第75話 これからの話し合い
「ちょっと! あんたはいったいなんなのよ!!」
夕方のカホンワ城の一室でウッドエルフのクロケットが、ベータスにつかみかかった。
室内は客人を迎えるためにソファーとテーブルが用意されている。壁紙は白だが、今の室内は重い空気で満たされていた。まるで親の通夜に参加しているような気分だ。
ベータスはきょとんとしている。それがクロケットには気に喰わない。まるで会話はできるが、他国の習慣を理解していない外国人と話しているみたいだ。
「俺はベータスだ。ゲディスの双子の弟だよ」
「それはわかっているわよ! 私が言いたいのはなんでゲディスにブッラ、クーパルをどこへやったのかと聞きたいわけよ!!」
「だから言っているだろ? 俺もあいつらがどこへ飛んじまったかは知らねぇよ。というかちっちゃい子供たちを巻き込むつもりはなかった。これだけは謝罪するぜ」
ベータスはぺこりと頭を下げた。それを見てクロケットは毒気を抜かれる。
クロケットはいら立ちを感じていた。ゲディスはもちろんのことだが、自分が腹を痛めて産んだ娘たちも巻き添えを喰らったのだ。母親の自覚は薄かったが、今は愛しいと思っている。
それが目の前のゲディスそっくりの男のせいで、行方知れずだ。ゲディスなら魔物に変身しても、持ち前の技術で乗り越えられるだろう。だがブッラとクーパルはまだ満一歳だ。ウッドエルフは一年で四歳ほど成長するが、まだ子供である。
二人を抱えたままゲディスがどこまでやれるか不安である。むしろ胸をかきむしりたくなる衝動を覚えた。なぜ自分ではなく、二人が巻き込まれたのか自問自答する始末である。
「クロケット、こいつを当たってもしょうがないぞ。こいつを殺してゲディスたちが戻るなら俺がとっくにやっているさ」
筋肉隆々のガムチチが口を挟む。クロケットを止めはしたが、心の中ではベータスに対して激しい怒りを覚えていた。ひと昔ならこいつをなぶり殺しにしていたかもしれない。だが今は違う。騎士の常識を一年近く叩きこまれたのだ。その上、我慢強くなっている。一年前の自分が見たら驚くであろう変わりぶりだ。
ベータスはそんな重苦しい空気を無視して口を開く。
「なんであんたらはそうピリピリしているんだ?」
「お前のせいでゲディスたちが行方不明になってるんだよ!! お前はゲディスたちがどこに飛ばされたのか知らないだろうが!!」
ガムチチが怒鳴ってもベータスは平然としている。
「なんだそんなことか。心配はいらないぞ。俺は知らないけど師匠なら知ってるはずだからな」
何気ない一言だが、ガムチチとクロケットは首を向けた。
「俺に鏡を渡したのは師匠だ。なら師匠が転移先を知っているのが筋というものだぞ」
「……まあ、確かにそうだろうな」
ゲディスと違い、思慮がなさそうに見えたが、本質をついてきた。知識はないが知恵が回る性質なのかもしれないとガムチチは思った。
ベータスの言っていることは正しい。ゲディスたちがどこに転送されたかはわからない。だがその元凶の鏡はベータスの師匠が作ったものだ。なら作った本人に尋ねれば一発でわかるだろう。
それに気づかなかったのは、ガムチチたちが慌てていた証拠である。ゲディスだけでなくブッラとクーパルもいないのだ、心配でしょうがないのは仕方がない。
そうなると目標は決まった。ガムチチたちがすることはベータスに師匠のところへ案内させることだ。
そしてなぜあんなことをしたのか問い詰める必要がある。今のガムチチは騎士としての役目があった。領地は小さな村ひとつだ。それでも代理が経営している。留守にしても問題はない。
そこにコンコンとノックの音がした。クロケットがどうぞと答えると、扉は開く。
中に入ってきたのはバガニルだ。彼女は白いドレスを身に着けている。普段はバニースーツというウサギを象った扇状的な衣装を日常的に着ていたから、逆に新鮮さを覚えた。
「皆さん、お待たせいたしました。これからカホンワ国王陛下のお言葉をお伝えします」
バガニルは優雅にドレスの裾を上げて、頭を下げる。こうしてみると彼女はやはり皇族の王妃だ。ガムチチは大魔王エロガスキーをしばき倒す姿が印象深いが、高貴な女性であると再認識する。
「王太子ゲディスとその娘ブッラとクーパルの探索はガムチチ様とベータス様にお願いいたします。クロケット様は国に残り、ダコイク陛下の補佐をお願いいたします。わたくしはヤコンマン台下に依頼して世界各国の教会にゲディスの探索をお願いしました」
「むぅ、私が探索に外れるのは納得いきません。でも決まったのなら仕方ないです」
クロケットは渋々承諾した。彼女もここ一年で貴族の教育を受けたため、ある程度妥協することを覚えたのだ。
それに彼女はカホンワ王国王妃、イラバキから魔法を覚えている最中だ。マロンとスクァーレルしか使えない。魔法はいくらでも覚えても邪魔にはならないからだ。イラバキは幼少時に旧ゴマウン帝国の初代皇帝ゴロスリに直で魔法を教えてもらったという。魔女の弟子である彼女は多彩な魔法が使えるが、その中でも罠魔法がピカイチだ。
「バガニル殿下。クロケットを外すのはどうかと思うが。俺とこいつだけで探索に出るのは厳しいかと思います」
ガムチチが異論をはさむ。一年前だと呼び捨てにしていたが、今はバガニルを殿下と呼んでいる。
「心配はいりません。お二人の旅には同行者を一人付けます。おはいりなさい」
そう言ってバガニルは声をかけた。背後に一人の男が現れる。二十代後半で白髪で後ろに纏めていた。四角い眼鏡をかけており、執事服を着ている。しかし肉が詰まっており、執事より戦士と思わせる体格だ。目は猛禽類のように鋭く、獲物を見逃さない抜け目なさを感じた。
「私はギメチカと申します。カホンワ家の執事を務めておりました。ゲディス様の面倒を見ておりました」
慇懃無礼な態度で頭を下げる。どことなくガムチチに対して含むものを感じた。お前よりも私の方がゲディスと長い年月を重ねたんだと、暗に言っているような気がした。とはいえ恨みとか憎しみとかではなく、ガムチチを品定めしているような感覚だ。
ギメチカはベータスの方を向く。ベータスはびくりと身体を震わせた。まるで鷹に狙われたネズミのようである。
「あなたがベータス様ですか。確かにゲディス様そっくりですね、双子の弟と言われても納得できますよ。ですがゲディス様と違って野性味があふれておりますね。よほど腕の良い調教師の下で躾けられたのでしょう」
痛烈な嫌味であった。ギメチカにとってゲディスは愛しい主の子だ。さらにブッラとクーパルも大切な子供である。その幸せを引き裂いたベータスに対していい顔をする道理はなかった。
「そっか! 俺の師匠はすごい人なんだ! やっぱり見ている人はわかるんだな!!」
肝心のベータスはまったく気づいていなかった。ある意味才能かもしれない。
バガニルはこほんと咳をすると話を進める。
「ガムチチ様とギメチカはベータス様の師匠に会ってください。鏡の魔法を作ったのは恐らくその方でしょう。ギメチカには通信魔法を伝授しているので、連絡は簡単に使えます」
バガニルもベータスの師匠に目をつけていたようだ。さすがである。
「ところであなたが使った空飛ぶ家はどうでしょうか」
「うーん、あれはもう飛べないよ。師匠の魔力を注がないと使えないんだ」
空飛ぶ家は師匠が使えと命じたらしい。そしてカホンワ王国で燃料切れとなると、最初からそれを狙っていた可能性が高い。
「その師匠とやらはどこにいるんだ?」
「アマゾオにあるガモチホの森の中だよ」
ベータスが言うと、ガムチチは目を丸くした。アマゾオは彼の生まれ故郷だ。カホンワ王国の遥か南、トナコツ王国の南西にある巨大な森がかつてアマゾオと呼ばれた国の生れの果てだ。
今は小さな部落がぽつぽつとあるだけで国と成していない。さらにガモチホの森は凶暴な魔獣がうじゃうじゃおり、ガムチチですら近づかなかった。
さらにガムチチの父親を殺した魔獣もその森の出身だ。その奥にベータスが住んでいたとは思いもよらなかった。
「俺は赤ん坊の時からそこに住んでいたのさ。師匠が息を吹き返した俺を育ててくれたんだよ」
ベータスは誇らしく語った。自分の双子の兄が貴族として暮らしていたのに、この男は微塵も恨みを抱いていない。師匠の躾がよかったのだろう。
「……故郷に戻るのか」
ガムチチは暗い気持ちになった。




