第五十九話 エロガスキー登場
「ゲディス。あのお城を見なさい。どう思う?」
「……すごく、大きいです」
バガニルは目の前にそびえ立つ城を指差した。その城は岩山のようにそびえ立っている。
ゲディスはその壮大な光景を見て、ため息を漏らした。
「ここまで大きな城は初めて見るな。いったいどんな手を使ったのやら」
ガムチチは見上げて、感心していた。彼は帝都の城を見たことがあるが、その城を一飲みしてもおかしくない。
岩山と称したが、外見は美しい細工が施されている。柱には均整の取れた女神像が彫られている。門には茨の細工がまるで本物のように見える。これ自体巨大な芸術品と言えた。
「歴代の大魔王が作ったんだよ。最初は岩山から石を切り出し、積み立てていったんだ。ただ積み立てただけで無骨な作りだったんだよ。そこに少しずつ細工を施していったのさ」
説明をしたのはイターリであった。彼は歴代法皇の記憶を受け継いでいる。その際に大魔王と出会っており、様子を見ていたのだろう。
「というか大魔王はエロが好きなやつだけじゃないんだな」
「ガムチチさん、エロガスキーですよ。まあここで城が作られたのは千年前。それ以前にも魔王を自称する魔族は多かったね」
イターリ曰く、スキスノ聖国が成立した頃は魔王を自称する魔族がいたという。
人間とモンスター娘の間に生まれた子供が、人間たちに迫害されたので、それを恨んで同じ境遇の魔族を集め、人間たちに戦いを仕掛けたのだ。
当時はモンスター娘に対する憎しみは、今と比べて激しいものだそうだ。モンスター娘と結ばれた人間は即村八分にされ、モンスター娘はなぶり殺しにされるのが常だったという。
スキスノ聖国では人間とモンスター娘の共存を掲げた。もちろん魔王によって滅ぼされた国を中心に布教していた。それ以外の国だと鼻で笑われ、狂人呼ばわりされたという。
イターリは軽い口調で語っていたが、目は笑っていない。彼自身含むものがあるのだろう。バガニルと同じように歴代の法皇たちの苦悩を受け継いでいたのだ。それは想像を絶する苦しみである。
「でも今は違うのでしょう? 大切なのは過去ではなく未来です。もちろん過去を忘れるのではなく、語り継ぐのも必要です。僕らは法皇と魔女のおかげで幸せになれたから、感謝の気持ちを込めるべきですね」
ゲディスが言った。確かに現在は違う。人間とモンスター娘が結ばれることに抵抗する人間は少なくなった。さらにスキスノ聖国が力をつけたために、権力に守られていった。
ゲディスの言葉にバガニルとイターリは柔らかな笑みを浮かべた。その言葉に救われた気分になる。
☆
ゲディスたちは城の中に入った。案内をしてくれたのはヤギ頭の魔族バフォメットだ。執事のゴートンというらしい。背中に蝙蝠の羽が生えており、恭しく頭を下げた。バガニルは気さくに挨拶しており、二人は顔見知りの様だ。
城の内装は立派なものであった。真っ赤なじゅうたんに壁には燭台が飾られている。
廊下には様々な絵画が飾られていた。風景画や人物画が並んでいるが、大魔王エロガスキーの絵が多く、さらにエロガスキーの彫像もこれみよがしに並んでいた。
「なんかエロガスキー関係の美術品が多いですね」
ゲディスが言った。するとバガニルは顔をしかめる。ゴートンは何も言わないが、バガニルと同じであった。
「……玉座で会っても呆れないようにね」
苦々しく答えた。一体エロガスキーとは何者なのだろうか。
そうこうしているうちに玉座にたどり着いた。ドラゴニュートの兵士たちが槍を持って整列している。玉座はなぜか巨大で大人が百人乗っても大丈夫のように見えた。
「フハハハハ!! よく来たなバガニルの弟よ!!」
大きな声が響いた。まるで銅鑼が鳴らされているようだ。そこでゲディスたちが見たのは、幼女であった。
薄い銀髪で腰まで伸びている。頭部には黒いヤギの角が生えていた。背中には蝙蝠の羽が生えており、身に着けているのは黒いマイクロビキニのみである。もっとも胸は平たく、腹も出ており、くびれなどない。
問題は大きさであった。三階建ての家を軽々超えているのだ。幼女はゲディスたちを見下ろしている。ゲディスたちは逆に見上げないと顔が見れないくらいだ。
「妾はエロガスキー! 偉大なる大魔王であるぞ!! フハハハハ!!」
幼女こと、エロガスキーは高笑いを上げていた。幼女声なので威厳がない。偉そうである。
「……なあ、街中で観た自画像と全然違うんだが、俺の目が悪くなったのか?」
「いいえ、あなたの目は正常よ。あれはあの女が芸術家に命じて作らせたものなの」
ガムチチの言葉に、バガニルが額を押さえながら答えた。所謂理想の自分を押し付けたというわけだ。
「なんじゃ、バガニル。ひさしぶりに会ったんじゃぞ。もう少し喜びの声を上げんか」
「……私があなたと出会って、なぜ喜びの声を上げなければならないのかしら?」
エロガスキーが話しかけると、バガニルは不機嫌そうに答えた。
「フハハハハ!! 照れ臭そうにするでないわ!! この天を突くほどの美しい巨体、すべてを見通す賢者の如き知性!! そんな大魔王と顔見知りなのじゃぞ、その幸運を噛みしめるがよいわ!!」
エロガスキーは笑っている。確かに巨大だが美しいとは言えない。知性も幼女並みに低そうだ。
ゴートンも頭を抱えている。いつものことらしいが、執事としては頭が痛いのだろう。
「大体、バガニルよ。お主は妾に嫉妬しておるのだろう? 大体お主の格好は何じゃ、胸や尻を見せつけておるではないか。いい年してみっともないと思わんのか? アッハッハ!!」
エロガスキーは腰に手を当てて、胸を張って笑っていた。バガニルの目は血走り、据わっている。
ゲディスはそれを見て、ぎょっとなった。養子に出される前に今の彼女を見たことがある。
皇妃になる前のバヤカロがバガニルを侮辱したことがあった。バガニルは相手にしなかったが、バヤカロはゲディスを馬鹿にしたのだ。
その途端バガニルはバヤカロの額をつかむ。そして万力のような力で握りしめた。
バヤカロは苦しみ、悶えた。片腕だけで持ち上げたのだ。その後、バヤカロは気絶した。
皇太子であったラボンクとバヤカロの父親、アヅホラ・ヨバリク侯爵は抗議したが、ゲディスを侮辱した罰としてお咎めなしとなった。
そのためバヤカロたちはバガニルに対して憎しみを抱いていた。
「やーいやーい。ドスケベ女~♪ ち~じょ、ち~じょ♪」
エロガスキーは調子に乗ってはやし立てた。バガニルは拳を握る。血管が浮き出ており、頭から陽炎が揺らいでいた。ゲディスはそれを見て、ガムチチとイターリを後ろに下がらせる。
次に惨劇が始まると思ったからだ。
「ち~……、グハァ!!」
その瞬間、エロガスキーがのけぞった。バガニルが彼女の顎に膝蹴りを食らわせたからだ。
一瞬の出来事であった。まるで火山が噴火したような勢いである。
エロガスキーの巨体は床に倒れた。そのため城全体が揺れる。エロガスキーは顎をさするが、バガニルは彼女の額を踏んでいた。
「ちょっ!! 妾は大魔王じゃぞ! 足蹴にしていいと思っておるのか!!」
「ええ、思っていますよ。あなたにお仕置きしてくれとあなたの部下に懇願されてますからね」
バガニルはハイヒールでエロガスキーの額をぐりぐりと踏んでいる。エロガスキーは自分より小さい人間を振り落とせず、もがいていた。おそらく魔法の力で抑えているのだろう。
「のぎゃああああああああ!! 痛い痛い痛い!! このサド女が!! 歴代魔女でもお前みたいな女は初めてじゃ!!」
「……そうかもしれませんね。あなたの千里眼は世界のすべてを見通します。ですがそれとこれとは別ですが」
バガニルの身体が大きくなった。これも魔法なのだろう。最終的にはエロガスキーより巨大化し、彼女の顔に尻を踏みつけた。顔面騎乗位だ。
エロガスキーはもがき苦しんだが、やがて息絶えてピクリとも動かなくなった。
その様子を見たゴートンを始めとした兵士たちは、「ざまぁ」とつぶやき、バガニルに対して親指を立てた。
なんというかエロガスキーの人望の低さがうかがえる。逆にバガニルに対して尊敬の目を向けていた。
「……確かこいつは五百歳くらいなんだろ? なんでこんなに幼稚なんだ?」
「簡単だよ。エロガスキーは精神が成長していないのさ」
ガムチチの疑問をイターリが答えた。
長命種は寿命が長いが、精神が成長しづらいという。長い年月を過ごすには気が長くないと生きるのにつらいらしい。
それに長命ゆえに学ぶことも少ないのだ。むしろ人間の方が短命ゆえに知識の吸収にどん欲だという。
よってエロガスキーよりもバガニルの方が強いらしい。魔力自体はエロガスキーの方が上だが、使いこなせていないのだ。もちろんバガニル限定で、普通の人間が勝負を挑めば、人間の方が死ぬという。
ひさしぶりに修羅になった姉を見て、ゲディスは思った。
「姉上はまったく変わってなくて、安心したな」
逆に安堵した。




