第五十六話 デルキコ・ヨバクリ
ヨバクリ侯爵領はゴマウン帝国の北部にある。昔はセヒキン王国と呼ばれたが千年前に滅んだ。それ以来まともな作物が取れず、貧しい土地となった。
代わりに魔獣が多く徘徊する危険な場所でもある。一年の半分は冬の雪に包まれており、作物の量が少ない。
百年前にゴマウン帝国の皇帝、ゴロスリの命令でこの土地を支配することとなった。
だが初代ヨバリク侯爵は皇帝の命令を謹んで受けた。初代は寒冷地で育つ作物を中心に農業に力を入れていた。さらに体を温めるための火酒の開発にも着手し、今ではヨバクリ領の火酒は名物となっている。
だが二代目である息子はイラついていた。なぜなら自分たちを貧しい土地に押し込められたことに腹を立てていたのだ。それは誤解である。
当時は西方のサマドゾ領は他の国より魔獣が強く、さらに大魔王エロガスキーが支配している危険地域であった。
東方のゴスミテ侯爵領は魔石鉱山を保有していたが、まともに運営できたのは、十年後であった。魔石鉱山は魔素が濃く、常人では窒息死してしまうのだ。
南方のオサジン領はトナコツ王国と隣接していた。こちらの方は交易しており、豊かであった。だが当時はカホンワ王国と険悪の仲であった。いつ戦争が起きてもおかしくない状況であった。
だがヨバリク侯爵の息子は他の三人を憎んだ。なんで自分だけこんな僻地にやられるのか、納得できなかった。これは母親の影響が強く、息子に僻地に追いやられた愚痴をこぼした結果、領民を憎むようになったのである。
初代は高潔な人物だったが、その子供は不貞腐れていた。家族には食事の時に愚痴をこぼし、使用人に対しては理不尽な怒りを振るっていた。おかげで二代目は家族にも領民にも嫌われていた。彼が死んだ後もざまぁみろと陰口を叩かれる始末である。
もっとも三代目は真っ当な人間であった。父親があまりにも子供じみた情けない人間なので、息子はそれを反面教師にしたのである。父親が生きていたころはおとなしくしていたが、死後は領民のための政治を行った。
ところが四代目は父親に反発した。二代目と同じで我慢を知らず、いつもイライラしていたのだ。それが現在のアヅホラ・ヨバリク侯爵である。
彼は自分の娘バヤカロを皇妃にすべく、色々動いていた。その狙いは当たり、ホクホクである。今は帝都に行ったきりで領地にはもう十年も帰っていない。妻と一緒に派手な生活を送っているそうだ。
そして五代目はデルキコ・ヨバリクだ。彼は両親や姉にぼんくら呼ばわりされている。領地運営は一切関わらせていない。有能な執事にすべて任せてある。領民もそう思っていた。
☆
「ふぅ、疲れました」
執務室で一人の青年が椅子に座りながら、伸びをしていた。キノコの様な髪型で倖薄そうな顔立ちである。体つきも女のように細く、頼りなさそうに見えた。
彼こそがデルキコである。彼は執事の代わりに執務を行っていた。デルキコは昔からぼんくら呼ばわりされていたが、実際は違う。彼は三代目の記憶を受け継いでいた。これはゴロスリから伝授された記憶継承魔法のおかげである。
これは能力に相応しい人間に自動的に記憶を継承する魔法だ。普通なら親から子へ受け継がれるものだが、ヨバリク家は孫から孫へ受け継がれた。これは受け継いだものだけの秘密であり、アヅホラは知る由もなかった。
「しかし、父上たちは驚いたな。普通なら年に数回は領地に戻るのに……」
デルキコは裏でこっそり独自の兵力を集めていた。そもそもヨバリク領は魔獣が強い。その魔獣の素材は高く売れる。さらに魔獣を狩る者も強くなるのだ。ヨバリク侯爵領では兵士が強いと評判である。しかしアヅホラ夫妻はそれが理解できない。
彼等にとって大事なのは華やかな生活であり、地味で求道じみた生活ではないのだ。
「おかげで兵力を堂々と強化できた。それに花級の冒険者であるセヒキン姉妹も呼び寄せることが出来たな。その癖誰も父上たちに報告しない。余程信頼がないのだな」
もちろん堂々と言っても執事を介してのことだ。普通なら領地でも噂が立ち、帝都へ耳が届いてもおかしくない。それなのに商人たちはまったく連絡をしないのだ。これは商人たちがアヅホラ夫妻を嫌っており、あいつらの喜ぶ顔なんか見たくないとデルキコのことを教えずにいたのである。
机の上には手紙が並べてある。これはサマドゾ王とゴスミテ王、オサジン執政官の手紙だ。
この家にも黒ハーピーのヒアルが配達している。情報の共有は重要なのだ。
「うぐぅ……」
デルキコの下でうめき声が聞こえる。それは女だった。オークの女である。毛深く豚鼻で、牙が生えていた。女は四つん這いになり、ボールギャグをはめられていた。だらだらと涎を垂らしている。
「ふふふ、屈強なオークがボクの椅子になる。これほど気分のいいものはないな」
デルキコは薄笑いを浮かべた。彼女はデルキコによって魔族にされたのだ。デルキコは見た目と違い体術が得意である。オークなどお茶の子さいさいであった。
「うぐぅ、ふぉいうぉとくぉに、いしゅにしゃれるにゃんて、しゅてき……」(強い人に、椅子にされるなんて、素敵)
ちなみに彼女は自主的に椅子になっていた。デルキコは父親と姉にいじめられてきたが、大義のために柳のように流していた。
デルキコは彼等を見下していた。自分たちが無能なのに、息子を無能呼ばわりする性格に呆れていた。子供じみた精神に憐憫の情さえ沸いたくらいだ。
デルキコは他にもケンタウロスも乗馬用にして飼っていた。これはケンタウロス本人が自分を調教してくれと頼んだのだ。もちろんデルキコは嗜虐趣味ではない。彼はなぜか倒した魔族に惚れられるのだ。しかもそろって被虐趣味というから開いた口が塞がらない。
「くっくっく、豚の癖にしゃべるなんて生意気だね。お仕置きが必要だな」
デルキコは乗馬用の鞭を取り出す。そして彼女の尻を無慈悲に打ち付けた。
ぴしりぴしりと肉と肌が打たれる音が響く。鞭を打つたびにオークは歓喜の声を上げた。
目はうっとりとしている。デルキコの目は死んでいた。
「……この後パーンの毛刈りが待っている。なんで私の周りには変態しか集まらないのだろうか」
「しょれふぁ、デリュキコしゃまも、ふぇんたいれすからよ」(それは、デルキコ様も、変態ですからよ)
オーク娘が言った。それを聞いてデルキコはやり切れない顔になった。
最初デルキコはサドではなかった。個性がないのでサドにしたけど、実際はマゾに好かれる性質にしました。




