第六十八話 ゴスミテ領での出来事
「構え! 撃て!!」
数十人の男たちが鉄の筒を水平に構え、しゃがみながら筒に付いている引き金を引いた。
前方にはリスの魔獣が群れを成して地鳴りを挙げながら突進してくる。
上空には雁の魔獣が空を黒く染め上げるほど、大群で飛んできた。
男たちは慌てない。引き金を引くと鉄の筒から赤い光が発射された。それがリスの魔獣の顔に当たると、一斉に火が花を咲かせたように燃え上がったのだ。
魔獣たちはもらい火を喰らい、地面へ芋虫のように転がった。火はあっという間に燃え広がり、リスの丸焼きが出来上がる。
赤い光は日の魔力を宿している。当たったところだけ燃やすが、炎はあっという間に燃え広がる。
焼ける恐怖と熱さは生き物から冷静さを奪う。
上空の雁の魔獣たちは緑色の光を当てられた。すると周辺に竜巻が巻き起こる。
雁の魔獣は身体がねじれるくらい、高速回転した。それは周囲をも巻き込み、大勢いた魔獣たちは土砂降りのようにその死骸を振らせたのであった。
緑色の光は風の魔力がこもっている。当たれば相手を竜巻でひねりつぶし、当たらなくても周辺を巻き込む力を持つ。ただし障害物がない空中でないと効果が薄い。身体が軽い鳥類や昆虫などの魔獣に効果的なのだ。
魔獣たちがあっさりと死ぬ。その光景を後方で見ていたものがいた。やぐらを組み、高い所で見下ろすのは、60くらいのふっくらした老人と、二十代後半の出っ歯の若者であった。
「さすが婿殿だな。魔石を使った兵器がここまで強いとは」
「いいえ、まだまだですよ。魔石銃では魔獣を倒せても、大魔獣には通用しません。それに義父様の指導の賜物ですよ」
「なに、年寄りの愚痴を利かせただけじゃ。それに敵は倒す必要はない。目くらまし位には使えるだろう。隙を作るのも兵法としては重要だぞ」
「肝に銘じます、義父様」
老人はカホンワ男爵で、若者はトニターニ・ゴスミテ国王であった。
トニターニは自分の正妻であるユフルワの父親に、魔石銃の披露をしていた。
魔石を利用した魔道具は明かりをともしたり、井戸から水をくみ上げるなど生活を向上させるものが多い。
その一方で兵器にも転用されていた。魔石の力は強い。その力を悪用する人間はいつの時代にもいる。
大切なのは兵器を作らないことではない。兵器に振り回されない心構えと法律が必要なのだ。
トニターニは初代の教えを忠実に守り、今日までやってきたのである。
もっとも原点はゴマウン帝国初代皇帝のゴロスリから教わったものだ。
「1500年前、遥か東にあるモコロシ王国では魔石を利用した兵器が量産されたという。城の門を破壊する大砲や、上空から毒をばら撒き民衆を虐殺する物もあったと聞きます。しかし魔王の誕生で兵器はすべておじゃんになったと聞きます。大魔獣の対策が欠けていたそうですね。それ以降魔石の兵器は役立たずとして忌み嫌われていたそうです」
トニターニが言った。革新的な技術も一回の失敗で封印される。失敗したら改良し、品質を向上させるという気概がモコロシ王国には欠けていたと初代は語っていたそうだ。
「世界が生まれた時、人や獣、王国はすべて揃えられたと聞く。それ故に人の心はどれも同じもので、自分だけが特別であり、不幸なことは向こうから避けていくと信じ切っていたそうだ。だが百年ごとに魔王が誕生し、王国は滅んでいった。いや、魔王がいなくても国同士で争い、消えていった国もあるという。そもそもカホンワ王国もゴマウン帝国に吸収される前はセヒキン王国の一部じゃったという。新しく国が興すたびに過去の遺物を消し去り、自分たちが長年君臨してきたと嘘をつく。その繰り返しじゃ。それ故にすべての時代を見てきた魔女は忌み嫌われてきた。自分たちの悪行を他の国に伝えられることを恐れたのじゃ」
カホンワ男爵がため息をついた。これは幼い頃にゴロスリから聞かされたことだ。魔女は魔王が誕生する前に人々に自分の言葉を伝えた。少しでも魔王の被害を防ぐためだ。
だが人々は信じなかった。逆に魔女は世間を騒がせたとして石を投げられ、追い回された。
結果的に魔王によって王国は滅び、人々は魔女のせいにして全く反省することがなかった。
ゴロスリはたまたま側室から生まれた王女であった。彼女は自分の地位を利用し、百年後に誕生する魔王の対策を、家臣たちに教えたのだ。その結果旧ゴマウン王国であったゴスミテ王国はまだ被害がない。
いや大魔獣対策で国境付近に置いて、王国軍が戦闘を繰り広げている。今は領軍から抜け出た魔獣を王都に近づかせない事、それが重要なのだ。
「伝令でございます!!」
空から黒いハーピーが飛んできた。ヒアルだ。
「国境付近では王国軍が大魔獣を相手に奮闘しております! けが人はいますが死者はいません!! ただし軍が関わる前に死んだ大魔獣も目立っているとのことです!!」
それを聞いたトニターニは首を傾げたが、すぐにヒアルに命令を伝える。
「わかった。援軍が必要ならばいつでも伝えるがよい。こちらは魔獣の討伐を最優先にしている、諸君らの働きで大魔獣を食い止めてくれとな」
「了解です!!」
ヒアルは飛び去った。
「……大魔獣が死んだ。まだ二日しか経っていないのに、なぜでしょう」
「確かにな。バガニルの手紙にも、自分が産んだ双子を先に取り出したのは男の子だと書いてあった。今回の件では何か特別なことが起きるかもしれないとあったな。あの子の未来余地はかなりの確率で当たる」
「はい。彼女が嫁ぐ前にも、ラボンク陛下が悪戯をしようとした際、それを避けたことがありました。あれは勘がいいというより、最初から知っていたという感じでしたね」
トニターニとカホンワ男爵は懐かしそうに空を見上げた。だが気を取り直して前を見る。
「大魔獣が何もせずに死ぬのなら幸いだ。とにかく大魔獣を駆逐する、それだけが優先です。あとは王都にいるユフルワとお義母様に期待しましょう」
☆
王都は大騒ぎである。ゴマウン帝国から流れた難民たちでごった返していた。
だが王国では最初から難民を受け入れるための施設は作られていた。木造建ての小屋に、便所や浴場も設置されている。
魔獣を狩って得た、毛皮や干し肉は惜しみなく配られていた。さらに広場ではいくつもの大なべが並べられており、野菜たっぷりの温かいスープが配られている。
その中心は王妃であるユフルワとその母親であるイラバキであった。イラバキは娘に王妃として指示を出させ、自分はてきぱきとスープを作っている。
あくまで主役はゴスミテ王国王妃だ。自分はわき役で十分なのである。
「お母様、お代わり用の野菜が届いたとのことです」
「それならすぐに下ごしらえをさせてください。この程度は報告する必要はございません」
イラバキは素早く野菜の皮をむき、切っていく。その腕は素早くて見えない。
「さすがはお母様です。私なんてまだまだ……」
「王妃様の泣き言など、領民に聞かせるものではございません。仕事はまだまだたくさんございます。目の前の問題を確実に解決することが大切でございますよ」
イラバキは振り向かずに答えた。手伝いをするメイドたちも彼女の貫録に怯えつつ、頼もしさを感じていた。
ユフルワはそんな母親を越えられず悩んでいた。
「どけどけぇぇぇ!!」
群衆の中で叫び声が聞こえた。悲鳴も交じっている。暴動が起きたのだろうか。
「ぬおぉぉぉぉおぉぉぉぉ!! トニターニの女ぁぁぁ!! よくもラボンク陛下を裏切ったなぁぁぁぁぁぁ!! 殺してやるぅぅぅぅぅ!!」
男が一人剣を振り回しながら走ってきた。どうやらラボンクの部下らしい。彼はトニターニに裏切られた恨みを忘れていないのだ。ただしできるならトニターニ本人よりも彼が愛する妻と子供たちを先に殺し、自分を裏切ったことを後悔させたいのだ。
男は難民を切り倒しながら、ユフルワに向かっていく。兵士はいない。王都では見回りの兵士しかいないのだ。
「やっ、やめてください!!」
ユフルワは凶刃を目の前にして、両手を前に突き出しながら訴えた。だが男は止まらない。
男は正気を失っていた。大魔獣が誕生するという異常事態に、本人の常識の範囲が壊れてしまったのだ。
ユフルワを殺せば世界が元に戻ると信じ切っていた。
男は剣を突き出し、彼女を突き殺そうとした。しかし男は突如自分の腹に剣を突き刺す。
男は何が起きたか理解できず、絶望の表情を浮かべながら死亡した。
「だからやめてと言ったのに……」
ユフルワは悲しげな顔になった。彼女はある魔法がかかっている。
それは自分に殺意を抱く者に対して、攻撃を自分に返す魔法だ。
あくまで自分に殺意を抱く者に反応するため、突発的な事故は避けられない。
もっともユフルワに対して矢を撃とうが、毒殺しようがそれは相手に返っていく。
難民はあまりの事態に固まっていたが、メイドたちや都民たちは平然としていた。
王妃に殺意を抱けば、自分に返っていく。それは彼等の常識であった。
「ふぅ、これで難民の方々も、王妃様に手を出すことは悪手と思うでしょう」
イラバキは笑っていた。彼女はゲディスに罠魔法を教えた師匠だ。そんな彼女が暴徒に罠を仕掛けないわけがない。見せしめのために罠を張らなかったのだ。
「さすがバガニル様の魔法ですね。暗殺防止にはもってこいです」
「そうですわね。ですが歴代の魔女が磨き上げた技術でもあります。私の罠魔法もね。私たちはできることをしましょう」
ユフルワとイラバキはそう言って炊き出しに戻った。男の死骸は片づけられた。
最初ユフルワの設定は考えていなかった。
カホンワ男爵の娘にしたのは思い付きです。そもそもカホンワ夫妻もゴスミテ領へ向かったしね。
なら娘のいる領地へ行くのが筋と思ったのです。
ユフルワの魔法は殺意を抱く者には、その殺意をそっくりそのまま返しますが、逆に殺意がなければ攻撃は通じます。
ゴスミテ家が魔石を兵器にする設定は初期からありました。今回でやっと披露できましたね。




