第74話 ラバアの塔
魔王が誕生し、破壊尽くされて一年が過ぎたが元ゴマウン帝国の帝都では塔が建てられた。大理石で作られた五階建てだ。
何のために建てられたのか。それはラボンクたちを祀るためである。
塔の最上階には三つの首の彫刻が並んでいる。
左からゴマウン帝国最後の皇帝ラボンク。
真ん中はラボンクの妻で皇妃バヤカロ。
最後はバヤカロの父親、アヅホラ・ヨバクリ侯爵と並んでいる。
三人は世界の犠牲となった。バヤカロは魔王になり、ラボンクとアヅホラを取り込んだ。
本来魔王とは世界中の邪気を収集した存在である。それを太陽の光を蓄光した勇者によってその身を中和されるのだ。
そして相手は死ぬ。それを二〇〇〇年の間、二〇回は繰り返されてきた。
ところが今回は違う。三人は消滅することなく、首だけの存在となった。
永遠に互いを罵倒し、くるくる回る存在と化したのだ。
その間、世界中の邪気を収集しては浄化していく。本当なら邪気と太陽の光は天敵だが、間にアヅホラがいるので消滅しないのだ。
これは光の神ヒルカと、闇の女神ヤルミの仕業であった。世界の観測者を命じられた法皇と魔女はそれを聞かされていなかったのだ。
確かに世界は救われただろう。もう魔王によって国が亡ぶことはない。
しかし気持ちとしてはやりきれないのだ。現在の魔女であるバガニルは三人を忘れないために塔を建てたのである。
名前はラバア。三人の名前の頭文字を取ったのだ。後はスキスノ聖国から管理者を呼ぶだけである。
そして塔の除幕式が開催される。新たにカホンワ王国が建国されたので、国王はダコイク・カホンワで、王妃はイラバキだ。
さらにサマドゾ、ゴスミテ、オサジン、ヨバクリの重鎮たちも出席している。
彼らはゴマウン帝国から独立し、新たに国を建国した。カホンワとは同盟を結んでいる。
サマドゾ王国では国王マヨゾリと王妃バガニルも出席していた。今回のバガニルの衣装は純金のドレスを着ている。さすがにバニースーツは着ないようだ。王太子のワイトと娘のパルホも一緒だ。
バガニルにとって十二年ぶりの故郷の土を踏んだことになった。
スキスノ聖国からはイターリ・ヤコンマンが来ていた。彼は次期法皇として出席している。
一方でゲディスとガムチチはカホンワ側に座っていた。ウッドエルフのクロケットも同じだ。
ゲディスとガムチチの娘であるブッラとクーパルは四歳ほどに成長している。二人はウッドエルフなので通常の四倍の速さで成長するのだ。
「ふぅ、緊張するな。こういった席に出るのは初めてだよ」
「落ち着いてください。この日のためにガムチチさんは貴族の訓練を受けたではありませんか」
そうガムチチは一年間貴族の元で訓練をしていた。ガムチチに暫定的に騎士の称号を与えたのだ。
与える土地は帝都近辺の男爵が治めていた土地である。
そこの男爵は大魔獣によって一族もろとも食い殺された。荒れた土地は整理されガムチチに譲渡される。
もちろんガムチチに土地の経営などできない。カホンワ夫妻がガムチチに貴族の基礎を叩きこんだ。
頭を使うことがないガムチチにとって、座学は地獄であった。ゲディスも一緒なのでなんとかなった。
クロケットもバガニルに淑女としての嗜みを学んでいた。彼女はゲディスの子供を産んでいる。ただし彼女は側室扱いで、ゲディスの後継ぎは正妻となるだろう。
「しかしバガニルはお人よしだな。ラボンクたちのために供養塔なんて建てるんだからよ」
「姉上でなくても僕だって建ててましたよ。僕にとって兄上は可哀そうな人でした。魔王に運命を狂わされた犠牲者なんです」
ゲディスにとってラボンクは実の兄だ。バヤカロという毒婦のせいで人生を狂わされた道化師である。同情はしても憎むことはなかった。それはバガニルも同じである。
ガムチチは正直理解できなかった。家族でも自分を苦しめた相手が死ぬのは気分がいい。相手がひどい死に方をすればさらに清々しい気分になる。
とはいえガムチチは何も言わない。ゲディスが復讐を望んでいないと理解しているからだ。わざわざ言う必要はない。
「まさかゴマウン帝国が滅びるとは思いませんでした。天国のベータスも予測できなかったかもね」
「ベータスって誰―――」
ガムチチが訊ねようとすると、突然騒がしくなった。何が起きたかと思ったら、空の方を指差している。
雲一つない青空に黒い影が現れる。それは小さな石造りの家であった。
「はーっはっはっは!! 皆さま初めまして!! 俺の名前はベータス!! ゲディスの双子の弟だ!!」
空飛ぶ家から一人の男が現れた。黒髪の青年で、ゲディスそっくりであった。まるで蝙蝠のように黒いマントに黒い服を着ている。
彼はゲディスの双子の弟を自称したが、すぐに信じることができた。それほど瓜二つなのである。鏡のように写されたように見えた。
ベータスは家から飛び降りると猫のようにくるくると回転しながら落下していく。その着地地点はゲディスの目の前だ。
ベータスは懐から鏡を取り出す。それをゲディスの前に突き出すと鏡が光りだした。
あまりにもまばゆい光に、周囲の視界が遮られた。
光が収まると、ゲディスの姿は消えている。いや別の誰かがいた。
それは豚だった。黄色い毛にヤギの角が生えていた。手の部分は人間だ。ゲディスは魔物に変えられてしまっていた。
「パパ、かわいー」「ぎゅー」
ブッラとクーパルがゲディスに抱きついた。父親の変事に恐怖ではなく、好奇心が勝ったようである。
「なっ、ゲディス?」
「え? なにこれ―――」
ガムチチが呆気に取られていると、いきなりゲディスが光りだす。光の柱が現れると、ゲディスにブッラとクーパルの姿は消えていた。後に残るのは鏡だけで、ころんと地面に落ちた。
その場にいた全員が呆気に取られていた。あまりの凶事に誰もが口を開けなかったのだ。まるで白昼夢を見ているような錯覚である。
「……あれぇ? ゲディスたちはどこいった? しかも変な魔物になっちゃうし、俺聞いてないんだけど?」
ベータスも呆気に取られていた。ほとんどの人々は固まって棒立ちだったが、バガニルは飛ぶようにやってきて、ベータスを拘束した。
「あなたにはいろいろ話を聞かせてもらいます。ええ、いろいろとね」
その目は視線で人を殺さんばかりであった。ベータスは鏡を見せられたガマガエルのように脂汗を流していた。
☆
その夜、ベータスは新たに作られたカホンワ城で尋問を受けた。部屋にはベータスはもちろんの事、ガムチチとバガニル、カホンワ夫妻の五名である。
「お前は何なんだ? なんでゲディスの弟を自称するんだ?」
ガムチチがにらみつける。恋人であるゲディスを魔物に変えた挙句、どこかへ転送させたのだ。怒らない方がおかしい。いや、すぐ縊り殺さなかったのが不思議なくらいだ。
「……ベータスはゲディスの双子の弟です。ですが死産だと聞いてますが」
バガニル曰く、母親で皇妃のハァクイが出産した際、ゲディスは無事に生まれたが、ベータスは息をしていなかったという。
後日、国葬されたが、それっきりであった。もちろんゲディスはベータスの事を聞いている。カホンワ夫妻もそのことを知っていた。
なぜ十九年後にベータスが現れたのだろうか。復讐のためであろうか? ゲディスは皇子として幸せに暮らし、ベータスは貧乏な暮らしをしていたのだろうかと。
「え? 違うけど」
ベータスはぽかんとした表情を浮かべている。無邪気な子供のようであった。
「俺は師匠から今日の事を聞いてゲディスのお祝いに来たんだ。あの空飛ぶ城は師匠から借りたものでさ。そしたら師匠が面白いことが起きるからと、この鏡をもらったんだよ。まさか、こんなことになるなんて思いもよらなかったんだ」
「ですがあなたは死産だと聞きました。なのになぜあなたは生きているのです。そしていままでどこにいたのですか」
バガニルが訊ねた。それが最大の謎である。だがベータスは隠すことなくべらべらとしゃべった。
「ああ、俺は師匠の下で暮らしていたよ。なんでも最初は死産だったけど、一日経ったら息を吹き返したそうなんだ。でも一度死んだと診断されたのに生きていたら医者に殺されるかもしれないと、師匠が助けてくれたんだよ。ちなみにその後のゲディスの様子は知っていたぜ。師匠が遠見の鏡で見せてくれたんだ」
「……では、ゲディスが6歳の頃の事も知っているのですか?」
「知っているよ。母さんが邪気収集の儀を見ちゃったから、邪気中毒になったんだろ? それにラボンク兄さんたちによくいじめられていたようだしな。俺の方が気ままに暮らせていたから同情しているよ」
その様子を見てバガニルは本心だと悟った。ベータスに悪意は一切ない。
なのにこのような行為を行ったのかわからなかった。
ベータス曰く、師匠のおかげでゲディスの様子を詳しく知っている様子である。
「おい! ゲディスたちは一体どこにやったんだ!!」
「だから知らないよ。俺は師匠から言われただけだもの。そもそもこんなことになるなら使わなかったよ!」
ガムチチがつかみかかるが、ベータスはまったく悪びれない。それどころかゲディスたちが行方不明になったきっかけを作ってしまい、心苦しく思っているようだ。
「……私とカホンワ夫妻で相談します。ガムチチさんはしばらく待機してください」
バガニルは苦々しく言った。彼女もあまりの事に混乱しているのだ。
ガムチチはベータスをにらみつける。姿かたちは愛しいゲディスそっくりだが、中身が全然違うのだ。
それにブッラとクーパルも心配だ。彼女たちが無事でいるのか。それを祈らずにはいられなかった。
3月から毎週水曜の連載となります。なんというか精神が披露したためでしょうか。
本来は今回で終わらせるつもりでしたが、急遽ゲディスの双子を作り、話を混乱させることにしたのです。
もちろん伏線なんかありません。すべてぶん投げて話を作りました。
作者ですら予測できない展開こそ小説の醍醐味だと思いますね。




