第81話 七色犬
「今の私たちにできることはありませんね」
ギメチカが言った。現在冒険者ギルドで魔物になったゲディスが賞金首にされている。生死問わずなので死体でもお金がもらえるのだ。
男だが恋人のガムチチはやきもきしている。愛する人が命を狙われているのだ。それも自分の娘たちもどうなるかわからない。心の中は不安しか残らなかった。
「私たちが叫んでも意味はありません。できることはベータスさんの師匠と出会い、打開策を練ることです。焦っても仕方がありませんよ」
ギメチカは冷静だ。あまりにも他人事のように思える。執事の鑑ではあるが、ガムチチはどこかいら立ちを感じた。
「ガムチチ様が苛立つのも理解できます。ですが感情剥き出しになっても事態はどうにもなりません。冷静に対応するのが大事なのですよ」
この男は自分の主が魔物に変えられ、スキスノ聖国から賞金首として扱われることに対して、どんな気持ちだろうか。
「怒っていますよ。これは法皇猊下のミスではありません、おそらくアジャック枢機卿の仕業でしょう。あの人はゲディス様を憎んでおりますからね」
アジャック枢機卿。ゲディスの伯父に当たる男だ。若い頃にスキスノ聖国に行って出家したという。もっとも宗教は清く貧しく暮らしているわけではない。スキスノ聖国は世界各国に教会を置いてある。それ故にスキスノは世界に影響を持っているのだ。
アジャック卿に対してはいいうわさは聞かない。故ラボンク皇帝を溺愛していたという。同じ母親から生まれたバガニルとゲディスは嫌っているらしいが、なぜだろうか。
「アジャック卿はラボンク陛下を利用して自分の地位を上げていたのですよ。ろくに勉強もしてないのに枢機卿に出世したのは甥のおかげなのです。できれば法皇になりたいと思っていたようですね。そうなれば世界を支配できると思い込んでいるのでしょう。ところがラボンク陛下はラバアとなった。おかげで後ろ盾を失ったのです。その原因をゲディス様に擦り付け、恨みを抱いているのですよ」
ギメチカは呆れているが、ガムチチも同じである。ベータスはあまり理解していないようだ。
「とりあえずトナコツ王国の南部になる王都ナサガキに参りましょう。あそこは大きな港町があり、リゾート地でもあります。そこで装備を整え、そこから西部にあるアマゾオへ向かいましょう」
ギメチカが指示した。ガムチチにとってアマゾオは自分の故郷だが、あまりいい思い出はない。母親や弟たちはいるが、会いたいとは思っていなかった。家族の愛情が薄れたというより、もう他人だと思っているからだ。
それはアマゾオ特有の思考回路だ。他国では家族の愛情が薄いと非難されるが、余計なお世話だと叫ぶと、情がないと怒鳴られた。
ガムチチたちはオサジン王国を出た。トナコツ王国は気温が高い。南国の植物が並び、様々な色の花や動物が住んでいる。
その一方でモンスター娘も他国とは一味違っていた。
「ぐるるるる……」
道中、犬の魔獣が現れた。大型犬で毛は七色であった。南国故に動物の色は目立つのだ。
もっとも七色の犬はいない。魔獣になって初めてカラフルになったのである。
それが五匹も群れを成している。どいつもこいつも涎をだらだら流し、牙を剥き出しにしていた。
「七色犬だな。よく人間の女を襲っては交尾をする悪質な奴だ」
「俺も知っているよ。交尾された女はモンスター娘に変えられちまうんだ。さっさと倒さないと被害が増えるぜ」
ガムチチのひとりごとに、ベータスが答えた。モンスター娘は殺さないが、魔獣は殺す気満々である。
「お前はモンスター娘を殺さないんじゃないのか?」
「モンスター娘はな。魔獣は殺すよ。こいつらは女を孕ませることしか考えてないんだ。魔獣に襲われた女は最初から知恵を持つモンスター娘になる。大抵は異形に変化した自分を恥じて秘境へ逃げ込むんだよ。そうなると男を相手にしないから、すぐ大魔獣になってしまうんだ」
ベータスが説明してくれた。ガムチチにとって初めて聴く話だ。なぜ教えてくれなかったのか。
「聞かれなかったからな」
ベータスの問いにガムチチは頭を押さえる。この手の人間は自分から説明するのを嫌っている。厄介であった。
七色犬はガムチチたちに噛みついた。だが簡単には噛ませない。ガムチチは黒くて太い棍棒で七色犬の頭を叩く。
バカっと頭が割れて、目や口から血が流れた。
ベータスは手から槍を取り出した。恐らくアイテムボックス内に仕舞っていたのだろう。
マクリという名だ。ベータスは七色犬の口から槍を突き刺し、肛門まで貫いた。げぇっと吐き出すと、絶命する、
その内の一匹がギメチカに駆け寄った。そして腰をかくかくと振ってくる。
しかしギメチカは冷静だ。いつの間にか手にしている鞭を振るうと、七色犬は輪切りになった。
べちゃべちゃと輪切りにされた七色犬が血をまき散らして、落ちていった。
「大丈夫かギメチカ」
「ええ、平気です。問題ありません」
「だがあの犬、あんたに対して腰をかくかく振ろうとしていたな。なんでだ?」
「魔獣ですから、なんでも構わないのでしょう」
ギメチカはさらっと流した。だがベータスは疑問を口にする。
「おかしいな。魔獣は明確に男女を区別するぞ。間違えるなんてありえないけどな」
だがギメチカは答えない。ベータスとガムチチは七色犬の毛皮と骨、肉を取り分けた。肉は臭みがあるので食べられない。代わりに魔獣の餌になるので取っておく。ギメチカが殺した七色犬はバラバラなので素材は肉だけだ。町の冒険者ギルドに持っていけばそれなりの値打ちになる。
歩いていると日が暮れた。今日はキャンプを張って野宿だ。川の近くにある開けた場所を見つける。他にも冒険者たちが集まっており、情報交換などをしていた。
中には魔物になったゲディスの話をしている。何も知らない人間は一攫千金の機会だと息巻いていた。
他にも商人たちもおり、食材を高い値段で売っていた。冒険者も保存食だけより、新鮮な野菜が欲しいので、値が張っても購入していた。
テントを張るとベータスは木の実を探しに行く。残るのはギメチカとガムチチだけだ。ギメチカは流し台を取り出し、料理を始めた。鍋には様々な野菜を煮込んでいる。ガムチチは椅子に座りながらカップでお茶を飲んでいた。
「あんたはゲディスと付き合いが長いのか?」
「はい。ハァクイ様に命じられて、十二年はカホンワ家に仕えておりました。ゲディス様も同じくお世話してましたよ」
というか貴族や王族は子育ては大抵乳母か執事に任せる。ガムチチは最近知ったが、あまりなじみがない。
ギメチカは白いスクミズの上にエプロンを身に着けていた。振り向きもせず包丁で野菜を刻んでいる。
「私はゲディス様と深い仲なのですよ。なぜならゲディス様の初めての相手は私なのですからね」
ギメチカが嗤った。まるで初恋の相手は自分だと言ってるようだ。
その言葉を聞いてガムチチは目を見開くのであった。
 




