第六十九話 こけしのホムンクルス
「バガニル様、オサジン領からの報告書でございます」
バニーガールのバガニルの前に、ハーピーが一人手紙を差し出した。
バガニルは手紙を読むと渋い顔になる。
「承知したわ。この手紙をオサジン領の当主に渡してちょうだい。こちらの仙境を詳しく書いているから」
そう言ってハーピーに手紙を渡す。ハーピーはそれを受け取ると南東へ飛び立っていった。
「なんて書いてあったのさ?」
声をかけたのはイターリ・ヤコンマンだ。美少女に見えるが男である。
その上スキスノ聖国の次期法皇という重要な立場の持ち主だ。
「……大魔獣の死骸がそこらへんに転がっているという報告よ。予定よりも大魔獣たちが急死しているみたいだわ」
大魔獣は百人の兵士が束になって、やっと勝てる相手だ。一体だけならともかく数百体の大魔獣がゴマウン帝国を暴れ回っているのである。
もっとも魔王の影響で邪気を急激に収集したため、身体がついていかない。精々一週間の寿命しかないのだ。それなのに三日過ぎた後、大魔獣が急死することが増えていると報告書に書かれていた。
「うーむ、この状況を吉と呼ぶべきか、それとも凶の来る前兆ととらえるべきか、難しいものよのう」
そこに一人の老人が現れた。ダシマエ・オサジンである。元ゴマウン帝国の執政官であったが、今はタダの老人となった。自分の領地はラボンク派の人間に支配されているが、実際はオサジンに心酔しており、味方である。
「これはダシマエ卿。おひさしぶりでございます。この度はホムンクルス製造に力を貸していただき、感謝しております」
突然の訪問者にバガニルは驚くが、すぐに頭を下げる。
「なぁに、礼には及ばんよ。かつてはゴロスリ様から伝授された魔法じゃが、今ではわしの方が上じゃ。魂の一部をホムンクルスに与え、遠隔操作をできるのはわししかおらん」
「はい。これは私でも無理でございます。二千年の間に魔女は様々な魔法を生み出しましたが、どれもいまひとつでございました」
バガニルは自傷気味である。確かに彼女は魔女の記憶を持っていた。頭の中には時代によって翻弄された魔女が生み出した特別な魔法が眠っている。だがひとつひとつを研鑽する時間がなかった。
魔女は人から嫌われている。人々から石を投げられ、罵声を浴びせられてきた。
ゴロスリは自分の家臣たちに魔法を教えたのだ。そして百年の間、家臣たちは魔法の研鑽に時間を割いてきた。
オサジンのようにホムンクルス魔法はじぶんとそっくりの肉体を生み出すことができる。だが似ているだけで生きているわけではない。自身が殺されたと見せかけるための囮として使うのが普通だ。
そこに魂の一部を与えることで、遠隔操作を可能としたのだ。
オサジンの一族が研究を重ねたからである。
「まあボクの場合はスキスノ聖国の勢力を増すことに集中していたけどね。こちらも大変だったよ。宗教を統一するなんて無茶な話だけど、各国の思想をある程度互いに尊重させるまで苦労したね」
イターリはため息をついた。彼は法皇として二千年の記憶を持つ。魔女よりも過酷な人生を送っていた。人々にスキスノ聖国の教えを広めに行ったが、異教徒を憎む地元民に殺されかけるなど日常茶飯事であった。
さらに欲深い身内により法皇が毒殺されかけたことも何度もある。
千年前、アマゾオ王国が魔女の記録をすべて焼き払い、魔女の記録を所持するスキスノ聖国へ戦争を仕掛けたことがあった。魔女がいるから魔王が生まれるという理屈を掲げ、国民を煽り、周辺国へ侵略を繰り返していたのだ。
魔女をかばおうとしたスキスノ聖国も敵視された。世界中にある聖国の教会は破壊され、魔女の記録が書かれた本はすべて焚きつけにされたのだ。
結果はアマゾオ王国に魔王が誕生し、王族は全員死亡した。そしてアマゾオに荒らされた周辺国は彼等を憎み、魔女の魔法でアマゾオをジャングルに覆われるようにしたのである。
そのため、アマゾオは今も国として復旧することはなかった。ガムチチは知らないが、彼の部族はアマゾオ王国の王族の子孫である。当時の法皇はアマゾオ王と剣を交えたことがあった。屈強な体つきだが、顔つきは邪悪だった。
「ガムチチさんは当時のアマゾオ王に似ているね。邪気がすっかり抜けたさわやかな快男児だよ。ゲディスの伴侶としては申し分ないけどね」
イターリが言った。もっともイターリがアマゾオの王様に似ていると証言しても誰も信じないだろう。ゴマウン帝国はおろか、他の国でもアマゾオは未開地であり、そこに住む人間は蛮族だと思われている。
「……ガムチチの先祖が誰かはこの際置いておくとしましょう。報告ではゲディスと共に大魔獣を五十体以上片付けていると言います。たった二人で大魔獣を片っ端から片づけているのですから、名声は高まる一方ですね」
バガニルは言った。彼女はサマドゾ領へ嫁いだが、弟たちの事は忘れたことはない。
ラボンクは確かにぼんくらだが、自分の過ちに気づいてくれると信じていた。というより気づかせるように工作はしていたが、まったくうまくいかなかった。結果として彼は魔王に取り込まれる勇者として短い生涯を終えたのである。
ゲディスは気が弱いところはあるが、皇族としては申し分ない素質を持っている。男爵家の後継ぎではあるが、領主としての心構えはできていた。カホンワ夫妻が引退してもすぐに引継ぎができる実力を持っていたという。
冒険者になったのはたまたまだろう。本当は自分に会いに行かせるはずだったが、姉を巻き込みたくないと近づかなかったのだ。
魔王の事を話していれば違ったかもしれないが、今はどうでもいい。
「あと四日乗り切ればよいのだ。例え大魔獣が予定より早く死んだとしても、大魔獣の死骸を放置することはできぬ。さらに兵士たちも疲労困憊じゃ。ここが正念場じゃぞ」
「はい、わかっております。夫も王都で兵士の指揮に大忙しです。私も妻としてがんばらねば」
バガニルはそう決意するのであった。
「そうじゃ、バガニルよ。わしが作った特製のホムンクルスがあるのじゃが、ひとつどうかのう?」
オサジンが言った。いったいどんなホムンクルスを作ったのか、バガニルとイターリは気になった。
「どんなホムンクルスですか?」
「こけしのホムンクルスじゃよ。遥か東にある島国ではこけしという人形が作られておるのじゃ。特に貴婦人たちに大人気のようなのじゃよ。わしのこけしは柔らかくて熱があると評判なのじゃ」
「あ~、そういうこと……」
イターリはジト目になった。バガニルが激怒しないか、振り向いてみるが彼女は冷静である。
「私は興味はありませんが、未亡人たちには必需品かもしれません。ぜひ注文をお願いします」
そう言ってバガニルは胸の谷間から紙を取り出す。契約書の様だ。
「ふぅん、バガニルさんはこけしを嫌うと思っていたけど、案外冷静だね」
「私は性欲を抑制しています。それを呪術に使うことで、魔獣たちを発情させるのです。まあ、それはいいのですが、世間の女性は人目がありますからね。夜のお供が必要なことは理解していますよ。あなたは?」
「ボクは興味ないな。でも教会じゃあ枢機卿が稚児を相手にするのはあるね。結婚はできても、花街で遊びに行けないから、その代用だね」
イターリとバガニルは世間の夜の営みにため息をついた。つらい日々をベッドの上で晴らすのは重要なことだ。
「さらに値が張るが、等身大のホムンクルスもあるぞ。だが生モノだから個人で購入は難しいな。商会などが管理した方がよいぞ」
実はオサジン領だとホムンクルスを相手にする商売が流行っていた。
こちらは魂の一部を入れることで、客の相手をしているのだ。乱暴にされても妊娠する心配がない。
病気にもかからず、清潔でいられることで花売り専門の人間が重宝している。
「未亡人たちのためにも、女性型のホムンクルスが必要になります。王都には研究施設があるので、量産をお願いいたしますね」
そう言ってバガニルはオサジンと契約を交わすのであった。
本当はこけしの話はなかった。話としては盛り上がらないし、下ネタが皆無なので無理やりいれました。
でもホムンクルスはそっち関係に強いと思った。
当初オサジンの事は深く考えていなかったが、それを生かす方向に向けるのが小説の面白さですね。




