第85話 謎の襲撃
「ようこそ! ナサガキ支店へ!!」
青い髪のポニーテールの少女が元気よく挨拶する。愛嬌が良く声が良く通る。笑顔を見ていると心が癒された。彼女はこの冒険者ギルドの看板娘なのだろう。
冒険者ギルドは木造建てであった。広々としており、他の冒険者たちはテーブルを囲んで話をしていた。南国の観葉植物が飾られており、華やかであった。
受付嬢の衣装はカホンワ王国やオサジン王国と同じである。
「私は受付嬢のチャオピと申します。お客様は初めてのようですが、本日はどういったご用件でしょうか」
チャオピは元気よく頭を下げる。ガムチチはどことなくほっこりした気分になった。
「俺の名前はガムチチだが、今回用事があるのはこいつらだ。俺は数年前に立ち寄っているが、後ろの二人はここに来たのは初めてなんだよ」
そう言って後ろの二人を指差した。一人は鉄面皮ぽいメイドで、もう一人はバニースーツを着た美少年だ。さすがのチャオピもどういったパーティなのか、理解に苦しむ。
それでも受付嬢として作り笑顔で対処する。
「私はギメチカと申します」
ギメチカは右手を差し出すと、チャオピはすぐに水晶を取り出す。
「俺はベータスだ。この格好は俺の趣味じゃないぞ」
「ガムチチ様のご趣味でしょうか?」
「違う」
ベータスの問いにチャオピが聞き返したが、即座にガムチチは否定した。
チャオピはガムチチとベータスを交互に見る。ガムチチは筋肉ムキムキでマントとパンツ一丁だ。顔の作りも悪くない。むしろハンサムである。
一方でベータスは美少年だ。あどけなさにやんちゃな部分が混じっている。バニーボーイの格好が恥ずかしいのか、頬を赤く染めていた。周りの視線をしきりに気にしていた。股間もくっきりと浮かんでおり、羞恥心と観られる快感に体中の血液が一転に集中しているようだ。
「素晴らしいです!!」
チャオピが涙を流しながら感極まっていた。
「ガチムチのお兄さんに飼育されるバニーボーイ!! なんて背徳で甘美な関係なのでしょう!! 受付嬢として1年しか働いていませんが、こんな素敵なカップルに出会えるなんて、私は幸せ者です!!」
いきなり立ち上がり、早口でまくし立てた。周囲は慌てておらず、またかと呆れている。恐らく日常茶飯事なのであろう。
「なんかオコボに似ているな……」
「まあ! ガムチチ様はオコボ様をご存じなのですね!! 私にとっては女神様と同様のお方なのです!!」
ガムチチがオコボの名前をこぼすと、チャオピが思いっきり食いついた。同じ冒険者ギルドの受付嬢だからだろうか?
「オコボ様は男性同士の恋愛小説では、神の如きお方なのです!! ここ近年では身分を隠して冒険者に身を費やす男爵家の後継ぎと、未開の野蛮人が恋に落ちる話を書いております!! すでに十巻も発売されており、私はすべて揃えているんですよ!!」
チャオピが叫ぶ。ガムチチはそれを聞いて、どこかで聞いた話だと思った。
「チャオピ様、女の私も同行しているのですが?」
「ああ、いたのですか。私の目にはあなたは一切映っていなかったので」
ギメチカが尋ねると、チャオピは塩対応した。ある意味オコボより質が悪いと言える。
「まあ、いいです。私たちはこれからガモチホの森に入ります。そのための装備品を購入したいのですが」
「ああ、それならギルド内の店でそろえることができますよ。ギルドの製品は一流ですから」
チャオピが説明してくれた。ここのギルドでは食料や装備品を格安で売っているそうだ。もちろん他の店と連携している。冒険者から買い取った素材をすぐに回せるのだ。ただし一般人には販売しない。もっとも観光客向けの商売が盛んなので、問題はなかった。
ギルドの店は中々広く、品ぞろえが豊富であった。火打石に小型の鍋、水筒などが並べられている。
ギメチカは一つ一つ手に取ると、ため息をついた。
「なかなかの一品ですね。どれも仕事が丁寧です。大量販売だから手を抜いていると思いましたが、考えを改めないといけませんね」
一般的に高いものは丁寧で、安いものは手抜きで雑という印象を受ける。しかしギルドでは品質管理を徹底しており、手抜きは許さない。その一方で職人にはきっちりと報酬を払っている。それに素材はギルドがただで回してくれるし、衣食住はギルドが負担してくれるのだ。仕事にも気合が入るものである。
「俺が来たときはこんな店はなかったな。ここ数年でできたってことか」
「私もゲディス様たちが観光に来た時も同行しましたが、あまり商売に力を入れているとは思えませんでした。ここまで意識改革したのはなぜでしょう?」
ガムチチが感心していると、ギメチカが疑問を口にした。それほどナサガキの商品は品質が悪かったのだろう。
「これらはキャコタ王国のモーカリー商会のご令嬢、マッカ様が企画したのです。より良い物を多くの人に広めたいためです」
チャオピが答えた。モーカリー商会というのは、臣下になった王族が立ち上げたものらしい。無論百年前の話らしいが。マッカは今年で十九歳で、商会の船で世界中を回ったという。そこで彼女は平民が品質の悪いものしか手に入らない現状を嘆き、安くて品質の良い物を提供すべく、行動したそうだ。
従来の職人たちは自分の仕事にこだわりを持っており、マッカの話には一切耳を貸さなかった。もちろんマッカは理想主義者ではない。確実に利益を得られるから行動しているのだ。
逆に彼女は一から職人を育てた。商会に奉公している使用人たちに靴などの設計の仕方が書かれた紙を見せる。それを一月以上、製造させるのだ。そうすることで職人を雇わずに済む。
そのおかげで従来の職人ギルドでは蛇蝎の如く嫌われることになった。しかし商品はよく売れるため商業ギルドは喜んで彼女の提案を受け入れた。ギルドも冒険者たちの生存率が高くなるので、同調した。
そこで職人ギルドのマスターは、マッカを暗殺しようと彼女が寝泊まりしている商会に放火を命じる。それがばれてしまい、マスターは逮捕。幹部たちは牢屋に入れられてしまい、現在では孤島の鉱山で強制労働の刑に処されていた。
「マッカ様……。ゲディス様と同じ教室で肩を並べて勉強したお方だそうです。当時の私はゲディス様の留学についていけなかったので」
ギメチカが残念そうに答えた。ガムチチもゲディスと同級生であったマッカに興味を持った。ベータスはあまり話を聞いてない。
さてガムチチたちは装備品を購入した。火打石に毛布、水筒に森に入るための靴。ナイフや紙、非常食をリュックに収める。
「では今日は宿を取り、明日出発しましょう。確か冒険者ギルドが経営する宿屋があったはずです。そこに泊まりましょう」
冒険者ギルド直営の宿屋はもっとも安全な場所だ。従業員は人のモノを盗まないし、相手を見て値段を吹っ掛けない。常に清潔を第一にしており、安くて栄養満点の食事も出してくれる。
これはギルドの方針なのだそうだ。従業員は身元がしっかりして、文字の読み書きもできる。これが田舎だと不潔で教養のない従業員が、小遣い稼ぎに寝ている客を殺すこともあった。
さらに冒険者に道徳の教育もさせている。ガムチチたちが野宿をしても盗難が起きなかったのはそのためだ。強盗と盗難が好きな冒険者は最初からギルドに入らない。闇ギルドに入って好き放題に生きている。もっともそいつらを殺しても罪に問われない。身元不明な人間が死んでも誰も困らないからだ。
ガムチチはチャオピから宿の場所を教えてもらうと、その足で宿に向かう。
白い壁の家が並んでおり、子供は独楽を回したり、メンコで遊んでいた。老人は長椅子に座り、何やら白と黒の石を並べている。囲碁という遊戯らしい。互いににらみ合っていた。
店の前では小僧が柄杓で水を撒いていたり、屋台のおかみさんが大きな声で客を呼び込んでいたりとにぎやかだ。
「さすがはナサガキです。活気に溢れていますね」
「ああ、滅多に寄らないが俺も気に入っている。ここの人間は俺を当たり前の様に扱うからな」
ギメチカが感心していると、ガムチチも感慨深げに答えた。恐らくはゴマウン帝国に来た時のことを思い出したのだろう。外国人に対して排他的な態度が目立っており、居心地が悪かった。同じゴマウン帝国でもサマドゾ領は普通に扱っていたが、この差は何だろう。
「見つけたぁぁぁぁぁ!!」
突如奇声が上がった。何事かと辺りを見回すと、数人の男たちが現れる。赤いモヒカン頭に、棘付きの肩パットを身に着けた、教養のなさそうな男たちだ。全員棍棒や斧を手にしている。
「なんだお前らは?」
「お前がガムチチだな? そこにいるのはベータスだろう? ギメチカはどこだ?」
男たちはガムチチたちの名を訪ねた。疑問が雲のように沸いたがすぐ答える。
「ああ、そうだよ。お前らは何者だ?」
「やったぁぁぁぁぁ!! これで報奨金は俺たちの物だぁぁぁぁぁ!!」
男たちは感極まって、手にした武器を持ち、天高く飛びあがった。全員ガムチチの頭目掛けて武器を振り下ろそうとしている。
「ベータスは生け捕りだぁ!! こいつは俺たちが殺すぅぅぅぅぅぅ!!」
男たちは酒に酔ったように笑い声をあげている。だがガムチチは慌てない。手にした棍棒を一振りする。
すると突風が起きて、男たちは一瞬で吹き飛ばされた。蛇のような男の一人は唖然としており、固まっていたが、すぐにベータスの方へ駆け寄った。
「こっ、こいつだけでも攫っておかねぇと金がもらえねぇ!!」
蛇のような男は目をギョロギョロさせると、ベータスにつかみかかった。しかしギメチカが前に入ると、男の顎を蹴り上げる。
男の顎は粉々に砕け、眼球が飛び出た。舌もちぎれており、血を吐き出しながら、石畳の上に倒れた。
「なんなのでしょうね、この人たちは?」
そこに警邏たちが駆けつけてきた。
ギルド内の店の由来はファミレスのすかいらーくがモデルです。当時の料理人はやたらと傲慢で態度が悪かったそうです。なので自分たちの社員を教育することにしたそうな。
マニュアル通りに調理させ、それを一か月ほどやらせたそうです。短期間で職人を育て、安くておいしい料理を出すことが、悪習に満ちた日本の外食をぶち壊したそうな。
当時は美味しい店はやたらと高く、安い店は不潔で店員の態度が悪かったといいます。




