第六十話 エロガスキーと手合わせ
「まったく、お主は気が短すぎるぞ。ちょっとした冗談ではないか」
エロガスキーが起き上がり、愚痴をこぼした。するとバガニルはぎろりと鬼のようにらむ。
エロガスキーはそれ以上何も言えずに黙ってしまった。
ドラゴニュートの兵士たちはくすっと笑っている。あまり人望はなさそうだ。
「それよりもエロガスキー。あなたに頼みたいことがあるの。私の弟とその相方を鍛えてほしいのよ。来たるべき魔王降臨の際に、大魔獣が大量発生する。その処理方法を教えてくれないかしら」
バガニルは威圧的だった。彼女の身体は巨人の身体から、すでに戻っている。それでもエロガスキーが子犬のように縮こまっていた。
「それが人に物を頼む態度か……、いやなんでもない」
エロガスキーはむくりと立ち上がった。ぱっぱと泥を払うと、ゲディスたちの前に立つ。
「では改めて挨拶するぞ。妾はエロガスキー、このハボラテを支配する大魔王よ。もっとも世間でいわれる魔王ではないぞ、あくまで自称じゃ」
「はあ……」
エロガスキーが挨拶したが、ゲディスたちは何とも言えない気分になった。先ほどの痴態を見せられたら大魔王と言われても、威厳がない。
それに幼女の姿ゆえに威圧感もなかった。
「こりゃバガニル。お主のせいで妾の株が激下がりじゃ。どうしてくれる」
「もともとあなたに威厳などないでしょう。それでもあなたは強いからこの子たちを鍛えるのにふさわしいから、ここに来たのよ」
バガニルが言う。よく見ればエロガスキーの魔力はバガニルより高い。下手をすればその魔力に飲み込まれそうだ。台風の中に飛び込むような覚悟が必要だ。
「やれやれ、お主には敵わんわい。ではお前らを指導してやるかのう」
エロガスキーは右手で指をパチンと鳴らした。すると石の床に薄緑色の光の線で魔法陣が描かれる。どうやら防御結界の様だが、一瞬で張ってしまったようだ。
「結界を一瞬で張るなんて!! こんな人見たことない!!」
「お前の罠魔法とは違うのかよ」
「全然違います!! 僕の罠魔法はあらかじめ罠に使う道具に術式をかけて、使用するときに魔力を注ぐんです。でも結界は違います、魔法陣を直接描かなくてはならないし、ちょっとでも書き損じたら効果は発揮されないんです!!」
結界が発動されているということは、魔法陣はきちんと描かれていることだ。
驚くゲディスを見て、エロガスキーはほくそ笑む。
「ふふん。妾の結界はけた外れじゃ。多少の魔法ではびくともせんぞ。さあ、遠慮なく黄金魂を発動させるがよいわ」
エロガスキーは挑発している。ゲディスとガムチチは黄金魂を発動させた。二人の身体は黄金色に輝く。二人が並ぶと黄金力は共鳴し、巨大な光の柱が生まれた。
「ほほう、なかなか立派な黄金の魂じゃな。光の柱もそそり立って居るわ。じゃがまだ若い!!」
するとエロガスキーはくるりと背を向ける。そしてお尻を振り始めた。
「ファイフォン、フェイフォイン! ウォペッツ、ヴォリヴァーリ!!」
邪気収集の儀だ。よく見れば尻で五方星を描いている。だがその速度があまりにも手際よい。
普通のモンスター娘と違い、すぐに尻から紫色の光線を発射した。
光線はゲディスたちに目掛けて発射されたが、二人は左右に分かれてかわす。あまりにも大雑把な攻撃にガムチチはエロガスキーを小馬鹿にした。
「どんなに強力な技でもあたらなければ意味が―――」
ガムチチの身体が弾け飛んだ。床から何かが飛んできたのだ。それは薄緑色の柱であった。
防御結界が突如突起してガムチチを攻撃したのである。
予測外の攻撃にガムチチは床へ叩きつけられた。げほげほと吐き出すが、すぐに気を取り直す。
「ガムチチさん気を付けて! エロガスキーは防御結界を一部細工して攻撃に使うことができるんだよ!」
イターリが叫んだ。先ほどの攻撃は思ったほど大した威力ではない。だが黄金力を纏っていなければ、即死していた可能性がある。
「嘘でしょ……。結界に細工するなんてありえない。この人は一体何なんだ……」
ゲディスは驚愕した。エロガスキーが再びお尻を振り出した。ゲディスはまた床に注意を払うが、
光線は来ない。
エロガスキーが突如お尻を突き出して、ゲディス目掛けて飛び出したのだ。
ゲディスは彼女のお尻に衝突し、ばちんと弾き飛ばされた。
ゲディスは頭がくらくらする。エロガスキーはお尻をさすっていた。
「ふぅ、尻が痛いわい。お主なかなか見どころがあるぞい」
エロガスキーは余裕たっぷりだ。先ほどバガニルに対して痴態を晒していたが、彼女の実力はとてつもなく高い。幼稚な思考でも戦闘経験は豊富の様だ。
「ゲディス、こいつはなめてかからない方がいい。二人であいつをかく乱させるぞ!!」
「はい!!」
ゲディスとガムチチは気合を入れる。二人の身体から黄金力があふれ出し、身体が宙に浮かんだ。
エロガスキーは再びお尻を振り始めた。
「ファイフォン、フェイフォイン。ウォペッツ、ヴォリヴァーリ!!」
尻が光り始める。ゲディスたちは玉座の間を目にも止まらぬ動きで飛んでいた。
バガニルとイターリは二人の動きを追えない。
だがエロガスキーは途中で尻を止める。すると光線は拡散されてしまった。
最後まで五方星を描かなかったために、光が凝縮されなかったのだ。
光は玉座の間にまんべんなく発射される。そのためゲディスとガムチチは攻撃を喰らい、床に叩きつけられた。
「うぅぅ、強い……」「ああ、まったくだ……」
ゲディスとガムチチはそうつぶやいた。その後気絶した。
エロガスキーはとても強い。なぜバガニルに負けたのかわからなかった。
「お主たちはまだ経験が少ない。身に着けた技術をまだ研鑽しておらん。人間の強さは短命ゆえに技術を磨くことじゃ、自分の代では達成できなくとも、その次に託される。お主たちは自分の素質を理解しておらぬな」
エロガスキーは可可大笑いした。
☆
ゲディスたちはとある一室で寝かされていた。部屋の大きさは一軒家が丸ごと収まるほどの広さだ。これはエロガスキー自身、身体が大きいためである。
それに魔族にも大型種が多く、ベッドも種族に合わせて用意されているという。
ゲディスたちは人間用の部屋で、家具の大きさも人間用だ。もっとも部屋自体が広すぎるので落ち着かない。
ゲディスとガムチチはベッドに寝かされていた。バガニルとイターリは用意された椅子に座り、白く丸いテーブルに囲んでお茶を飲んでいる。
「いや~、ひさしぶりにエロガスキーの戦いが見れたけど、さすがだね」
「ええ、彼女を倒せるのはよほどの力がなければ無理でしょう」
「バガニルさんなら圧勝じゃないのかな?」
「あれは彼女が本気になっていないだけです。あくまでじゃれていただけのこと。敵を相手にすれば彼女はまったく油断はしませんから」
「実力としてはハボラテで彼女にかなう相手はいないんだけどね。性格があれなもんだから、部下の信頼が低いんだよ。強さに関しては絶対の信頼があるのにね」
バガニルとイターリはため息をついた。ドラゴニュートの兵士が笑ったのは、普段は悪戯好きの主が懲らしめられたためだ。それと相手がバガニルだからである。これが知らない相手ならエロガスキーは油断しないし、兵士たちも動く。
この城においてバガニルは家族の様な扱いを受けていた。もちろん夫であるマヨゾリ卿とワイトにパルホも同じである。
問題はゲディスとガムチチを鍛えることだ。本来ならバガニル自身が鍛えてもいいのだが、時間が足りない。
多少は無茶かもしれないが、エロガスキーとの鍛錬は一日で通常訓練の一年分ほどの濃さがある。
もっとも死ぬ確率はかなり高い。サマドゾ王国の兵士でも彼女と一日耐えきれたら幹部に昇格できるが、そのために百人近くの人材が命を落とした。
残念だが簡単に死ぬような相手に用はない。これから来る地獄は甘いものではないのだ。
「それはそうとクロケットさんは大丈夫かな。彼女がいつ攫われるか心配だね」
「その点は抜かりありません。彼女にはすべてを話しました。それに彼女を攫うのは私の部下です。問題はないですね」
バガニルが断言した。イターリは何も言わないが内心舌を巻いた。
彼女の部下は、アヅホラ・ヨバクリ侯爵が躾けた暗殺集団だ。それなのに彼女は暗殺集団を自分の手駒にしてしまう。
バガニルの恐ろしさは魔女としての知識だけでなく、抜け目なさもあると、イターリは思った。




