第82話 ギメチカの正体
ガムチチの心は揺れていた。ギメチカの言葉が頭の中で鳴り響いているのだ。
自分はゲディスの初めての相手だと。
以前、ゲディスは語っていた。自分は男同士で抱いたことがあると。それも使用人だと答えていた。
自分も騎士の称号を得て、使用人を雇うようになった。もっとも執事からは平民を相手にしても側室にしないよう言われている。貴族が平民を抱くのは便所に行くようなものだと。
ゲディスも同じ気持ちだろうか。彼は気弱な性格ではあるが、貴族としてははっきりとしている。冒険者時代は貴族と平民を関係なく接していたが、今は違う。使用人を顎で使い、平民と線を引いていた。
それでもゲディスは平民に寄り添っていると評価が高い。
「どんなことをしたか、知りたいですか? 今夜、私が教えて差し上げますよ」
ギメチカがささやいた。まるで悪魔と契約をしたみたいな気まずさと、甘くとろけるような声色に惑わされかけた。
「おーい、木の実を取ってきたぞー!!」
その時、ベータスの声が聴こえた。彼は森の中で木の実を集めてきたようだ。他にもキノコの類もたんまり持ってきている。背後には別の冒険者がおり、彼等と協力したのだろう。
「ほう、すべて食べられるキノコですね。他の冒険者の方々と協力したのですね」
「ああ、そうだよ。意外だな、俺が住んでいたガモチホの森では他の部族に横取りされないように、一人でやるもんだけどな」
「百年前はどこの国でもそうでしたよ。冒険者は小銭のために恐喝や騙りは日常茶飯事で、仲間を殺して装備品を剥ぐのは珍しくなかったそうです。賢者の水晶のおかげで仲間同士の殺人はすぐに判明するので、殺し合いはできなくなったそうですよ」
もっとも殺しが好きな人間は冒険者ギルドに加盟しない。賢者の水晶は足かせであり、非合法な仕事ができなくなると、冒険者志願者たちに吹聴して回っているそうだ。
小銭を持つ新入りを殺しては金と装備品をはぎ取り、女がいれば散々楽しんだ後、奴隷にして売り飛ばす。
百年前まではそれが一般的だったという。それを二百年前のスキスノ聖国の法皇が、冒険者ギルドに介入し、賢者の水晶を導入して現在の規則へ繋がったそうだ。
「アマゾオでも似たようなものだ。もっとも同じ村同士では禁止にされていたがね。それとスキスノの教会もあって、殺し合いは神経が疲れるから、ある程度妥協して許しあおうと決められたそうだ。実際に自分の命が狙われると、余計神経が磨り減るので助かるがね」
ガムチチが答えた。アマゾオはろくな文化はないが、ある程度の規則はある。それはかつて栄耀栄華を誇ったアマゾオ王国が、惨めで哀れな最期を遂げたため、文明を否定するという風潮が生まれたという。
かといって先人の知恵を蔑ろにはしていない。薬品関係はもちろんのこと、人は死んだら解剖され、その内臓の記録を紙に記されていた。
あらゆる虫の生態を調べており、どの植物が虫を嫌うかも熟知している。
「まあ、俺はもちろんだけど、師匠も強いからね。一度別の集落が師匠を狙ったけど、殺さずに十人の屈強な男たちを無力化させたから、誰も師匠に手を出さなくなったよ。やっぱり圧倒的な力は、すごいよな!!」
ベータスが無邪気に笑っていた。アマゾオの男たちは大なり小なり屈強だ。そうでないと森の魔獣に勝てない。それを十人まとめて無力化させるのは、かなりの腕前である。ベータスの師匠がどんなものなのか、ガムチチは気になった。
「さてお話はこれまでにしましょう。ベータス様の採ってきてくださった木の実やキノコで、素敵な料理を作りましょう。もちろん他の皆様にもおすそ分けします」
ギメチカは手を休ませず、調理を続けていた。近くでキャンプをしていた他の冒険者たちも喜んでいる。彼等はギルドの規則に従う模範的な冒険者だ。山賊紛いとは別である。
☆
真っ暗な深夜で、焚火だけが照らされていた。ベータスを含めた冒険者たちが交代で見張りをしているのである。共同キャンプでは互いに協力し合うのが冒険者たちの暗黙の規則だ。こうしておけば自分が困ったときに助けてもらえるからである。
逆に助けず、足蹴にするような者もいるが、そういう人間はすぐに冒険者ギルドで報告される。信頼を失えば誰も相手にしなくなるからだ。強さだけでなく協調性も重要視しているのが、今のギルドである。
さてガムチチはテントの中で横になっていた。あまり眠れていない。普段なら寝ているはずだが、今回は眠れない。
ギメチカの言葉が反芻しているからだ。
ゲディスの初めての男。ゲディスに男同士の愛し方を教えた男。
ガムチチの心の中に嫉妬の感情が生まれていた。まるで溶岩のようにトロトロで熱く、下手すれば周りも焼き焦がしてしまいそうな感覚になる。
ギメチカは男爵家の執事を務めたという。爵位持ちの貴族としては最下位だが、貴族は貴族だ。平民とは別の感覚を持つだろう。
いったいゲディスはどんな技術をギメチカに伝授されたのだろうか。そして二人は貴族と使用人としての関係で終わったのか。
執事の話では領主と従者が衆道の契りを交わすのは珍しくないという。小うるさい女より、孕む心配のない美少年と楽しむ人間もいるそうだ。正妻や側室はあくまで後継ぎを産むだけが仕事であり、愛し合うことはまれだという。
もちろん本人の努力次第では、愛情が育まれることもあるので、一概には言えないが。
がさりと音がした。恐らくギメチカであろう。彼は水浴びをしてくると言って一度出ていったのだ。
真夜中に水浴びは危険すぎるが、平気だと言った。なんとなくだがギメチカは裸でも魔獣に後れを取らないと思った。
ガムチチは背を向けた。ギメチカに顔を向けないようにする。
すると毛布の中に入ってきた。あまりにも大胆である。
そしてガムチチの背中にぴったりとくっついてきた。背中には二つの柔らかいものが当たっていた。
……背中に柔らかい物? 尻じゃなくて?
それに漂う匂いは果実のように甘かった。さらに手はガムチチの左胸を撫でる。細い指でとても柔らかい。これはギメチカではないと、ガムチチはギメチカの方に振り向いた。
そこには髪の毛を降ろした女性が寝ていた。顔つきはギメチカではあるが、女性特有の丸みのある顔であった。身に着けているのは黒い下着で、細工が凝っている。
化粧をしており、ギメチカが女装したのかと疑うくらいだ。しかし、胸にはしっかりとしたふくらみがあった。
「ギメチカ……、なのか?」
「はい、そうです」
「お前は、女、なのか?」
「その通りです。元々私はハァクイ様のおつきの侍女でした。ゲディス様がカホンワ家の養子になる際に、ハァクイ様から性転換魔法を教えてもらい、男となったのです」
衝撃の告白であった。まさかギメチカが元は女性だったとは。
実は賢者の水晶はギメチカを正確に女性と判別していた。オコボが驚いたのはそのためである。
「ちなみにゲディス様の性教育は私の担当です。最初は女性で、次は男性のやり方を教えました。ガムチチ様はまさか最初から男色を教えたと思っていたのですか?」
コクコクと肯いた。そもそもギメチカの正体を知らなかったのだ。ゲディスに男の味を覚えさせて、女性に興味をなくした張本人だと思っていたのだ。
実際はきちんと男女の交わりも教えていたようで安心した。
ギメチカは起き上がる。女性の身体だが、腹筋は割れていた。腕も太いし、太ももは黒いストッキングに包まれており、丸太のように太かった。
眼鏡をはずし、髪を降ろしただけでこうも印象が違うのかと、ガムチチは驚愕していた。
「というか、性転換魔法ってなんだよ?」
「魔女が生み出した魔法ですよ。男になれば魔女ではなくなりますからね。魔女狩りから逃れるために必要だったのです。ただし定期的に戻っておかないと、性別があやふやになってしまうのですよ。なのでしばらくは女性に戻りますね」
ギメチカが説明すると、ガムチチに覆いかぶさった。女性だが力は強い。ガムチチは払いのけることができなかった。
「おっ、おい!! 何をするつもりだ!!」
「ガムチチ様に私の味を教えるためですよ。あなたはゲディス様の大切な人、私はゲディス様のしもべ。なら私はあなたの所有物でもあるのですよ」
滅茶苦茶な理屈であった。
「味見をしても大丈夫です。ゲディス様なら許してくれますよ。もちろん男になった私もお相手いたします。男女どちらも楽しめるのが私の売りなのですよ」
ギメチカは蠱惑的に笑う。女性になっても猛禽類のような目つきは変わらない。むしろ女に戻ったことで彼女はより貪欲になっていた。
「ならベータスはどうする? あいつはゲディスの双子の弟だぞ」
「確かに似てますが別人ですよ。例えベータス様とゲディス様が並べられても私はすぐに見分けがつきます。今はあなたと結ばれたいのです。同じあるじと交われる喜びに浸りたいのですよ」
ぺろりと唇を舐めた。まるで肉食獣のようである。
「ああ、こう見えても私は隋婚者です。夫は騎士で子供もいる身ですが、気になさらないよう。仕事と家庭は区別しておりますので」
何が大丈夫なのかわからない。だがここで流されるわけにはいかないのだ。
ガムチチは全力でギメチカを払いのけた。そして森の中へ逃げる。
ベータスはそれを見て、ガムチチを追いかけるのであった。
「やれやれ、まだまだ純情ですね。そこがまたかわいらしくて素敵です」
ギメチカはガムチチたちの後ろを見てつぶやいた。
ギメチカの正体はわかりやすかったと思います。
さすがに女性が一人もいないのは問題だからです。
とはいえギメチカは定期的に男性になりますので、BL好きの人はご安心ください。




