第五話 マッドゴーレムの黄金
タコイメの町から少しほど北へ歩くと田園が広がっている。タコイメの名物である水田だ。ゲグリソ田園というらしい。アマゾオにも同じ名前の村があるそうだが、作ったのはアマゾオ出身の人間だという。
集落には巨大な木製の達磨が置いてある。この達磨が米押すことで味の良い米になるということだ。タコイメでは米押し達磨と呼ばれている。鯛釣り船と米押し達磨が名物なのだ。
もっとも高齢化が進み、今では三軒ほどしかいない。それもいつ倒れてもおかしくない老人ばかりであった。
若い者は地味できつい畑仕事を嫌がり、華やかで夢のある帝都へ逃げ出したのである。
「実際は競争が激しく、他者を蹴落とす事しか頭にない人間ばかりなんだよね」
ゲディスがつぶやいた。それに同行しているガムチチが答える。
「確かにな。俺も帝都に少しだけいたが、いかにオツムの弱い外国人を馬車馬のようにこき使って、雀の涙ほどの給金しか渡さないようにしていたからな」
「本来、それは違法なんだけどね。今の帝都は見栄えが良くかっこいい仕事ばかり探している。外国人が苦しんでも、野犬が騒ぐ程度でしかないんだ。本当のところ外国人の労働力は侮れないのにね。カホンワ男爵はその点うまくやっていたよ」
確かに外国人はこの国の言葉をあまり理解していないし、文字の読み書きができない者も多い。その一方で彼らは腕力があり、耐久力が高い。たっぷり入った水桶を何十回も往復したり、ぎっちり詰まった穀物の袋を平気で二袋抱えるほどの力がある。
しかし帝都ではそういった体力仕事は嫌われていた。そのくせ賃金はその日暮らししかできないほど低い。帝国では自分たちは選ばれた人間であり、もっとも賢いんだという自負がある。なので頭を使わない仕事は下に見られていた。
「そういえばサマドゾの町では外国人の労働力を募集していたはずだよ。きちんと真面目に働けば領民としての資格が得られるはずだけど」
「それは軍隊とかだろう。俺は自由気ままがいいのさ。朝暖かいベッドから起きて朝飯を食べる。そしてギルドに赴いて適当に依頼を見繕う。昼になったら飯を食べ、依頼をこなす。夜になったら銭湯で汗を流した後酒場で一杯ひっかける。最後に家に帰ってがーっと寝るのが好きなのさ」
「なるほど。人それぞれですね」
ゲディスは感心した。彼は真面目な人間でそれなりに強い。なのに辺境伯の軍に入隊せず、その日暮らしの冒険者をしている。人にとって腹を満たせて雨風をしのげる家に住めることに幸福を感じる者もいれば、家いっぱいにあふれる黄金や美しい女が十数人侍らせても不幸と感じる者もいる。人にはその人だけの人生があるのだ。
「さて今日の依頼はマッドゴーレム退治だ。田んぼに住み着いたそいつらを駆逐するのが仕事だな」
「マッドゴーレムですか。普段は人が一切来ない人外魔境にしか棲まないと言われる魔法生物です。それが人里まで下りて田んぼに棲むなんて……」
「そうなのか。それにしてもお前さんはモンスター娘に詳しいな。誰かいい先生に手取足取り教えてもらったのか?」
「……今は亡き、僕の母が教えてくれました。カホンワ男爵領では帝国内のモンスター娘や魔獣の調査に力を入れていたんです。今の皇帝はくだらないからやめろと忠告されたそうですが」
敵を知るのは基本なのに、この国の皇帝は基礎すら理解できないらしい。
この国に住む連中は不幸だと、ガムチチは同情した。
「ハイホー、ヘイヘーイ。オケツ、フリフーリ」
目的の田んぼにたどり着いた。そこには泥でできた美女が上半身裸でくねくねしている。形は腰まで伸びた長髪に、スイカの様な大きさの胸、くびれた腰に臀部は半分まで出ていた。見る人が見れば田んぼに下半身を突っ込んでいるようにしか見えないだろう。全部で五匹いる。
マッドゴーレムだ。この世界のモンスターは女性をかたどったモンスター娘と、魔素の影響で凶暴化し巨大化した魔獣に分かれている。
マッドゴーレムたちはゲディスたちに背を向け、お尻を振り振りさせていた。
ゲディスが剣を強く握る。ぎろりとモンスター娘たちに殺意を抱いていた。
それをガムチチが抑えた。
「落ち着きな。アラクネの時みたいに暴れるんじゃないぞ」
「……すみません。ですが僕はいらだってしょうがないんです。あのモンスター娘の言葉と、お尻を振る仕草が気に食わないんです」
ゲディスは気持ちを落ち着けた。ガムチチも自慢の太くて硬く、黒光りした棍棒を手にしている。
「ハイホー、ヘイヘーイ。オケツ、フリフーリ!」
マッドゴーレムが再び尻を振る。そして腹部に力を入れる仕草を見せると、尻を突き出した。
すると尻から破裂音がした。そこから金色に光る何かを発射したようだ。
「気を付けて! マッドゴーレムの黄金の矢だ!!」
他のマッドゴーレムもお尻を振り振りさせてから、同じことを繰り返す。
ブババッ!!
ブリリッ!!
不快な音を立てながらマッドゴーレムは黄金の矢を放つ。
「あいつらは泥の中にあるわずかな鉱石を集めることで、それを矢に錬成する能力があるのです。奴らが矢を出さなくなれば、後はお尻目掛けて攻撃してください!!」
ゲディスは逃げ回りながら、ガムチチに指示した。よく見るとマッドゴーレムがひりだした黄金の矢は細長い棒のように見える。ほとんどは鉄や銅だが、中には黄金も交じっていた。これが体に突き刺されても大した傷にはならない。だが泥が付着しているので、傷口から腐敗する可能性が高くなる。
「事前に情報を知らないと、えらい目に遭っていたぜ!!」
マッドゴーレムが矢を出さなくなった。代わりに腰をくねくねさせている。新たに泥の中から鉱石を集めているのだろう。ガムチチは走り出した。そしてマッドゴーレムの尻を思いっきり叩きつける!!
マッドゴーレムは吹き飛ばされ、形が崩れた。他の仲間は動かない。仲間が倒されても反撃する知性がないのか、おろおろするだけだ。
「うりゃあ!!」
ゲディスの叫び声が聞こえた。彼はマッドゴーレムのお尻に剣を突き刺す。マッドゴーレムは口を大きく開け、「おふぅ」とうめくと、その身を崩していった。
ガムチチは気を取り直して、マッドゴーレムの尻に自慢の黒棒を叩きつけた。ゲディスは尻目掛けて剣を指していた。
数分後、マッドゴーレムは全滅した。素材はゴーレムの泥だが、それは田んぼの中に混ざってしまった。もっともゴーレムの泥は栄養が高く、畑などにばらまくのにちょうどいいという。それにマッドゴーレムが生み出した矢はすべて拾った。鉄や銅がほとんどだが、二本ほど黄金が混じっていたのだ。もっとも釘ほどの大きさしかないが、金は金である。
「お前、女が嫌いなのか? マッドゴーレムの尻を全部剣で突き刺していたが」
「……僕は女性が嫌いなわけではありません。モンスター娘の尻が嫌いなだけです」
ゲディスが吐き捨てるように言った。彼には深い闇がある。ガムチチはそう思った。
ある意味ギリギリだと思った。マッドは英語で泥と読みます。
鳥山石燕の画図百鬼夜行に出てくる泥田坊みたいなものですね。
というか鯛釣り船に米押し達磨自体、ネタであり、そのネタを強引に結び付けて物語を作っています。