第77話 モンスター娘の価値観
「さあ、まずはオサジン王国へ向かいましょう」
ギメチカが慇懃無礼な態度で頭を下げた。彼は執事服を着たままだ。これから旅に出るのに軽装すぎはしないか?
ガムチチはブーメランパンツにサンダルを履いている。その上に赤いマントを羽織っていた。
ベータスの場合は、緑色のローブに樫の木の杖を手にしていた。彼は戦士ではなく、魔法使いのようである。双子の兄であるゲディスとは対極であった。
そうガムチチが視線を送ると、ギメチカはほほ笑んだ。
「問題ありませんよガムチチさま。なぜなら私にはこれがありますので」
そう言ってギメチカはポケットに手を入れた。すると中から赤いハンカチが出てきたように見えた。
いやハンカチというにはあまりにも大きすぎる。それはみるみると巨大化していき、最終的には紅いテントが出来上がったのだ。
「こいつは、魔法か?」
「はい、整理魔法、別名アイテムボックスと申します。魔女が編み出した魔法ですよ。これがないといざ魔女狩りに遭ったときに貴重な品物を持って逃げられませんからね」
この世界でも魔法使いはいる。しかし攻撃魔法がほとんどでギメチカのようなアイテムボックスみたいな魔法は皆無だ。
魔女は様々な魔法で人々を救った。しかし感謝されず魔王の手先として石を投げられ、火あぶりにされて殺されたこともあったという。ゴマウン帝国初代皇帝のゴロスリやその玄孫であるバガニルが例外らしい。
「私のポケットには様々な生活用品が収容されております。皆様の快適な旅を補佐するために私は来ているのですよ」
「へぇ、あんたも使えるのか。確かにアイテムボックスは大事だよな。狩った魔獣の遺体を集落までもっていくのに便利だし」
ベータスが感心している様子から、彼もアイテムボックスは使えるようである。
「ちなみにアイテムボックスは今は亡きゲディスさまの母君、ハァクイさまから教わりました。あの方はお優しい方でしたが、自分の家族に手を出す者は容赦ないお方でした。例えばゲディスさまの叔父であるアジャックさまがバガニルさまに罵声を浴びせておりましたね。アジャックさまは脅すような尊大な口調なので嫌われておりました。よくハァクイさまにやりこまれていましたね。おっと、アジャックさまはラボンクさまだけは可愛がっていましたよ。これはゲディス様が生まれる前の話ですが」
ギメチカが説明した。ちなみにアジャックはゲディスが生まれる前に、スキスノ聖国に行って僧籍を得ている。聖国が箔をつけるために王族などを入れるのだ。今は枢機卿になったという。
「なぜ派手好きなだけで、頭が空っぽな俗物が、枢機卿になれたか不思議ですね」
痛烈な批判であった。彼自身アジャックに好意を抱いていない証拠だ。
さてガムチチ、ベータス、ギメチカの三人はオサジン王国へ向かう。ゴマウン帝国崩壊後に、独立して建国したそうだ。元々ゴマウン帝国とは折り合いが悪く、とことん冷遇されていたという。
もうゴマウン帝国に未練はないが、カホンワ王国は別らしい。
オサジン王国はカホンワ王国より少し南方にある。三日も歩けば着くそうだ。これはガムチチも数年前に体験したことだから知っている。
道は草を抜いて砂利を被せた簡易的なものだ。現在は地面を掘り、砂利を入れて石畳にする計画を立ててある。そうなれば馬車は快適に走れるし、物流もよくなるだろう。
今回は馬車に乗ることにした。ギメチカが借りてきたのである。ついでに積み荷も置かれていた。アイテムボックスがあるからいらないと思われたが、これはオサジン王国で売る品物だという。ギメチカは商業ギルドに籍を置いており、商売ができるそうだ。
あとギメチカは馭者もできた。なんでもできる万能執事だ。
「国の情勢を知るには商人が一番です。彼等は儲け話に目がありません。その儲け話からゲディスさまの居場所を探ることも大事なのですよ」
「なるほどな。俺もバガニル殿下に商人たちを紹介されたことがあるよ。だが相手が必ず正直者とは限るまい」
「その通りです。この世は騙し騙される世界。騙される方が悪いのです。かといってあからさまな犯罪行為はやりませんよ、信頼を失いますからね。あくまでぎりぎりに騙すのが重要なのです。相手に敵意を抱かせず、やれやれ仕方ないなと済まされる程度で見極めるのが大事なのですよ」
ギメチカとガムチチの会話に、ベータスはついてこれなかった。彼はあまり難しい話は苦手なようだ。
街道は森に囲まれている。時折魔獣退治に兵士たちが巡回しているが、雲が悪いと魔獣に出くわすことが多い。
ガサリと繁みの方から音がした。それはアラクネであった。人間の上半身に蜘蛛の身体がついたモンスター娘だ。
ガムチチは馬車から降りた。相棒は太くて黒光りしている棍棒だ。長年の相棒である。
相手は三匹、どれも男好きしそうな顔であった。ガムチチの股間を見て、舌なめずりしている。さらにぺちゃぺちゃとベロを動かしていた。
とても気持ちが悪い。さっさと始末しようとガムチチが前に出ると、ベータスがいきなり魔法を撃った。
ばふんと音がした。するとアラクネたちは苦しみだし、森の方へ逃げていく。いったい何をしたのだろうか。
「俺の魔法だ。アラクネが嫌う臭いを出す悪臭魔法だよ」
ベータスが説明する。あくまでアラクネが嫌うだけで、他のモンスター娘には効果がない。しかし一度モンスター娘の唾を舐めればそのモンスター娘が嫌う臭いが作れるそうだ。
「なんで殺さないんだよ。素材が手に入らないだろう?」
ガムチチが文句を言うと、ベータスは反論した。
「何を言っているんだ? モンスター娘と人との出会いを台無しにするつもりかよ?」
ベータス曰く、モンスター娘は人を殺すわけではない。あくまで男を性的に食べたいだけだ。もし自分たちが先ほどのアラクネを狩れば、彼女たちと出会うはずの人間たちが悲しむことになる。自分の前でモンスター娘を狩ることは許さないとのたまった。
「それだとモンスター娘が大魔獣になったらどうするんだ。お前は責任を取れるのか?」
「心配はいらないよ。俺が倒しに行けばいい。簡単じゃないか」
ベータスは胸を張っている。
「大体、モンスター娘がきちんと男を食えるとは思えないが。あいつらが人を襲ったらどうするつもりだよ」
「そのためにさっきの悪臭魔法があるだろうが。あんたは頭が悪いのか?」
ガムチチの問いに、ベータスは面倒くさそうに返した。
「……ゲディスなら必要最低限の犠牲というだろうな。あいつはおとなしいがどこか冷めているんだよな」
ガムチチは思い出す。ゲディスと貴族の勉強をしていたことがあった。彼は民衆が貧困で苦しんでも私財を処分しないと言っていた。
ガムチチはなぜかと尋ねると、ゲディスはこう答えた。
「意味がないからだよ。私財を処分してお金を配るとする。でも手に渡るのはわずかな金だよ。子供の小遣い銭にしかならない。なら貴族のやることは仕事を与える事さ。領地を繁栄させることで領民の生活を豊かにするんだよ。特に徴兵は学のない平民にとって最高の就職先だね。訓練や座学で忙しいけど、雨風を防げる場所で眠れるし、飯は安物だけど腹いっぱい食えるんだ。それに騎士になれる確率が高い。すべての領民を幸福になんかできないよ。それに貴族も領民に反乱されないよう頭を悩ませているんだ。平民は肉体的苦痛に悩まされ、貴族や王族は精神的苦痛に悩まされる。世の中はうまくできているんだよ」
もちろんラボンクは別だけどね、と断った。
「ベータスはどこか感情的になりやすい気がする。いつか感情が爆発して取り返しのつかないことをしでかしそうだ」
ガムチチは不安になる。だがギメチカがぽんと彼の肩を叩いた。
「そんなことはさせませんよ。だからこそ私がここにいるのです」
なぜか自信満々に言うのであった。




