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第六四話 クロケットの帰還

「ふぅ、世界は広いですね」


 私、クロケットは黒ハーピーのヒアルさんに肩を掴まれながら空を飛んでいます。

 がっしりと肩に食い込んでいますが、意外に痛くありません。逆に風圧で体が冷えるのが問題ですね。

 まあ、カホンワ家の庭では嵐を幾度もなく体験しましたが、空を飛ぶのは初めでなので。


 竜の鱗のような雲が空に広がっています。標高が上がっているので耳がツンとしますね。

 下界は森が絨毯のように広がっており、川は一本のヒモのように細く長く見えました。


 途中で町が見えましたが、まるでおもちゃのように可愛らしい家が並んでいます。そこに大魔獣アバレルが暴れていました。アバレルはアラクネが巨大化したものだとバガニルさんに教わっています。

 ままごとをしている最中にペットの犬がじゃれてくるように思えます。実害は可愛い物ではありませんけどね。


「ぎゃー!」「やめてー!」「消えてくれー!」


 町は大騒ぎです。大魔獣は十数体おり、家を潰し、畑を踏みつけていました。

 そして人間の男を鷲掴みにしては、バリバリと踊り食いをしています。あまりのおぞましさに目を背けました。

 女の場合は犬や猪の魔獣に喰われています。家に閉じこもっても、あっさりと扉を破壊し、家の中に非難している人間をむさぼり食べていました。


「あの町は皇帝寄りの貴族が治めています。もうここはおしまいですね」


 ヒアルさんがつぶやきました。声が震えており、眼下の惨事に恐怖を抱いているようです。

 横を振り向くとウギラルさんも真っ青になっていました。あらかじめバガニルさんや本当の主であるデルキコ卿から事情を説明してもらっていても、実際に自分の目で見るとでは違うでしょう。


 さらに遠くを見ると、貴族の屋敷が大魔獣ドロレスの襲撃を受けていました。屋敷はドロレスによって沈められ、中にいた住人たちは慌てて逃げ出そうとしましたが、ドロレスの巨大な手に捕まり、むしゃむしゃと食べられています。

 ドロレスがげらげら笑いながら、人を喰らう姿を見ると恐怖とも悲しみとも言いようのない気持ちに胸がつかえます。


 他人の不幸を喜ぶほど悪趣味ではありません。彼等が死ぬのは備えを怠っただけです。きちんと敵に対して準備をしていれば、大魔獣に対して対処できたはずでした。

 それもこれもあのボンクラちゃんのせいで、領地を守るための準備が全くできなかったのです。

 いいえ、全部魔王のせいです。バガニルさん曰く、魔王は邪気を効率よく収集するため、各地の王国の貴族や王族に憑依するそうです。

 そのため国民に対してわかりやすい悪政を敷く傾向が強くなると聞きました。

 

 確かにボンクラちゃんとその嫁はわかりやすい悪役でした。目一杯国民を苦しめ、一気に邪気を収集する。私が良くやる邪気収集の儀よりも規模が大きいですね。

 まあ、近くにいる人たちは完全に巻き込まれるので、不幸以外の何物でもないですが。


 ぐがぁぁぁ……。


 下でアバレルがまるで身体が二つに分かれるような苦痛の声を上げています。


 アバレルはコロコロと団子のように転げまわりました。その際に、人間たちが巻き込まれ、ぷちぷちと虫のように潰されます。見ていて吐き気がしました。


 よく視ると他の大魔獣も苦しそうにもがいた後、ばったりと死んでいきます。

 もっとも大魔獣は巨体なので、人や家を潰しながら息絶えるのが迷惑ですね。

 

「……奇妙ですね。確かバガニル様の話では、魔王誕生によって生まれた大魔獣は急激に巨大化したため、通常の大魔獣と比べて身体が弱いそうです。そのため一週間ほどで身体が崩れて死ぬと聞きました。ですがあの大魔獣は明らかに自然死に見えますね」


 ウギラルが難解な迷路のような思考に吸い込まれていく。私もいろんなことがあってわけがわからない。バガニルさんにじっくり今まで見たことを教えようと思った。


 ☆


 私はサマドゾ王国の王都へたどり着いた。帝都と比べるとこじんまりした感じはするが、こちらの方が清潔でさっぱりした感じがするので好きだ。

 王都の入り口では軍隊が編成されていた。鎧を着て槍を手にした人間たちがずらりと並んでいる。

 その後方に丸太で作られた御輿があり、その上に日焼けした屈強な大男がふんぞり返って座っていた。 

 立派な鎧を着ており、赤いマントを羽織っている。カイゼルひげを生やしており、ボンクラちゃんと比べれば遥かに王様らしい雰囲気があった。

 彼がサマドゾ王国の王様マヨゾリ陛下なのだろう。バガニルさんの夫であり、ワイトとパルホの父親でもあるのだ。

 

 初めて出会ったが、圧倒的な圧迫感がある。首を垂れたら威圧だけで相手を踏みつぶしてもおかしくない。こんなすごい人と喧嘩をするなんて、ボンクラちゃんは身の程を知らないお馬鹿さんだと思った。


 それに後方には魔族が大勢待機していた。人間の上半身に馬の下半身を持つケンタウロス。牛の頭部を持つミノタウロス。一つ目の巨人サイクロプス。

 森の小鬼ゴブリン。犬の頭を持つコボルト。豚の頭を持つオーク。

 鳥の身体に人間の頭部を持つハーピー。その他もろもろが規律正しく並んでいる。

 

 ヒアルさんはマヨゾリ陛下の前に降り立った。そして跪く。


「王様、クロケット様とウギラル様を救出してまいりました」


「うむ、ヒアルよご苦労であった」


 マヨゾリ陛下がねぎらう。その声を聴くと底冷えしてくる。これが上に立つ者の器かと思った。


「クロケットよ。そなたは我妻の弟の子を産んだ母親と聞いた。ウギラルもデルキコ卿の命令とはいえ、命を落とす危険があった。無事で何よりである」


 マヨゾリ陛下の言葉にウギラルさんは感動の涙を流しました。仕える主は違えども、賢王に褒められるのは嬉しいものなのでしょう。


「では早速だが、帝都の出来事を教えてくれ」


 マヨゾリ陛下に促され、私は一通りの出来事を話しました。帝都に充満する邪気、邪気中毒者だらけの都民、そして魔王と化したバヤカロに、ボンクラちゃんとバヤカロの父親が取り込まれたことを話しました。


 それを聞いてマヨゾリ陛下は何やら考え込むように腕を組んだ。やがて立ち上がり、あたりに響くような大きな声を上げた。


「聞いての通り、魔王が誕生した。そしておまけで大魔獣が生まれ、帝都の周辺を地獄へ変えている。我々の目的はゴマウン帝国領に生まれた大魔獣を他国へ出さないことだ。ただし伝令で救助要請されるまで、私は動けない。自主的に行えば私が侵略者として疑われるからだ。なので伝令が来るまで待機せよ。難民が来たら彼らを受け入れる施設はすでに整っているし、非常食と毛布も十分用意してある。後はゴスミテ王国、オサジン領、ヨバクリ領からの連絡待ちだ。それまで気を緩めるな!!」


 兵士たちが雄たけびを上げた。空気がピリピリと震えてくる。私自身、大勢の中で酔っているのかもしれない。身体がとろけるような感覚になる。クラゲのようにふにゃふにゃな気持ちだ。


「さて二人とも、長距離の飛行で疲れただろう。風呂を用意したからゆったりと休むがよい。逆にすまないが、ヒアルたちよ。お前たちは急いで伝令の仕事を頼みたい。お前たちハーピー族の飛行能力が我がサマドゾ王国の命綱なのだ」


 そう言ってマヨゾリ陛下はぺこりと頭を下げた。君主にあるまじき、軽々しい行為だと思った。

 ヒアルさんたちは慌てて、頭を上げてくれと混乱している。彼女たち魔族にとってもマヨゾリ陛下は偉大な人なのだろう。


 私たちはメイドに預けられ、ある屋敷に案内された。マヨゾリ陛下の住む屋敷の様だ。

 高い塀がある大きな屋敷で、他を圧倒する豪華さがあった。お城と呼んでも差し支えがない。


 屋敷のは中はいくつとなく続いている部屋だの、遠くまでまっすぐに見える廊下だのを、あたかも天井の付いた町のように見える。そこで私たちは浴室に案内された。

 タコイメにある銭湯並みの広さで、浴槽には熱いお湯がはってあった。

 私としてはお風呂に身を沈める気はない。精々烏の行水で十分だ。ウッドエルフは大量の水に浸されるとその水分を含んでしまうので、注意が必要である。メイドも私の事を理解しているので、無理に風呂を薦めない。


 ところがウギラルが浴室に入ってきた。男なのに一緒に入るのかと思ったら、ウギラルの胸はふっくらと膨らんでいた。それに男のアレがない。


「あなたは女だったのですか」


「はい、そうですが。気づいてなかったのですか?」


 ウギラルはきょとんとしているが、私は気づかなかった。なんでも男装の麗人という言葉があるが、彼女はそれに該当する人物だ。


「別に男装をしているわけではありません。色気がないだけです」


 ウギラルは寂しそうだった。なんでも女性には人気があるが、肝心の男は寄ってこないのが悩みらしい。

 うん、人間は色々悩みがあるものだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 魔王に対しての十分な準備をされていましたか。
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