第九五話 ゴロスリの告白
「アブミラってのはどんな奴なんだ?」
ガムチチが訊ねた。彼は筋肉隆々で黒い髪の毛を短く刈っており、着ているのは黒いパンツとサンダルだけだ。肌は黒く焼けており、黒い岩が歩いているように見える。
目の前にいるのはピンク色のスライムだ。ツインテールの幼女の形を取っている。初代ゴマウン帝国皇帝、ゴロスリである。
「アブミラは、キャコタ王国の主教、ブカッタ教の、大巫女で、最高指導者。商人はもちろん、王族も、彼女の言葉は、絶対。まあ、理不尽で、不条理な、要求は、したことない、よ」
ゴロスリはたどたどしい口調で答えた。一国の指導者にしては幼く見える。本人は六八歳で死んだらしいが、魂はスライムに憑依されたそうだ。ガムチチには想像もつかない世界である。
「……アブミラ様がゴロスリ様に依頼した。つまりアブミラ様も魔女と深く関わりがあるのですね」
ギメチカが尋ねる。白髪頭をオールバックにガムチチほどではないが肉体は引き締まっている。彼の肌は白く、黒いパンツだけを身に付けていた。
「ん、その通り。ブカッタは、当時の法皇で、アブミラは、魔女……。キャコタという人に、協力して、あげた。今は、世界の、経済を、回している。世界の、富の、三分の一は、キャコタの、モノ……」
なんとも壮大な話である。ガムチチはアブミラの考えなどわからない。しかし彼女がゲディスの居場所を知っているかもしれないのだ。それにウッドエルフの娘であるブッラとクーパルも心配だ。ゲディスは一見儚げな美少年だが、武術は得意だ。それに身近なものに魔法をかけ、罠を作る罠魔法の達人でもある。
双子の娘を守りつつ、カホンワ王国へ戻ることも可能なはずだ。だが現在はスキスノ聖国によって賞金首にされている。冒険者たちが落ちている小銭を拾うために血眼になっているだろう。ガムチチは心のどこかで焦っていた。早く、ゲディスたちと合流しなければ。
そのイライラが積もり、ゲディスの双子の弟であるベータスに欲望のぶちまけてしまったのだ。
「ではすぐにキャコタに向かおう。ベータスが使った空飛ぶ城を使えばあっという間だろう?」
ガムチチが提案したがゴロスリは首を横に振った。
「だめ……。キャコタ王国、とっても、頑丈……。魔道兵器で、空の魔獣も、倒せる……。しかも、魔道探知機で、不審な船や、飛行物体も、感知される……。私は、あくまで、アブミラと、個人的に、懇意しているけど、向こうは、知らない。だから、無断で、空を飛ぶと、撃墜されちゃう……」
キャコタ王国は島国である。四方を海に囲まれており、海には多くの魔獣が棲んでいる。
キャコタ王国は独自の軍事力があり、魔道兵器で空飛ぶ大魔獣を撃墜することが可能だという。
海軍も常に軍艦を巡回しており、不審な船や海賊にも対応していた。その上軍艦も魔道具を組み込んでおり、風がなくても自在に海上を走ることができる。
さらに空飛ぶ船を所持しており、救難者の救助に使われていた。
ガムチチはゴロスリから話を聞いてもさっぱり理解できなかった。そもそも軍とは人が大勢集まっていることであり、魔道兵器などという単語は聞いたことがなかった。
「キャコタは他の国に比べて領土が狭いのです。それ故に資源も少ないし、漁業もぱっとしません。なので魔道具などの技術開発に力を注いでいるのですよ。キャコタ王国の識字率は世界一なのです」
キャコタには様々な文化が流れ込んでいる。そして世界中から色々な書物も集められており、キャコタの王立図書館は世界一と呼ばれていた。さらに町のインフラも完璧で、上下水道は完備されており、スチーム暖房や魔法具の灯りなどで光の国とも称されている。
「ゴマウン帝国は医学薬学は最先端でしたが、他の文化は今一つでした。アジャック卿はキャコタの人間を島国の田舎者と馬鹿にしていましたが、逆にキャコタはゴマウンの人間をだだっ広い土地に住む田舎者と思われていたのです。実際に文化としてはかなり低いですからね」
それをアジャックは逆恨みしており、キャコタを潰すつもりでいるらしい。皇帝ラボンクをそそのかしてキャコタに戦争を仕掛けさせる予定だったが、ラボンクと皇妃バヤカロとその父親アヅホラ・ヨバリク侯爵は世界の邪気を浄化するラバアという存在になってしまったのだ。
なのにアジャックは諦める様子がない。なんとしてもキャコタを滅ぼすために計画を練っていたそうである。そこにゲディスが化け物に変えられた挙句、ゲディスの双子の弟ベータスが登場したことで計画が立てられた。
ベータスを真のカホンワ王国後継者とし、ゲディスの抹殺を目論んだのだ。そしてゲディスと仲の良いガムチチも一緒に始末しようとしていたという。
もちろんバガニルとその双子の子供たちも暗殺対象になっていた。闇ギルドに命じておけばすぐ彼女らを殺しにかかるとアジャックは思い込んでいたようである。
これはゴロスリが調べたことだ。彼女はスライムだが、その身体を分裂させ、各国の情報収集に勤しんでいた。別の国で得た情報はすぐに本体である彼女に送られる。それ故にスキスノ聖国での事情も知っていたのだ。
「なんなんだよ、そのアジャックって人は!! そんなスケールの大きな敵をどう相手すればいいんだよ!!」
ベータスは憤りを感じていた。彼はゲディスと違い野性味の強い性格だ。初対面の人間なら区別はつかないが、家族ならすぐ見分けがつく。
「いいえ、アジャック卿は小物ですよ。それどころか井の中の蛙ですね。自分の感情の赴くままに行動し、その結果を予測できない愚か者ですよ」
ギメチカが切って捨てる。彼にとってアジャックはただの声が大きい酔っぱらいにすぎないのだ。
「アジャックは、置いとく、ね。私と、しては、ゲディスと、その双子は、大丈夫、だよ。アブミラ、なら、三人が、不利になること、しないから。あなたたちの、やることは、ここで、修行して、もらうこと、だね」
ゴロスリの言葉にガムチチたちは目を丸くした。ここでのんびり修行するなどありえないからだ。それに双子の娘たちは一歳だが外見は四歳児である。いくらゲディスが守り抜けるとは思えなかった。
彼を信頼していないわけではないが、それでも心配である。
「心配、ない……。ゲディスたちが、どこに、飛ばされたかは、知らない……。でも、あの鏡が、どういうものかは、わかっている。あれは、鏡を、通じた、転移魔法が、かけられている。見た感じ、あれは、安息の世界へ、通じている、術式が、組み込まれていた、ね」
ゴロスリ曰く、安息の世界とは魔女と法皇が死後に訪れる世界だという。光の神ヒルカと闇の女神ヤルミが神の使者たちに対するご褒美であるらしい。
その世界は人間のいない穏やかな世界だが、現在は歴代の魔女と法皇たちに加え、その子孫たちが国を作っているそうだ。ゴロスリは生前に一度だけ見たことがあるという。
「でも、私は、この世界に、残った……。世界が、どうなるか、見届けたいから。それに、ベータスも、いるしね」
ゲディスたちは恐らくそこにいるはずである。最低でも四年はそこで過ごすだろうとゴロスリは推測していた。するとガムチチが疑問を抱いた。
「なんで四年なんだよ」
「四年、経てば、ウッドエルフの、子供。大人に、なる。そうすれば、見つかる確率は、低くなる」
そう、手配書では四歳くらいのウッドエルフと書かれてあった。四年経てば彼女らは二〇代になる。そうなれば彼女らが捕まる可能性は低くなるだろう。
「すると四年間も待たねばならないのか」
「違う。この世界では、四日後に、出てくる。安息の世界、時間の流れ、全然違う……」
安息の世界で一年間過ごしても、戻ったら一日しか経っていないという。そうなればブッラとクーパルはすでに大人だ。ウッドエルフの子供はこの世にいない。ゲディスの姿を見られなければ、捕まることはないだろうし、二人も強くなっているだろうから、安心だろう。
「なるほどな。それなら安心だ」
「おい、待てよ! 大問題があるだろう!!」
ガムチチがほっとしていると、ベータスが声を荒げた。一体何の問題があるというのか。
「あんたは自分の娘が成長する過程を見られないんだぞ!! それに向こうは四年間もあんたに会えないんだ!! 家族の時間を奪ったアブミラに憎しみを抱かないのかよ!!」
どうやらベータスはガムチチの事を心配しているようだ。だがガムチチは冷静である。
「まあ、無茶苦茶な話ではあるな。しかし俺にとって三人の安全が確立しているなら問題はない。それに成長過程を楽しめないというが、俺にはどうでもいいな。むしろ早めに成長できた方が死ぬ確率が減っていいことづくめだろう?」
「なんでだよ!! あんたはそれで納得しても、俺が気に喰わないんだよ!! 一体アブミラって女は、何の恨みがあってゲディスをあんな目に遭わせたんだ!! まったく腹が立つぜ!!」
「その元凶を作ったのはお前だろう? そもそも師匠に言われるまま、何も考えずに起こしたんだろうが」
怒るベータスに対して、ガムチチが痛烈に批難した。どうもベータスは感情的になりやすい。師匠の躾がなっていないと思われる。
「……私、子育て、苦手。だって、王族だから、やらなかった。子育ては、乳母の、仕事……」
ゴロスリはしょんぼりとしている。彼女の言う通り、王族や貴族は直接子育てなどしない。乳母や守役の仕事だ。ベータスに対してはモンスター娘の性質など教えてきたが、別に殺してはならないとは言ってない。ベータスが勝手に拡大解釈しただけである。
それに村で遊ばせたりしていたため、そちらの影響も強く受けたのだろう。子育てはいつの時代も思い通りにはならないのだ。




