第78話 正しい魔法の姿勢
「ベータスさま、よろしいでしょうか?」
今は郊外の夜で、ベータスたちは野営をしていた。周りは真っ暗で、焚火の明かりしか見えない。
ベータスとガムチチは焚火を囲んでおり、ギメチカが一人黙々と食事の準備をしていた。なぜか裸エプロンで。
ポケットからキッチンを取り出し、陶器の箱から食材を出していた。なんでも冷蔵庫といい、冷気の魔法がかけられているという。魔石がなければ長続きしない代物だが、野菜や肉など長期保存に長けているという。
さらに円盤の様な鉄板の上で鍋を置いている。こちらは火を使わずに調理できるというものらしい。
魔石を利用しているので、貴族しか買えないそうだ。カホンワ男爵時代から使っているので、男爵でも買える値段だという。一般市民は商人以外は無理だと言われている。
ギメチカはしゃぶしゃぶという鍋料理を作っていた。薄く切った牛肉に白菜やもやし、キノコ類を入れたものだ。野菜は最初たっぷり入れて、後から牛肉を軽くくぐらせて食べるらしい。
遥か東にあるモコロシ王国の料理だそうだ。ベータスとガムチチは珍しそうに見ている。
「なんだよ、改まって」
ベータスは渡されたお椀にポン酢を入れ、肉をくぐらせて食べた。うまいうまいと連呼している。
ガムチチも最初は躊躇していたが、ベータスが美味しそうに食べるので、自分も食べた。確かに野菜だけのスープとは違う味わいである。
「昼間に見た悪臭魔法ですよ。私は初めて見ましたが、あれはまだまだ改良の余地があると思いますね」
「はあ? なんでお前にそんなことがわかるんだよ」
「私は魔女であるハァクイさまとバガニルさまを知っております。あの二人も魔法を使うときは格好や仕草を気にかけておりました。魔法はそれを使うのにふさわしい形があります。私のアイテムボックスも貴族の執事ならなんでも即座に用意できるという意味で習得できたのです。冒険者が学ぶには厳しい魔法ですね。精々サポーターなら習得できるかもしれません」
ギメチカが説明してくれた。バニースーツを着たバガニルも羞恥心を利用して魔力を底上げしていたそうだ。平気な顔で着ていたから痴女だと思っていた。
「うーん、確かに師匠も同じことを言っていたな。で、俺は何をすればいいんだ?」
「はい、私が用意した衣服を着ていただければと……」
ギメチカがにやりと嗤った。
☆
翌朝、晴れ渡る空の下を馬車が走っていた。時折旅人が通り過ぎるが、じろじろと見てくる。
それには理由があった。なぜならベータスはトナコツ王国の民族衣装スクミズを着ていたからだ。紺色の水着はぱつぱつであり、胸は圧迫し股間や尻もきつい。
何より脚には白い二―ソックスを履いていた。頭には黒い猫耳をつけており、尻には白と黒の縞々のしっぽが生えている。
「なっ、なんだよこれ! こんな恥ずかしい格好をして言うのかよ!!」
「はい。普通の男性ならありえない格好です。ですがそれでいいのですよ。今のあなたは魔力があふれています」
ベータスは赤面しており、胸と股間を隠している。ギメチカは彼の全身を舐めまわすように見ていた。
そしてベータスの尻を撫でる。小振りで小鹿のように引き締まっていた。
ベータスはいきなり尻を撫でられて驚く。
「ひゃあ!! なんで人の尻を撫でるんだよ!!」
「いえいえ、あまりの見事なお尻なのでつい撫でたくなったのですよ。ガムチチさまもいかがですか?」
「いや、俺は触りたくないよ」
ガムチチが断ると、ギメチカは無理やりガムチチの太い手を引っ張った。見た目と違って腕力が強い。
ガムチチの手を無理やり、ベータスの股間にあてがった。そしてガムチチの手にベータスの宝刀のぬくもりが伝わる。
「おい! 何をやらせるんだ!!」
「おやおや、ベータスさまはゲディスさまと生き写しなのですよ? そんな彼の股間を撫でたくなるのは人情ではありませんか?」
「そんなわけないだろう!! こいつはゲディスに似ているが、別人だ!! 俺は男が好きなんじゃない、ゲディスが好きなんだよ!!」
ガムチチが感情をむき出しにして叫んだ。するとギメチカは頭を深く下げる。
「申し訳ありませんでした。ガムチチさまの気持ちを知らずに勝手なふるまい。お許しください」
「そうだな。あんたがゲディスの執事だったから熱意は感じる。だが暴走はしないでくれよ」
ガムチチが窘めた。だがベータスに対する謝罪はない。
「おい、俺にも謝れ―――」
ベータスは最後まで言えなかった。モンスター娘が現れたのだ。相手はラミアだ。マムシ型でシャーシャー言っている。まるで酔っぱらいのように髪の毛が乱れており、動きもふらふらしていた。
この手のラミアは毒を持っている。さらに金に汚く旅人の金銭を狙うのだ。特にラミアの中でも嫌われ恐れられている。
「ほう、うまい具合にモンスター娘が現れましたね。ベータスさま一丁やってください!」
ギメチカに言われて、ベータスはもじもじしながらラミアたちに尻を向ける。
そしてぼふんと尻から魔法が発動した。ラミアたちはあまりの悪臭に吐き出した後、逃げ出した。
「やはり、おならを出す形にすれば威力も増しますね。昨日のよりさらにすごくなりましたよ」
ギメチカはぱちぱちと拍手した。ベータスは恥ずかしくて死にそうになる。
「ところでこの衣装に何か意味があるのかよ?」
ガムチチが尋ねるとギメチカはあっさりと答えた。
「意味などありませんよ。私の趣味です。ゲディスさまそっくりなベータスさまなら似合うと思ったのですよ。カホンワ男爵家の時はゲディスさまに着せようとしましたが、頑として受け入れてくださいませんでした。まさかベータスさまがあっさり着てくれるとは夢にも思いませんでしたね」
「なっ! じゃあ俺が恥ずかしいだけじゃないか!! こんなもの脱いでや……、脱げない!?」
ベータスはスクミズを脱ごうとしたが、全く脱げない。
「ああ、敵の攻撃を受けても大丈夫なように、防御魔法をかけておきました。何があっても破けませんし、脱ぐこともできません。おっと、大の時は安心してください。股間をずらせばできますので」
ギメチカはにやにや笑っていた。
「何あれ、豪快なおならをしていたよね、あの人」
背後から声がした。見ると女性冒険者の一行の様だ。鎧を着た女戦士に、法衣を身にまとった僧侶、とんがり帽子を被った魔法使いがベータスを見ていた。
「可愛い顔してスクミズを着ているよ。しかも股間が膨らんでいる。見られて興奮してるんじゃないかな」
「しかも猫耳にしっぽ付きだよ。絶対しっぽは男の穴に嵌めるタイプだね」
「同行しているのはムキムキマッチョにインテリ執事。すごい組み合わせだわ。逆に想像がはかどるわ」
女性冒険者たちはひそひそ声でベータスを見ながら、カホンワ王国へ向かっていった。
ベータスはぷるぷると震えている。彼にも人一倍の羞恥心はあったようだ。
「まあ、実際は意味がありますけどね。羞恥心のおかげで昨日と違って威力が上がっていました。基礎ができている証拠ですよ」
「だがあんな格好をさせる意味があったのか?」
「はい。あの方はゲディスさまだけでなく、ブッラさまクーパルさまを転移させています。知らなかったとはいえ少しは反省してもらいたいですね」
どうやらベータスに対する意趣返しのようだ。
後日、カホンワ王国では猫耳スクミズのベータスの姿絵が、女性冒険者の間で流行ったという。
ベータスそっくりの人形を作って、ゴブリンやオークの囮に使う戦法が使われた。
女性たちはボロボロになるベータス人形を見て興奮していたそうだ。
 




