第79話 レッドモヒカン
「ここがオサジン王国か」
ガムチチがつぶやいた。オサジン領は山と緑に囲まれた国だ。カホンワ王国からトナコツ王国に行くには、必ずオサジン王国を通らねばならない。国境を無断で超えるには険しい山が壁のように広がっているのだ。
ゴマウン帝国時代は兵士の数が多く、他国から危険なものを持ち込まないように検問していた。ラボンク皇帝の時代ではさらに厳しくなり、外国人もできるだけ入れるなと命令されていたという。もちろん先代のダシマエ・オサジン元執政官は無視していたが。
今はダシマエ卿の息子が跡を継いでいる。検問も以前よりは緩くなったが、冒険者ギルドに所属していない人間には厳しかった。
「なんで冒険者ギルドに所属していないと厳しいんだ?」
「簡単ですよ。ギルドの賢者の水晶はその人の犯罪歴がわかるのです。犯罪を起こしていたら資格ははく奪されるので偽証も不可能ですね。関所にある判定用の水晶にかざせば、ギルド所属かすぐにわかります。国としては冒険者ギルドの人は信用できるのですよ、もちろん何百年の長い実績と貢献の賜物ですが」
ベータスの疑問に、ギメチカが答えた。ベータスの衣装は猫耳スクミズだ。周りの人がじろじろと彼を見ている。
「くそぅ、なんで俺がこんな格好をしなければならないんだ……」
「なんだ、恥ずかしいのか? よし、マントを貸してやろう」
ガムチチが自分のマントを貸そうとしたがベータスは遠慮した。ガムチチ自身パンツ一丁なのだ。彼は騎士としての訓練と教養を受けたが、まだまだパンツ一枚が落ち着くらしい。
「ほう、それは失礼いたしました。では私も……」
ギメチカは眼鏡をくいっと上げると、身体を高速回転させた。まるで独楽だ。
回転が収まるとギメチカの衣装は変わっていた。白いスクミズを着ていたのだ。ただし首元には襟付きの黒い蝶ネクタイが飾られてある。両手首も白いカフスが巻いてあった。
彼の着ていた執事服はどこへ消えたのであろうか。
「これは着替え魔法です。あらかじめ着ていた衣装を覚えさせて、次に着替えるときに使うのです。ハァクイさまに教えていただきました」
ギメチカは頭を下げた。
「いや、俺の着替えを返せよ! あんたがそんなの着ても意味がないだろうが!!」
「いいえ、あります。あなたばかりに恥をかかせるわけにはいきません。私も男なのにスクミズを着て、ベータスさまと同じ気持を味わいます」
ベータスが反論しても、ギメチカはさらりと流す。彼の場合鍛えた体の上に、白いスクミズが張り付いていた。白い生地なのに股間の毛が全く見えない。それに堂々とした雰囲気のおかげで、周囲の人間もギメチカに対して畏怖の表情を浮かべていた。
「うむ、バガニル殿下に似ているな。あの方もバニースーツを普段着のように着ていたからな」
「バガニルさまと比べるなど恐悦至極でございます」
ガムチチの言葉に、ギメチカはにっこりとほほ笑んだ。嫌味のないさわやかな笑みだ。
「というかこんな変態みたいな恰好をしたら、通報されるんじゃ……」
ベータスがきょろきょろと辺りを見回すと、異質な一団がやってきた。特に先頭の男は異質である。
それは赤銅色の肌を持ち、岩を削り取ったような筋肉、真っ赤な鶏の様なとさかの様な髪型。
さらに身に着けているのは股間を包む、角の様な装飾品のみだ。いやサンダルは履いているが、それでも全裸に近い。
それによく見れば体中に刺青が施してあった。両肩や胸、腹部に黒い太陽のような模様が彫ってあるのだ。
その男の後ろには同じような格好の人間が歩いていた。女性の場合は、まるで岩が歩き出したような肉体の持ち主で、乳首と股間だけを隠している。どれも威風堂々たる風格であった。ベータスも気おくれして、後ろに下がる。
その一行はカホンワ王国へ向かっていた。
「あれはレッドモヒカンのチームですね。先頭の方はチームリーダーのフチルンさまです。ここより海を越えた遥か西方にあるカハワギ王国から来られたのですよ」
ギメチカが説明した。レッドモヒカンは素手での冒険がメインだが、連戦連勝だという。体中に施してある刺青は魔力を纏わせる術式が施されているそうだ。寒さや暑さにも耐えられるし、頭に矢が刺さっても弾き返す威力がある。
元々カハワギ王国は四百年前に生まれた国だ。フチルンの部族はそれ以前に住んでいた原住民だが、他国の軍隊が占領し、フチルンの先祖を奴隷にしていたという。そこから多くの血が流れ、スキスノ聖国が仲裁するまで、血生臭い紛争が絶えなかったそうだ。
現在も人種差別は絶えないが、レッドモヒカンのように自分たちの力を見せつけることで、自分たちの部族の地位を向上させているという。冒険者ギルドでは花びら級であり、その強さは世界に名を轟かせているそうだ。
ベータスは全く知らず、ガムチチは名前だけは聞いたことがある程度だった。しかし彼らの纏う覇気は感じ取れる。まるでハリネズミのようで下手に近づけば刺さって大けがをしてしまいそうだ。
なぜギメチカは詳しいのかというと、彼はある程度冒険者の姿見を集めており、彼等の動向を把握しているという。
「王族にしろ貴族にしろ、正規軍には頼れない部分があります。そんな時は冒険者の方々に依頼するのですよ。軍を動かすにも面倒な手続きがある。冒険者たちなら金で動くし、死んでもこちらは痛くありませんからね」
何気にひどいことを言っているが、貴族としては大事なことだ。人一人の人生より表面上の数字で判断することが重要な場合もある。ガムチチも当初数字が苦手であったが、なんとか克服できたのだ。
がんじがらめになった毛糸の糸をほどくような爽快感があった。コツを掴んだおかげで前ほど苦労しなくなる感動はなかなか忘れられないものだ。
「なんだとてめぇ!! 人の命を何だと思っているんだ!! これだから貴族は傲慢すぎて嫌になるんだ!!」
「おや、あなたは貴族に嫌な思い出があるのですか?」
「いいや、集落で見た紙芝居では大抵そうだったぞ。嫌味で意地悪な貴族が悪さして、正義の味方に殴られる話がほとんどだった」
ベータスの言葉を聞いて、ギメチカはため息をつく。彼は実際の貴族を見たことがないようだ。いや、ガムチチも貴族だが、まだまだ初心者だ。彼は貴族として扱われていないようである。
彼らはオサジン王国の冒険者ギルドへ向かう。レッドモヒカンは珍しいが、自分たちには関係のないものだ。そうガムチチたちは思い込んでいた。
☆
冒険者ギルドは石造りの建物であった。それなりに人が多く、賑わっていた。
ギメチカたちは受付嬢に話しかける。冒険者は新しい街に来たら、報告する義務があるのだ。
受付嬢は二十代前半で青い髪を一本のおさげにしていた。人当たりのよさそうな笑みを浮かべている。
「いらっしゃいませ! オサジン王国支店へようこそ!! 本日はどのような御用でしょうか!!」
「今回は報告だけです。初めての町なので」
ギメチカが言うと、受付嬢はすぐに薄緑の水晶版を差し出した。
「これに右手をつけてください。それで報告は終了です」
こんなあっさりと終わるのかとベータスは感心した。三人はすぐに報告を終える。
「さて私たちはこれからトナコツ王国へ向かいます。なので何か情報はありますか?」
ギメチカが尋ねると受付嬢の表情が暗くなる。
「そうですね。実は先ほどレッドモヒカンの方々が来ましたが、トナコツ王国で何か不快なことがあったそうですよ。それが何かはわかりませんが、多額の依頼料をもらったのは間違いありません」
受付嬢が答えた。レッドモヒカンは花びら級の冒険者だ。その彼らが不快感を示すということはかなり深刻な状況である。もちろん個人情報を暴露することは許されないが、この程度なら問題はない。
「それとスキスノ聖国から奇妙なお触れが出ました。これでございます」
受付嬢は恐る恐る紙を差し出した。まるで死刑執行の文書を差し出すような感じだ。それにはこう書かれてあった。
まず紙には角の生えた豚の姿絵が描かれてある。さらにその下にはこんな文章が記されていた。
『生死を問わずこの物をスキスノ聖国の教会に差し出せば、金貨1千枚を進呈します。名前はゲディスといい、双子のウッドエルフを連れています。年齢は四歳から八歳までです。こちらは必要ないので奴隷にしても構いません。
スキスノ聖国教会に情報を提供すれば、金貨一枚差し上げます。どんな些細な情報でも構いません。直接教会に行けば贈呈いたします』
「なっ、なんじゃこりゃああああああああああ!!」
ガムチチが吠えた。目は血走り、怒りに震えていた。
ギメチカも紙を取ると、その文章を読んだ。ベータスも怒りに震えている。
「なんだよこれ!! なんでゲディスが賞金首みたいになっているんだ!!」
「確かに。しかもこれはスキスノ聖国の法皇猊下が認めた印もあります。これは法皇自らが命じたことでしょうね」
ギメチカは冷静を装っているが、こめかみが震えている。彼も怒りの衝動を抑えているようだ。
今、人をにらめばその視線でそいつの心臓を一突きしてもおかしくない。
「わっ、私にもわかりません!! ですがこれは世界各国の冒険者ギルドに出回っています!!」
受付嬢は怯えている。ガムチチたちの雰囲気に押されているのだ。津波や雪崩が迫っているのに、恐怖で足がすくんでいる感覚であった。
「イターリは何をやっているんだ……? あいつは次期法皇候補じゃないのかよ……」
ガムチチは紙を握りつぶすと、苦々しくつぶやいた。
いわゆる股間の装飾品はペニスケースです。
コテカと呼びますが、あくまで呼び名の一つで、部族によっては違うそうです。




