第八六話 理不尽な行為
「一体こいつはどういうことなんだ?」
ガムチチは不機嫌そうに答えた。それもそのはず、ガムチチたちは警邏の人間が来るまでに、二度も襲撃を受けたのである。
屋根に上がって矢を放ったり、炎の魔法を街中で詠唱したりと無茶苦茶であった。相手はガムチチを執拗に殺そうとするし、ベータスを誘拐しようとする。
しかしギメチカの蹴り技で敵の顎と金的は粉々に砕かれた。弓矢を持つ相手はギメチカが落ちている石を蹴り上げ、相手の顔面に叩き付ける。
敵は屋根から転がり落ちて、地面に叩き付けられた。野次馬に命じて襲撃者たちの手足を縛る。ギメチカは拘束した野次馬に小銭を握らせると、相手は満面の笑みを浮かべた。
「こいつらは闇ギルドの一員ですね」
ギメチカが答える。闇ギルドとは冒険者ギルドに所属できない無法者が集まる組織だ。
人のモノを盗み、殺さずにはいられない人間はまず闇ギルドに入る。そして新人の冒険者をつけ狙い、人のいない場所で強奪するのだ。男は殺して、女は楽しんだ後奴隷にして売る。装備品はすべて闇商人に売りさばく。そうしないと気が済まない人間がこの世にはいるのだ。
もちろん闇ギルドは冒険者ギルドと違い、信用などない。闇ギルドの一員と知られれば衛兵にたちまち捕まり、牢屋に入れられるのだ。
だからこそ彼らはひと気のいない場所を好む。強盗をするにしても目撃者がいない場所を選ぶのが普通だ。なのに彼らは堂々と真昼間からガムチチを殺そうとした。なぜこのような無茶をしたのだろうか。ギメチカは彼等の思考が理解できなかった。狂人を相手にしている気分である。
「へっへっへ……。お前には賞金がかけられたんだよ。お前を殺せば金貨一万枚もらえるんだ。ついでにギメチカという執事も同じだが、なんでいないんだよ!!」
赤いとさかの男が勝手にしゃべって、勝手に切れている。自分の思い通りに事が運ぶと信じ切っている愚者だ。気の弱そうな相手を大声で威嚇し、自分のペースに乗せるのが得意そうである。
「そしてベータス様を生け捕りにしたらいくらもらえるのですか?」
「へーっへっへっへ!! 決まっているだろぉ!! 金貨十万枚だよ!! 一生遊んで暮らせるほどの銭だぜ!!」
男は叫びながら自分に酔っていた。目は虚ろで口から涎が垂れている。まともな精神状態ではない。
ガムチチは男を恐れた。獲物を狙う魔獣ならまだ対処できるが、頭のおかしい人間は得体のしれない恐怖があると思った。
「おいおい、俺を捕まえたら金貨十万枚かよ。一体どこのどいつがそんな大金を支払ってくれるんだ?」
ベータスは呆れていた。ちなみに彼は敵を探知するのに活躍していた。空を突く兎の耳は、敵意を持つ相手を素早く探知してくれたのだ。
「そう、ベータス様の言う通りです。金貨十万枚は一般家庭なら一生遊んで暮らせる金です。ですが、それ以前に疑問が湧きます。なぜ彼らは相手が支払ってくれると信じているのでしょうか?」
普通は人殺しなどしたくない。法の設備が整っている云々に、どこの国も殺人には神経をとがらせている。闇ギルドでも仲間同士の殺しはご法度だ。無法者だからこそ信頼関係を重要視している。
それに殺人の依頼などあやふやだ。相手を殺しても依頼人が素直に報酬を支払うとは思えない。むしろ知らぬ存ぜぬを通し、金を払わず警邏に訴える可能性もある。もちろん依頼人が警邏を買収していれば、余計な詮索はされないだろう。
だが彼らは報酬がきちんと支払われることを確定しているようだ。すると相手は信頼のおける人物であると推測される。
ギメチカは紅いとさかの男の前に立つ。その目は冷え切っており、何の感情も見いだせない。
「依頼人は誰ですか?」
「はぁ!? 誰が言うかよ、このクソババァ!!」
ギメチカの問いに応えず、男は口汚く罵る。
「大体街中でメイド服なんか着てんじゃねぇよ!! 場違いだってことに気づけよ!! それともお前は男を誘っているのか? ご主人様、夜の世話をさせてくださいってなぁ!! もっとも色気のないてめぇなんか銅貨一枚でもお断りだぜ、なぁみんな!!」
男が他の仲間に同意を求める。仲間たちは乾いた笑い声を出した。先ほどガムチチたちに叩きのめされた恐怖が、身体に染み付いているのである。
するとギメチカは男の前にしゃがむ。そして右手で男の顎を掴むと、ぐきっと嫌な音がした。
見ると男は口を大きく開けている。いや、開けさせられたのだ。ギメチカがあごの骨を外したのである。
男は目から涙がこぼれ、鼻水と涎を垂らしていた。ギメチカは背後に回ると、今度は男の右の親指を逆の方へへし折った。男は顎が外れているので、声にならない悲鳴を上げている。周りの仲間たちは真っ青になった。
「私は依頼人は誰かと聞いているんです。なのに答えてくれないのは悲しいですね。尋問を続けさせてもらいます」
その表情はまるで鉄仮面であった。男を痛めつけても嬉しいとも悲しいとも思っていないようである。
ギメチカは作業的に男の指を人差し指、中指、薬指、小指と折っていく。
「あらあら、まだしゃべってくれないのですね。残念です。次は左手にしましょう」
そう言って男の左手の親指を折った。顎が外れているので、しゃべることができないとわかっている。なのに拷問を続けることには意味があった。
周囲の人間は恐怖で顔が蒼くなっていた。仲間たちはすでに蒼ざめてわなわなと震えている。怯えた魚のように目と口をぱくぱくさせていた。
恐らくは自分たちを監視しているであろう、闇ギルドの仲間たちに見せつけているのだ。自分たちに手を出せばどうなるか、嫌というほど思い知らせてやると。
ギメチカは男の指をすべて折った。男は糞尿を漏らし、周囲には耐え難い悪臭を漂わせている。それでも男に文句は言わない。ギメチカという女の方がよほど恐ろしかった。人間の皮を被った得体のしれない怪物に思えた。
「言う! 言うよ!! しゃべらせていただきます!!」
仲間の一人が叫んだ。自分たちも同じ目に遭うのが嫌だからだ。
「よろしい。では教えてください。あなたたちの依頼人は誰ですか?」
「もっ、モーカリー商会だ!!」
意外な名前が出て、ギメチカは目を丸くした。
「モーカリー商会って、ゲディスの同級生の店じゃないのか?」
「なんでそいつらが俺たちを狙うんだ?」
ガムチチとベータスは首を傾げる。だがギメチカは淡々と質問を続けた。
「モーカリー商会の誰がこの依頼を出したのですか?」
「かっ、会頭だッ!! もっとも命じたのは手代のチソピラさんだよ!! 番頭は今食中毒で療養しているから、代理でやっているんだ!! 会頭のマッカが手紙で命令を下したんだよ!! 今カハワギ王国へ行ってるんだ!! ガムチチとギメチカを殺せば金貨一万枚、ベータスを誘拐しナサガキのモーカリー商会に連れてくれば金貨十万枚やると言われたんだ!! 仕事の前金に俺たち全員に金貨十枚をくれたんだよ!!」
男は一気にしゃべりだした。ギメチカはそれを聞いて理解した。恐らく今回の件は手代のチソピラの仕業だろう。番頭を食中毒にした後、自分が商会を好き放題にしているのだ。賞金はモーカリー商会の金庫から勝手に出されているのだろう。
問題は手代がなぜ自分たちを殺そうとしているかだ。会頭のマッカとゲディスが同級生だからと言って、殺す理由などない。
この手の話は手代が誰かに命じられているのだ。そして、そいつは何かしら権力を持っているに違いないだろう。
「おいおい、わけのわからない話だな。何のために俺たちを狙うんだか」
「そもそも俺を狙って何をしたいんだろうな」
ガムチチとベータスは顔を見合わせて唸っている。ガムチチとギメチカの命を狙い、ベータスだけは生け捕りにする。ベータスとゲディスが双子の兄弟ということは、割と知られていた。隠す必要はないからだ。
ゲディスが行方不明の間、ベータスを王太子として迎え入れる。これが一番可能性が高い。ガムチチとギメチカを殺すのは、ゲディスをよく知る人間だからだろうか。
「あっ、あと、サマドゾ王国の王妃バガニルと、その子供のワイトとパルホにも賞金がかけられています。こちらは金貨十万枚だそうです」
「なっ、なんだと!!」
ガムチチは驚きのあまり目が飛び出るかと思った。王妃であるバガニルまで殺そうというのか。一体モーカリー商会の背後では何が起きているのだろうか。
そうこうしているうちに兵士たちが現れた。だがなんとなくチンピラのような柄の悪さを感じる。
兵士たちは手に持っている槍をガムチチたちに向けた。
「おい、相手が違うぞ。こいつらが俺たちを殺そうとしたんだ」
ガムチチが抗議すると、隊長らしいひげもじゃの男が怒鳴った。
「黙れ!! 貴様らは善意ある民間人に危害を加えた極悪人だ!! お前たち、こいつらを拘束しろ!!」
兵士たちはガムチチたちに縄をかけた。襲撃者は全員縄を解かれた。男たちは何とも言えない顔をしている。多分ギメチカの恐怖が身体だけでなく魂にまで刻まれているのだろう。
周囲の人間が抗議しようとしたが、隊長がにらみつけると黙ってしまった。普段の兵士たちは民間人に対して理不尽な扱いをしているのだろう。
隊長はにやにやと笑い、ガムチチたちを連行していった。
「なっ、なんでだよ!! どうして俺たちが捕まるんだ!!」
ベータスは暴れた。だがギメチカは冷静である。どうやら兵士たちと闇ギルドはグルの様だ。彼等を拘束しても隊長が独断で解放する手はずとなっていたようである。
このまま、拘束されれば何か情報が手に入る。ギメチカはにやりと嗤った。
それは悪魔が瀕死の人間に取引を持ち掛けようとする、笑みに見えた。
相手は敵にしてはいけない人間を、敵に回してしまったのだ。
一体次回はどうなるのだろうか。私はこう言った物語の引きをしないので、今回は新鮮さを感じました。
所謂、モンスター娘より人間の方が恐ろしいと言ったところですね。




