第83話 新しい衣装
「ふぅ、朝になったな」
ガムチチは伸びをした。すでに朝日は登っている。森の木は朝日を受けて朱鷺色に輝いていた。
清々しい空気に満ちている。
焚火はすでに燃え尽きていた。他の冒険者たちは朝餉の準備をしている。新たに薪を集め、火を起こしている者や、野菜を切り刻み、干し肉を鍋に入れて調理をする者などが、てんやわんやに動いていた。
結局ガムチチは一度森に入ったがすぐに出てきた。追ってきたベータスはそのまま森の中で迷ってしまい、数刻したら帰ってきたのだ。
そのベータスはテントの中で寝ていた。ガムチチを助けに行こうとしたのに、本人はすでに戻ってきたのでふて寝しているのだ。
「どうせお腹がすけば起きてきますよ。その前に朝食の準備を始めましょう」
ギメチカは寸胴鍋を用意し、魔道コンロで調理をしていた。たくさんの野菜と肉を用意している。
ギメチカはメイド服を着ていた。黒い長袖のロングスカートに、白いカチューシャとエプロンを身に着けている。長袖だが腕の太さが一目でわかった。
背筋はピンと伸ばしており、職人のように真剣な眼差しで調理をしていた。髪を下ろし化粧をしているが、その姿は美人というより武人のように見える。
周りの冒険者たちは、昨日はいなかったメイドを珍しそうに眺めていた。もっとも誰も声をかけようとはしない。声をかけずらい雰囲気があるのだ。触れればばっさりと切り捨てられそうな空気があった。
「結局、ベータスには何もしなかったのか?」
「しませんよ。私は尻軽女ではありません。ただベータス様が私を抱きたいと言うなら抱かれてもいいですよ。もちろんそれなりの対価はもらいますが」
ガムチチの問いにギメチカは調理しながら答えた。
「しかしトナコツ王国はひさしぶりだな。ナサガキも長いことは来ていなかった。まあ、懐かしいとは思っちゃいないよ」
ガムチチは上の空な感じで口先で言った。ギメチカもそれを察して深く追求しない。
その内ベータスが起きてきた。ふああとあくびをしている。身に着けているのは紺色のスクミズだけだ。猫耳などは外していた。
「ふぁぁ、よく寝た……、誰だあんた!!」
ベータスはギメチカを見て狼狽した。
「ギメチカですよ。性転換魔法で女から男に変化したのです」
ギメチカが妙に威厳と落ち着きを加えた声で言った。するとベータスは目星が大方ついたようだ。
「そうだったのか。師匠も言っていたな。昔は魔女狩りが当たり前だったと。幼女も老婆も関係なく魔女として処刑された時代があったと教えてくれたよ」
「私の場合はハァクイ様がバガニル様と一緒に教えてくださいました。ですが周りの貴族はいい顔をしませんでしたね。過去の忌々しい歴史をほじくり返されるのは不快だったようです」
ギメチカは遠い目になる。当時のハァクイは自身が魔女であることは秘密にしていた。母国のキャコタ王国で歴史を学んだことにしていたのだ。だがゴマウン帝国では自分たちは美しい清らかな世界の住人だと思っている。戦争は正当化しても、魔女狩りは認めたがらないのだ。
それどころか魔女の話をすることも禁忌とされていた。ラボンクの時代は魔女に関する著書はすべて焚きつけにされ、口にしたものを密告するように命じていたくらいだ。
「まあ、私はこの魔法でゲディス様に筆おろしができましたよ。女だけでなく、男の味を教えることができましたからね」
ギメチカは味見をしながら答えた。ベータスはきょとんとしている。男の味が理解できなかったのだ。
「男の味ってなんだ?」
「文字通りの意味ですよ。私は男の身体でゲディス様を抱いたのです。あの方が十二歳の頃でしたね。声変りがして、陰毛が生えた頃でした。トナコツ王国の名物であるバナナの皮むきもしましたよ」
露骨な表現に、ベータスは真っ赤になった。
「おっ、おい!! なんで男同士で抱き合うんだよ!! ぼっ、棒しかないだろうが!!」
ベータスは興奮しきっている。もぞもぞしていた。一方でギメチカはあくまで冷静だ。平然と眉毛も動かさずに言いのけている。
「棒の先端をこすり合わせるのですよ。亀同士が頭を突きあうような感じですね。一方で互いのしっぽを噛みあう場合もあります。どっちにしろ大事なのはお風呂に入って石鹸できれいに洗ってから、挑みますけどね」
その内ギメチカは調理を終えた。大量のシチューが完成する。ギメチカは他の冒険者たちにも声をかけた。温かいシチューを振る舞うことで、恩を売る算段だ。シチュー一杯でも駆け出しはおろか、百戦錬磨の冒険者の心は温かくなる。それで恩知らずに剣を振るえば、そいつは冒険者仲間からつまはじきにされるだろう。
ベータスの方は頭がくらくらしていた。怒りで足元がぐらついている。
「おっ、お前は変態か!! 男同士で抱き合うなんてありえないだろう!! 男と女が仲良く合体するのが常識じゃねえか!! 同性同士でやりあうなんて異常だよ!!」
烈火の如く怒っていた。世の中の黒い部分に触れていなかったのか、不潔なものに対して拒否反応を起こしていたのだ。
それに対してガムチチは何とも言えない気分になった。実際に自分のしていることは変態行為だ。ただしバガニルからは同性愛は珍しくないと教えられている。公言はしないが貴族や王族は子作り以外に楽しむことを、平民は薄々気づいていた。
だがベータスはまだ穢れを知らない生娘の様だ。強烈な毒を浴びせられ、頭が混乱しているのだろう。今の彼は普段見慣れた世界が、ぐにゃりと歪んで見えているのかもしれない。さらに風のささやきが暴風雨のように聴こえているのだろう。
それを平然と井戸端会議のようにしゃべるギメチカも、ただものではない。女冒険者たちは真っ赤になってうつむいているくらいだ。
「じゃあ、私を抱きますか? 一から十まで教えて差し上げますよ?」
唐突な言葉にベータスは呆気にとられた。ガムチチも思わず吹き出してしまう。
「私の夫は屈強な騎士です。戦場では敵の小細工など無視して突き進む猪武者ですよ。一年前の魔王誕生時には兵を率いて大魔獣を倒しておりました。そんなあの人を私はからめ手で可愛がってあげたのですよ。キャコタ王国名物のタコのようにぐにゃぐにゃと力を受け流してね。向こうではタコが人間の女に絡みつくそうですが、私がタコのように男に絡みつきますよ」
なんとも恥知らずな言動に、ベータスはおろか、ガムチチや他の冒険者たちも唖然となる。そもそも彼女の口調は卑猥には感じられず、学者が生徒に生物の生態を講師しているように聞こえるのだ。
「あっ、あんたはなんなんだ!! 女性なのにそんな破廉恥なことを言っていいと思っているのか!!もう少し恥じらいを知れよ!!」
「やれやれ、若いですね。その様子だと女性の事をよく知らない様子。かといって無理やり抱くと精神的外傷を与えかねません。では……」
ギメチカが両手で人差し指を立てる。すると棒立ちになったベータスに対して指を突き立てた。
ベータスのうっすらと浮かんでいる乳首に触れたのだ。いや、触れたかどうかぎりぎりの位置だった。
それをギメチカが槍のように突く。ベータスの乳首が熱くなり、身体に電流が走った。
ベータスは裸の姿を覗かれたように顔が火照る。だが快楽のために身体は動かない。ギメチカの指の技がさく裂する。
「悔しい!! でも感じちゃう!!」
ベータスは身体をビクンビクンとさせると、絶頂を迎えた。股間に熱い物があふれ出る。彼は精通を迎えたのだ。そしてばったりと倒れてしまう。まるで天国に上がったみたいな表情になった。
「ガムチチ様、ベータス様の身体を洗ってきてください。そのままで食事をするのはいささか不潔ですから」
本人は汗一つかかず、平然としている。まるで蚊が止まったほどにも気にしないのだ。そして新しい衣装だと言って、麻袋を差し出した。
それを見てガムチチはギメチカに対して、焔のように警戒心を消さないことを決意した。
ベータスはぐったりとしていた。魔法の大砲を撃ち尽くしたようにふにゃりとしている。
ガムチチは近くの川へ連れて行くと、ベータスのスクミズを脱がし、彼の体を布巾で洗った。
体を洗っているうちにガムチチはあることに気づく。体つきはゲディスとは別物だと思った。
「うぅ、なんか気持ちいい……」
ベータスが喘ぐ。その声はガムチチの耳をとろけさせる甘い毒に思えた。ガムチチはぼけっとなるが、すぐに首を横に振る。こいつはゲディスじゃないんだ、ゲディスの双子の弟なんだと言い聞かせた。
だが知らないうちにガムチチはベータスの股間を、布巾で力強くこすっていることに気づくと、赤面して離れてしまう。
「なにをやっているんだ、俺は……」
ガムチチは激しい自己嫌悪に陥った。ベータスは徐々に落ち着いてきたようだ。ガムチチから離れ、川の中に入り、水浴びを始める。その後姿を見て、やっぱりゲディスに似ているなと思った。
「おい、あんた。人のケツをじろじろ見て何が楽しいんだよ」
ベータスに注意されて、ガムチチは慌てて謝罪する。昨日はギメチカの柔らかな女体を味合わなかったので、欲求不満になりかけていた。
「そうだ、ギメチカから預かった衣装だよ。さっさと着替えな」
そう言ってガムチチはベータスに麻袋を差し出す。ベータスは中身を取り出して着替えた。
「なっ、なんじゃこりゃああああああああああ!!」
ベータスの絶叫が響き渡る。
それは黒いうさ耳の飾りに、黒い蝶ネクタイ付きのタイとカフス。黒いレオタードに網タイツ。靴は網靴だ。
これはバニーボーイと呼ばれる衣装であった。
世の中にはバニーガール以外に、バニーボーイというものがあるのです。
ベータスは色々なエロ衣装を着せるのが面白いと思いました。




