第72話 戦後の会議
旧ゴマウン帝国の帝都内にゴスミテ家の屋敷がある。現在はゴスミテ、オサジン、ヨバクリ、サマドゾの権力者たちが集まっていた。
立派な作りで会議に使われる部屋だ。テーブルにはすでに数人が囲んでいる。
他にもゴマウン帝国皇帝ラボンクの実弟であるゲディス。相棒のガムチチもいた。
さらにゲディスの義父であるダコイク・カホンワと、スキスノ聖国から来た聖騎士イターリ・ヤコンマンも同席している。
今回は事後処理の話し合いである。今の帝都は死者の都だ。まともな人間はすべて死に絶え、城には魔石と化した人間の死体が転がっている。各地から派遣された兵士たちが死体の処理に勤しんでいた。今はネズミや虫すらも死に絶えるというありさまである。
「ゴマウン帝国は崩壊した。ゴロスリ様の盟約によりカホンワ家の当主が王の座につくという」
日焼けした筋肉質の男、マヨゾリ・サマドゾが答えた。彼はラボンクの姉、バガニルの夫である。
ちなみに妻のバガニルは床に臥せっていた。神による残酷な仕打ちに涙を濡らしたのだ。
「私たちに異論はない。しかし父ではなく私でよかった。父なら反発していただろうな……」
気弱そうなキノコに見える髪形をした青年がつぶやいた。なぜか椅子ではなくオークの女性を椅子にしている。ラボンクの妻であるバヤカロの弟でもあった。傲慢で高慢な姉と違い、おとなしい性格だ。
「……なぜ、オークを椅子にしているのだ」
マヨゾリがジト目で訊ねた。デルキコは居心地が悪そうに答える。
「彼女が椅子になりたがっているのです」
それだけを吐き出すと後は黙ったままだ。他の面々は無視して話を続ける。
「カホンワ家の当主は義父様です。しかし多くの国民は盟約を知らない。男爵家の人間が国王になるのは難しいと思いますね」
眼鏡をかけた出っ歯の青年が答える。彼はトニターニ・ゴスミテ。カホンワ男爵の娘を嫁に迎えており、義理の息子でもある。長年ラボンクの腰ぎんちゃくを務めてきたが、先代皇帝の命令で従ってきたのだ。その忠誠心は今でもラボンクではなく、先代にある。
「確かにそうだな。その点養子のゲディスはうってつけだ。何しろゴマウン帝国の危機を救った英雄なのだからな」
丸っこく柔らかそうな白髪の老人が答えた。彼はダシマエ・オサジンである。かつて帝国で執政官を務めたことのある。
「わしもその意見に賛成だ。だがゲディスは若すぎる。わしが相談役となろう」
カホンワが言った。ゲディスはカホンワの養子だ。そして後継ぎでもある。そんな彼が盟約に従えばカホンワ王国の王になるのは必然であった。
「はい、僕はカホンワ王国の国王となります。皆さん、よろしくお願いします」
ゲディスはぺこりと頭を下げた。
「円満に話し合いができて嬉しいね。ボクは聖国に戻ってゲディスの即位式に大司祭を呼ぶことを約束させるよ」
イターリが言った。金髪碧眼の美少女に見えるがれっきとした男である。こう見えてもスキスノ聖国の次期法皇で、二千年の記憶を受け継ぐ魔女と同格なのだ。
「……気に入らねぇなぁ」
今まで沈黙を守っていたガムチチがつぶやいた。その語尾には怒りが含まれている。
「なんでゲディスが王様にならなきゃならないんだよ。それじゃあゲディスの自由が死んじまうじゃないか」
「すまないが、何も理解できないガムチチ殿は黙ってもらえないだろうか。本来、君はこの席に座れる立場ではない。あくまで英雄の相方だから認めているのだよ」
窘めたのはマヨゾリであった。彼は一般人を見下す性質はない。だが素人が何も知らないのに王族の話にくちばしを挟まれては困るのだ。
「なんだとてめぇ!!」
「マヨゾリ卿の言う通りです。あなたは確かに英雄かもしれません。しかしあくまで民衆受けの看板と思っていただきたい」
「そうですね。政治を知らない人は人形として振る舞ってもらいたいですなぁ」
デルキコとトニターニが言った。二人は嫌味で言ったつもりはない。貴族として答えただけである。
だがガムチチがそれを理解できるわけがない。激昂するのは止められなかった。
「まったくむかつくぜ!! あんたらも偉そうな貴族と同じだな!! 俺たちを見下すのがそんなに楽しいか!!」
「見下してなどおらんよ。お主の態度が無礼だから窘めただけじゃ。注意されただけで切れるようでは幸先が思いやられるわい」
怒鳴り散らすガムチチにダシマエが窘めた。他の面々もガムチチに対する目に侮蔑の色が含んでいる。これはガムチチが無礼なふるまいをしただけで、普段は普通に扱っていた。
「うるせぇ! うるせぇ!! 俺はお前らみたいな貴族様が大嫌いなんだよ!! 俺はお前らのために戦ったんじゃない、ゲディスのために戦ったんだ!! だがもうここにはいられねぇ、あばよ!!」
ガムチチは立ち上がると、部屋を乱暴に出ていった。ゲディスは追いかけようとしたがイターリに止められた。
「離してください! ガムチチさんを追わないと!!」
「ほっときなよ。大体普通の人でも貴族には敬意を払うよ。というかマヨゾリ卿たちは貴族にしては優しいたぐいだよ。バガニル王妃と行動したのになんで怒りだすんだか」
イターリは呆れていた。バガニルの場合格好が奇天烈なため、王妃という印象が薄かった。それにしても先ほどのガムチチはどうもおかしい。異様なまでに沸点が低くなっていた。いつものような冷静さが欠けている。
「……まさか、邪気中毒になっているのでは?」
「その可能性は高いね。ガムチチさんは大魔獣を多く倒している。邪気に汚染されてもおかしくないね」
「でも僕とガムチチさんは黄金魂を解放したんだよ? それでも邪気の影響があるの?」
「あるよ。勘違いされるけど黄金魂に目覚めても邪気の影響を受けないわけじゃないんだよね」
そうなるとガムチチはどうなるのだろうか。ゲディスは不安に駆られる。
「安心しなよ。君とガムチチさんが結ばれればいいのさ」
イターリが何のこともないように答えた。ゲディスは最初何を言われたかわからなかった。
すぐに意図に気づくと生娘のように真っ赤になる。
「側室は王族のたしなみじゃ。同性でも構いやせん。気の休まる相手を見つけるのも君主として必要じゃよ」
義父のカホンワが言った。この中では同性愛に批判する人間はいない。マヨゾリやデルキコも人のことは言えないからだ。
「人ひとりどうにかできないものに、国王の座は務まらんよ。精々逃げ惑う蝶々を追いかけるがよいさ」
カホンワはほほ笑んでいた。義理の息子が初めて心から相手を欲したことに、彼は親として喜びを感じていたのだ。
ゲディスはすぐにガムチチの跡を追う。愛しい人を捕まえるために。




