表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

95/161

第九四話 赤ちゃん錬金釜

 ゴスミテ王国の首都ヨワシラはにぎわっていた。ゴマウン帝国では田舎呼ばわりされていたが、その実は大勢の人間が行きかう商業都市である。

 ゴマウン帝国はもとより、南方には港町があり、キャコタ王国と交易していた。

 特にヨワシラの花街は様々な人種が集まり、多くの金を落としていた。


 花街では特殊なものがある。避妊用具を使い、放たれたいのちの精を回収するのだ。

 その回収には特別な釜を使われる。別名赤ちゃん錬金釜と呼ばれていた。

 この釜で魔石が作られる。魔石鉱山で採られるものより質は悪いが、魔石は魔石だ。


「すごいものですね。魔法具というのはこれほどまでに進化するものなのですね」


 ゴスミテ城の客間ではゴスミテ王国国王トニターニ・ゴスミテと、カホンワ王国からの使者でウッドエルフのクロケットが話をしていた。テーブルの上では赤ちゃん錬金釜が置かれてある。

 クロケットは黒いドレスを着ていた。ウッドエルフの彼女は裸同然の格好でないと日光を得られず身体が弱まる。しかしこのドレスは太陽の光を蓄光する効果があり、肌を露出しなくても平気になったのだ。

 さすがに痴女同然の格好では死者になるわけにはいかないので、ゴスミテ王国で開発されたのである。


 花街では一日で百個の釜が満タンになる。それを国が回収し新たな魔石を作り出すのだ。

 錬金釜はゴスミテ王国の賢者たちによって生み出された。将来は枯渇するであろう魔石の代用品として注目を集めている。今は品質は悪くとも賢者たちによって改良されていくのだ。

 クロケットはカホンワ王国国王、ダコイクからの命令でここに来ていた。


「元々ゴマウン王国は魔法具の開発に勤しんでいました。百年前は王家の暴走で研究が中断していたそうです。当時のゴスミテ家の当主がゴロスリ様からこの地を預かりました」


 トニターニは小柄の男だ。黒髪を後ろに纏め、キツネ目で黒ぶち眼鏡をかけている。ヤギひげが生えており、出っ歯だ。だが雰囲気は武人のような鋭さがある。


「でも皇帝ラボンクによって計画はすべて白紙に戻すよう命じられたはずですよね?」


 クロケットが言った。彼女はこの一年で帝国の事を勉強している。二年前に皇帝ラボンクはゴマウン帝国における医学薬学をすべて破棄しろと命じたのだ。治療はすべて治癒魔法で十分だと言い、違反した者は容赦なく処刑したという。


「ラボンク陛下は帝都以外に興味がないのですよ。ゴスミテ領は田舎と馬鹿にされておりまして、誰も行きたがらなかったのです。なので魔法具の研究と医学薬学はこちらで引き継がれていたのですね」


 トニターニはさらっとしている。ラボンクはトニターニを軽視していたそうだ。それ故にラボンクは自分の言うことなら何でも聞くと思い込んでいた。監視など一切行ってなかったという。


「ぼんく……、なぜラボンクはそのような愚かなことをしたのでしょうか?」


 クロケットが疑問を口にする。彼女は実際にラボンクの痴態を見ていた。ぼんくらと呼びかけたが、自生することを覚えた。


「すべてアジャック卿のせいなのです。きっかけは皇太后のハァクイ様の死去なのですよ」


 トニターニが説明した。

 九年前、ラボンクの父親であるクゼントが薨去した。それでラボンクは弱冠一八歳で皇帝に即位したのである。ハァクイは皇太后として息子の補佐をしていた。

 しかしクゼントが亡くなって二ヶ月後にハァクイは寝室で冷たくなっていたという。

 亡くなる数日前は食事を取っておらず、医者が胃を解剖したが中身は空っぽだったそうだ。


「ラボンク陛下はハァクイ様の死を嘆きました。クゼント様とは仲睦まじいので、心労で亡くなったと思っていたのです。ところがアヅホラ卿が余計なことを言ったのです」


 皇太后ハァクイはマヨゾリ・サマドゾ辺境伯によって殺害されたと。

 だがラボンクは信じなかったそうだ。当時トニターニはラボンクとアヅホラ卿の話を聞いていた。


「なぜマヨゾリ卿が母上を殺すのだ。そもそも卿は当時城にはいなかったぞ」


「いいえ、あの男は皇帝の座を得るために皇太后様を殺害したのです。城にいなくても誰かに頼めば問題はありませぬ」


「いや、皇帝の座が欲しいなら余を手に掛けるであろう。母上を殺す意味が分からない。それに母上の胃の中は空っぽなのだ。医者は心不全で亡くなったと言っておったぞ」


「いえいえ、あの男は医者を買収して嘘の供述をさせたのです。陛下はあの男に騙されておるのですぞ」


「仮に医者を買収したとしても、母上を殺す理由にはならないし、マヨゾリ卿がそんなことをするはずがなかろう。母上はあの男を贔屓していた。後ろ盾を始末するなどありえないだろう」


「陛下!! あなたは騙されておるのです!! 屁理屈ばかりこねないで、マヨゾリ卿を即刻逮捕し、お取り潰しにしてください!!」


 するとラボンクは激怒した。アヅホラは皇妃のバヤカロの父親だが、あまりの言い分に腹を立てた。


「いい加減にしろ!! 余もマヨゾリ卿は嫌いだし、姉上も目障りだと思っている!! だが罪科つみとがのないものを無理やり罰するほど、余は愚かではないわ!! もうこの話は終わりだ、下がれ!!」


 ラボンクはアヅホラを退室させた。なお食い下がるが、ラボンクは聞く耳持たなかった。

 後日、アジャック卿から手紙が来た。アヅホラの進言を受け入れマヨゾリを皇太后暗殺の首謀者として捕らえろと書いてあった。だがラボンクは手紙をくしゃくしゃに丸めて捨てた。


「アヅホラ卿!! 伯父上は忙しい身だ!! くだらないことで相談するな!!」


 ラボンクはアヅホラを叱咤する。アヅホラは屈辱にまみれて怒りの形相を浮かべていた。


 クロケットはその話を聞いて意外だと思った。ラボンクは昔からぼんくらと信じていたが、即位後は真っ当な思考の持ち主であったことに驚いた。


「アジャック卿にとってラボンク陛下は命令すればなんでもいうことを聞く存在だったのです。なのに初めて反発されてしまい、怒り狂いました。アヅホラ卿とバヤカロはその日からラボンクを持ち上げ、事あるごとに褒めたたえました。おかげで陛下はぼんくらにされたのです。それでもハァクイ様の死は自然死であると信じており、話を蒸し返すと怒るようになりましたね」


 トニターニが苦々しく説明した。本来彼はハァクイからラボンクが側室を持つように指示されていた。

 しかしアジャック卿が側室は認めないと手紙を送られた。さらにアヅホラも自分の娘以外に子供ができることを恐れ、側室を避け、側室を否定するようにそそのかしたのである。


「アジャックとアヅホラはハァクイ様が嫌いなのでしょうか?」


「嫌っていますね。死んだ後も蛇蝎の如く嫌っていました。当時ゴマウン帝国は医療品をキャコタに輸出しておりました。キャコタと縁を切るために先人が築き上げたものを個人的な感情で塵と変えたのです。許しがたい暴挙ですよ」


 トニターニは両手を強く握りしめる。もちろんすべての貴族が医学を捨てたわけではない。

 サマドゾ領よりの貴族はもちろんの事、南方のオサジン領も命令を無視していた。カホンワ男爵家も無視していたが、ばれてしまった。なのでロウスノ将軍が断罪するために軍を動かしたという。

 カホンワ男爵ことダコイクはトニターニの義父だ。ほんわかそうなおじいさんに見えて、強かな性格の持ち主である。ロウスノ将軍に罠をかけた後、妻と共にゴスミテ領へ避難したのだ。


「ああ、関係ないが、あることを思い出しました」


「あること、ですか?」


「ええ、ハァクイ様が亡くなった次の日にキャコタ王国では新しいアブミラが誕生したのですよ」


「アブミラ……。確かキャコタで信仰されているブカッタ教の最高指導者ですね」


 クロケットが答えた。キャコタは重要な交易相手であり、ブカッタ教も勉強していたのだ。アブミラは大巫女と呼ばれており、キャコタ王国でも重要な役割を担っているそうだ。


「当時は年配のアブミラがいたのですが、神託が下されたと言って、十歳の女の子が新しいアブミラになったのです。なんでも王家の遠縁という話ですね」


 トニターニが答えた。話はこれで終わりである。クロケットは出された紅茶を飲んだ。

 だがトニターニの目が光る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとも言いますが、愚かな政策ですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ