第62話 クロケットから見た帝都の姿
私はクロケット。百年以上、カホンワ家の庭で栗の木として立っていた実績がある。
え? そんなの実績じゃないって? 普通の人は百年もたっていられないから、よしとしようじゃないですか。
まあ、それはどうでもいいとして、私の現在の姿はウッドエルフです。前はドライアドでしたが、違いがよくわかりません。
今は肌がすべすべになりましたが、どうも落ち着かない。ドライアドのようにごつごつした肌が好きでしたね。
髪の毛も葉っぱから銀髪になったけど、正直さらさらしすぎて気持ち悪い。でも人間の町に住むならウッドエルフの方が都合がいいと、イターリに言われたから我慢しています。
私の胸は蜂の巣のように豊満で甘い蜜が出そうと言われています。ひょうたんのように腰はくびれていて、お尻は豊かだそうです。さらに足はすらりと長く、男たちの劣情をあおるそうな。
イターリは私の特徴をそう述べましたが、正直どうでもいいですね。
私にとって大切なのはゲディスだけです。おまけでガムチチが加わりますね。
え? お腹を痛めた子供はどうなんだって? ブッラとクーパルが大事なのはゲディスたちであって、私ではありませんから。どうも自分の子供という意識が薄いです。自分の身体から栗の実が生える感覚ですかね。
だからタコイメのおばさんたちが面倒を見てくれるので助かっています。私はどうも人間社会の常識がまだまだ疎いので困りますね。
でもオサジンというおじさんが用意した双子のホムンクルスですが、偽物とはいえ殺される姿を見るのは胸が痛みました。必ず復讐してやる。
そんな私ですが、今は捕まっていて、木箱の中に詰められています。
もちろんさるぐつわを噛まされ、手足は縄で縛られていますよ。
本気になればこんな縄はいつでも外して脱出できますが、あえてやりません。
なぜならバガニルさんのお願いだからです。
バガニルさんはゲディスの状況を間者たちに命じてボンクラに伝えたそうです。
ボンクラならゲディスの幸せを踏みにじるであろうと、そしてブッラとクーパルを殺すよう命じるだろうとのことですね。
本当に腐っていますね、ゲディスの兄は。本名で呼ぶのは汚らわしいので、ボンクラと呼んでます。
そいつにはお似合いの名前です。
そうそう、今の私ですが、別に苦労はしてません。身体を拘束されてもへっちゃらです。だって私は百年間、雨の日も風の日もじっと我慢して立っていた実績があるからです。これはウッドエルフに進化しても変わりません。
右肩に矢を撃たれましたが、小さい棘が刺さったくらいの痛みしか感じませんね。
でも刺さったままだと痛いので早く抜いてほしいです。
ウギラルという人は耳元で私に謝罪していました。思ったより悪い人ではないようです。
ボンクラの嫁の父親の部下とのことですが、実際は先代の部下だと言ってました。
デルキコという人が先代の記憶と技術を受け継いだそうです。父親は無能なまま。
なんで孫に優しいのかと思いきや、継承魔法というのは自身に相応しい人物でないと継承できないそうです。
そのため父親には受け継がれず、息子に受け継がれたらしいですね。何とも言えません。
なんだかんだと一週間が過ぎました。ウギラルは私を箱から出してくれました。
「なんだこいつ。一週間も閉じ込めたのに、糞どころか小便すら漏らしていないぞ」
背後にいた男たちが残念がっています。いや、私はその気になれば排せつを一月は我慢できるからね。というか栗の木だから排せつの仕方なんかよくわかってないのよ。隠れ里のタッコボでは花の積み方を女性陣に厳しく躾けられました。うん、あの時の人魚さんやスキュラさんたちの怒りの顔は今でも悪夢に出てきます。
「こいつは人間じゃないからね。まあ、悪臭を垂れ流したら顔面をぼこぼこに殴っていたけどさ。まったく忌々しいったらありゃしない」
ウギラルはそう大きな声で言いました。実際目は笑っていません。本人にとって不本意な発言のようです。
「こいつは改めて縛り上げるよ。帝都内で見世物にするんだ。きっと庶民共は大喜びするだろうさ」
わざとらしくゲラゲラ笑っています。男たちは後ろにいるので見えませんが、私の方からはこめかみがピクピク動いており、腹立たしそうです。
私は縛りなおされました。亀甲縛りという奴だ。乳房と下半身は布で隠されている。
獣を入れる檻に入れられた私は魚のように吊るされた。
まるで見世物だが、こんなのを見て何が面白いのだろうか。人間の感性はよくわからない。
そもそも肌を露出した私に欲情する人間が意味不明だ。
私は馬車に乗せられ、帝都の通りを進む。私は驚いた。周りは紫色の邪気があふれているのだ。
私ならともなく、普通の人間なら邪気中毒になってもおかしくない。
ウギラルは平然としているが、男たちの目は虚ろだ。涎を垂らし、ふらふらと歩いている。
私を見る帝都の民も、薄汚れたボロを着ていた。まるで浮浪者の集まりだ。どいつもこいつも死人のように生気がない。痩せこけた身体に垢まみれの肌、目はくぼんでおり、華やかな帝都という印象はない。
「……今の帝都は邪気まみれだ。私は先代から施された邪気反転の紋様がある。それでも息が詰まりそうなのは変わりないけどね」
ウギラルが私の耳元につぶやいた。モンスター娘が徘徊するサマドゾ王国の方がまだ健全だ。
それとゲディスとバガニルさんの父親が、子供をここに寄越さなかった理由が分かった。
こんな邪気まみれのところに置いたら、数日で発狂してしまうだろう。
つまりここに住んでいるのは狂人ばかりというわけだ。ロウスノ将軍が狂っていたのもそれが原因だった。
ボンクラとその奥方はさらに輪をかけた狂人であろう。そう思うと気が重くなる。別に怖いわけではない、話の通じない馬鹿としゃべるのは苦痛しかないからだ。
帝都の中心に大きな城がそびえ立っている。城全体に邪気があふれ出ていた。ここに住む人間はもう人間ではないだろう。バガニルさんの言ったとおりだった。
魔王は国のトップからしか生まれないそうだ。少しずつ城を中心に邪気が集まってくるという。
魔王が誕生すれば、溜まっていた邪気が一気に解放され、モンスター娘は急激に大魔獣へ変貌するそうだ。
魔女とスキスノ聖国の法皇はそのことを知っている。だがその噂は中々流れない。
魔王が生まれるのは百年間隔だ。人間の記憶は百年も経てば忘れてしまう。
むしろ正しい情報を流せば、民衆は怒り狂い、相手を殺しにかかるそうだ。なんと愚かなことか。
そして私は城の玉座の間に連れてこられた。玉座には男が一人座っている。二十代後半で押せば青汁が出そうな、真っ青な青年だと思った。おそらくこいつがボンクラ皇帝なのだろう。
正直、姉のバガニルさんはおろか、弟のゲディスの前では葦のようにちっぽけに見える。
後方には大勢の貴族が立っていた。どいつもこいつも目が虚ろででくの坊にしか見えない。銀色の鎧を着た衛兵も立っているが、タコイメで見たミノタウロスの方が頼りがいに見える。
「クフフフフ。こいつがウッドエルフか。余の子供を孕む大切な器か」
ボンクラの頬に笑いの渦が漂う。それを見て私は虫を詳細に眺め、やがて泣き出す子供のような確実に恐怖に変わる感動を覚えた。
「ムフフ。この亜人がわたくしたちの子供を産む道具なのですね。こんな便利なものがあったら苦労はしなかったのに。ゲディスには怒りしか湧きませんわね」
「もちろんだ。子供が生まれたらさっそくサマドゾ領を滅ぼすとしよう。そもそもゲディスが余の目の届かぬところにいるのが気に喰わんのだ。あいつは余の近くに置いて、甚振って楽しみたいのだ。あいつが不幸になり、人生に絶望する様を見たいのだ。クフフフフ」
「まったくでございますなぁ。皇帝陛下はこの世界の支配者でございます。ほんの少しの我慢も認めてはなりません。陛下の好きにふるまうのが帝国民の役目。それを先代はまったく理解しておりませんでしたな」
女と中年男が嗤う。女はおそらく皇妃のバヤカロだろう。男を引き付けるところがあるが女友達には嫌われ、男しか相手にされない性質だ。
目つきは鋭く、氷のような冷たさを持つ。私は人間じゃないが、こいつと付き合いたくはない。
中年男は父親のアヅホラだろう。まるで豚が二本足で歩いているようだ。愛嬌があればいいが、こいつは人を不快にする印象しかない。
「さてそこのお前。早く余の子を孕め。ウッドエルフなんだから簡単にできるだろう?」
ボンクラが言った。いくらウッドエルフでも簡単に子供は作れない。ただ子供が作れるとしか聞いていないようだ。まったくこの幼稚な男は呆れてしまう。
ウギラルは私の戒めを解いた。別に痛くはないが、怒りがこみあげてくる。私を拘束したことじゃない、ゲディスを悪く言ったからだ。
「……子供は作れません。なんでもウッドエルフはおろか、フラワーエルフも生涯に一度しか子供は孕めません。なのであなたの子供は宿せません」
私は言い切ってやった。ゲディスとガムチチなら喜んで孕んだが、こいつの子供を宿すなど真っ平御免だ。生涯に一度というのはバガニルさんから聞いた話だ。
するとボンクラは怒りで真っ赤になる。ふふん、いい気分だ。こういう馬鹿にはいい薬だ。
「あとあなたは種無しカボチャです。ここからでも見れますが、あなたには子を作る機能がありません。残念でしたね。それとそこの女も同じです。子供を宿すことができないみたいですね。あはは」
これは本当の事だ。人には命の輝きが見える。ぼんくらとバヤカロには互いに子供を作る機能がない。いくら肌を合わせても子供は一生できないのだ。
「こっ、この薄汚れた亜人がッ!!」
ボンクラは剣を取り、私に切りかかろうとした。魔法を使う必要はない。
こいつの足を引っかけると、ばたんと床に接吻した。まるでカエルのようにピクピクしている。
「あなたは一生ゲディスに敵わない。バガニルさんを超えることもあり得ないわ」
私は床に這いつくばるボンクラ皇帝にそう吐き捨てた。
亀甲縛りを出したけど、布で隠しているから大丈夫だと思う。




