムチチが尋ねる。ベータスとマットプレイの修行をしていたのだ。今は修行を終え、身体をきれいに洗っていた。
「ベータス、妊娠、した」
ゴロスリの言葉に全員きょとんとしていた。彼女の言葉が理解できなかったのだ。
「ゴロスリ様。ベータス様が妊娠したというのは本当ですか?」
ギメチカが訊ねた。今は女性になっており、白い半そでの服と、紺色の尻丸出しのパンツをはいている。なんでも体操着とブルマというらしい。ギメチカの豊満な胸と子供を産んで大きくなった尻が映えている。動きやすくていいとギメチカに好評であった。
彼女は先ほどまでガムチチの身体を洗っていたのである。
「うん、してる……」
ゴロスリが答えた。だがベータスは固まったままである。それは当然だ。男が妊娠するわけがないからだ。
だがギメチカは肯定した。
「それはベータス様がゴロスリ様と同じゴマウン王国の血を引いているからでしょうか?」
「ゴマウン王国? 帝国の間違いじゃないのか?」
ガムチチが訪ねるとギメチカが説明した。
ゴマウン王国は現ゴスミテ王国にあった国だ。百年前、ゴマウン王国では魔王化によって国は滅んだ。
その際に西方にあるカホンワ王国へゴロスリと王族たちが逃げ込んだのだ。
当時のカホンワ王家は混乱したゴマウン王国を滅ぼそうと兵をあげていた。しかし大魔獣によって国王と王太子は戦死しており、残ったのは末っ子のスエッコン王子だけだった。
その後、ゴロスリがカホンワ王国を乗っ取り、ゴマウン帝国を築き上げたのだ。
ゴロスリは初代皇帝となり、スエッコン王子は皇配となった。ベータスと双子の兄ゲディスはカホンワとゴマウンの血を引いているのである。
「確か、そう習ったな。それとベータスが妊娠したことと何の関係があるんだ?」
「六六六年前、ゴマウン王国で、ある奇病が、流行った。女が、死んで、男だけが、残った。なので、当時の魔女、ケッホルが、性転換魔法、使った……」
当時は女が大勢死に絶えたという。このままでは他国に戦争を仕掛け、女を略奪する可能性があった。
ケッホルは自分の身を守るためではなく、ゴマウン王国を救うために性転換魔法を教える。
そのおかげで一部の男は女になり、無事に女の数は増えたらしい。
だがのちにゴマウン王国内では男同士で性交した後、男が妊娠する現象が起きた。
出産が近づくと、女体化し子供を産むのである。
これは性転換魔法の副作用であった。元の性を無理やり捻じ曲げたので、男でも妊娠する退室の持ち主が生まれたのだ。
魔女ケッホルは宗教を作った。同性愛を禁じ、性に違和感を覚えるものは、性転換魔法によって性別を変えることを義務付けたのである。
「で、俺はどうなるんだよ!! 男なのに子供を産むなんてありえないだろう!!」
ベータスは怒った。いきなり男の自分が妊娠したと聞かされても、納得できるわけがない。
「おいおい、落ち着けよ。出産間近になれば女になるらしいぜ。その日までお腹を護ることだな」
「何他人事みたいに言っているんだガムチチ!! お前が俺に暴力を振るわなければ、こんなことにはならなかったんだ!! 責任取れ!!」
「もちろん生まれた子供は俺の子として認知するぜ。ただ後継ぎにはなれないな。お前は言わば死んだ人間だしな」
ガムチチの言うとおりである。いくらベータスがカホンワ王国の王太子ゲディスの双子の弟でも、それは本人が言っているだけだ。証明できる人間はいない。実際にはゴロスリがいるのだが、彼女も死人と同じだ。
「子供の事より、俺を何とかしろよ!! 今すぐ妊娠を取り消すことはできないのかよ!!」
「無理。男は、流産できない……。でも、私が取り上げるから、安心、して」
「そんなんじゃないんだよ!! 男で妊娠するなんて嫌なんだよ!!」
ベータスは嫌がっていた。自分のお腹に新しい命が芽生えているのに、自分の事しか考えていない。子供の未来などみじんも頭に浮かんでないようだ。
「やはりお前はゲディスと違うな。生まれた子供は俺が引き取るが、母親は死んだことにしてやるよ」
ガムチチは不機嫌になった。子供を大事にできない人間には、親になってほしくない。そう思った。
「そういえばヒノエゥマはベータス様の妊娠を見抜いていたのですね。さすがです」
ギメチカが思い出したように呟いた。ヒノエゥマはアラクネのモンスター娘だ。男を直に食い殺しており、大淫婦バビロンに生まれ変わろうとしていた。
彼女はベータスを喰らおうとしたが、お腹にある新しい命を感じ取り、ベータスを見逃したのである。
「大淫婦バビロン。厄介な、相手、だね。ひたすら、大暴れする、大魔獣、より、手ごわい、よ」
ギメチカの話を聞いて、ゴロスリが答えた。ガムチチたちが無事で済んだのはベータスのおかげだ。遠因ではガムチチがベータスにいのちの精を注いだからと言える。
だが厄介な相手なら殺すべきだと思っていた。
「それより俺の方はどうなるんだよ!! 一体いつ生まれるんだ!!」
「いつでも、生まれるよ。男の妊娠は、成長とても、早い。私が、取り上げれば、すぐ、できる」
そう言ってゴロスリはベータスのお腹に手を当てる。するとぼこりと透明な手が大きくなった。
さらに手の中から小さいものが見える。それは徐々に大きくなると、赤ん坊の形になった。
ゴロスリはベータスから手を放すと、自分のお腹に赤ん坊を移す。そして赤ん坊を取り出した。
「スライムによる、出産法……。ベータスの、お腹にある命を、私の身体に、移した」
なんとも強引な力技である。しかしガムチチとベータスの間に生まれた子供はやがて大きな鳴き声を上げた。
「ブッラとクーパルの時は泣かなかったけど、こいつは元気に泣いているな。女の子の様だ」
ガムチチが言った。股間はつるんとしているからだ。ギメチカは急いで奇麗な布で赤ん坊を拭いた。
ベータスは気持ち悪そうに遠巻きで見ている。
「なんだよそれ……。いきなりでかい声で泣きやがって、うるさいったらありゃしねぇ」
「おいおい、こいつは俺とお前の愛の結晶だぜ。生まれてきてありがとうと感謝の言葉を述べろよ」
「何が感謝だ、俺を無理やり乱暴したくせに。そんなの俺の子供じゃねぇよ!!」
ベータスはぷいっと外へ出た。その様子を見てガムチチがやれやれと首を振る。
「まったくあいつは命を何だと思っているんだろうね」
「とはいえガムチチ様がベータス様に欲望を向けたのは事実。ベータス様にとって理解が追い付かないのですよ」
ギメチカが補佐した。とりあえず赤ん坊のための家具が必要だ。
「お任せあれ」
ギメチカはアイテムボックスから様々なものを出した。木材に大工道具など一通りの物をそろえている。
彼女はそれらを使い、赤ん坊のためのベッドに、産着などを作った。あっという間であった。
「お前、すごいな」
「私は執事であり、メイドです。いついかなる時も準備万端でなくてはならないのですよ」
どこかギメチカはうきうきしていた。尊い人物の赤ん坊の世話をできることに喜びを感じているようだ。
「おっぱいは、誰が、出そう……?」
ゴロスリは悩んでいた。




