第五十三話 双子たち
「だぁ、だぁ」
ゲディスの家で赤ちゃんが二人ハイハイをしていた。ゲディスとガムチチの双子の娘、ブッラとクーパルだ。まだ数週間しか経っていないが、もうハイハイをしている。
かなり力強く目を離すと消えてしまうため、町の老女たちは数人で見張っていた。
彼女たちにとってブッラとクーパルは久しぶりに生まれた子供だ。もちろんウッドエルフのクロケットが産んだことは知っている。
そのため成長は常人の四倍だと聞かされたが、子供であることは変わりない。
「ふふふ。クーパルは可愛いなぁ。ガムチチさんそっくりだ」
「ブッラも可愛いぞ。お前さんそっくりだ」
ゲディスとガムチチはそろって自分の子供を見ている。最初は子供に対して否定的だったが、実際に見てみるとその愛らしさに心を奪われた。
だが面倒を見ているのは代理母のクロケットと、町の老女たちだ。二人はあまり育児に係わっていない。
「……僕は末っ子だから赤ちゃんに縁がないんです。それに皇族だから子育ては乳母の仕事でした」
ちなみにゲディスの乳母はお乳をあげているわけではない。それは別の子持ちの女性の仕事だ。乳母の仕事は貴族の子供の教育を見ることである。
「俺も子育てはしなかった。それは母親の仕事だからな。男が手伝おうとすれば鉄拳が飛んできたよ」
ガムチチは吐き捨てるようにつぶやいた。恐らく父親の事を思い出したのだろう。あまりいい思い出ではないようだ。
「子育ては私に任せてください。お二人は男だけしかできない仕事を頼みます」
そこに銀色の長髪で褐色肌の女性が現れた。ウッドエルフのクロケットだ。彼女は紐のような衣装を着ており、大事な部分だけしか隠していない。これは彼女が露出狂ではなく、肌を露出しないと魔素不足に陥ってしまうのだ。
クロケットはブッラとクーパルを抱きかかえる。二人はかなり重い。ガムチチはそれほどでもないが、ゲディスは抱きかかえるとふらふらしてしまう。焦って落とさないか不安になるためだ。
「これからこの子たちに離乳食を与えます。離乳食は町の人に作ってもらいました」
「そうですか。町の人たちには頭が上がりません。僕たちだけでは子育ては無理ですから」
「俺もだ。せめて俺の乳を吸わせてやろうと思ったら、婆さんたちに非難されたよ」
「いやガムチチさん。それは僕でも非難するよ」
三人は他愛ない会話で過ごした。赤ん坊の世話は面倒だ。町の老女たちのおかげでなんとかなっている。特にクロケットは母親ではあるが人間世界の常識は疎い。子供の世話でへまをする可能性があった。
ちなみにイターリは教会に行っている。そこでスキスノ聖国に報告をするためらしい。
「ごめんください」「こんにちは」
玄関の方で声が聴こえた。誰だろうとドアを開くと、そこには黒髪の十歳の子供が二人立っていた。その後ろに眼鏡をかけた髪を束ねた茶髪のメイドが立っている。恐らく二人の乳母だろう。
双子は男の子がワイトで、女の子はパルホ。ゲディスの姉、バガニルの子供だ。
「おやワイトくんにパルホちゃんか。こんにちは。姉上はどうしたのかな」
「はい。今日はぼくたちだけで叔父上に会いに来たのです」「正確には叔父様の赤ちゃんに挨拶に来たのです」
ゲディスが迎え入れると、二人は家の中に入った。メイドはぺこりと頭を下げると、二人の後へついていく。名前はアブといい、二人が赤ん坊の頃から面倒を見ていたそうだ。
バガニルたちとは別に離れていたという。御輿で来たときも近くにいたらしいが、ゲディスはまったく気配を感じなかった。
「わぁ、この子たちが叔父上の子供なのですね。とても可愛いです」「まさしく二粒の黒真珠ですわね。きっと将来は国の秘宝となるでしょう」
ワイトは純粋に赤子を褒め、パルホは言い回しが大人っぽい。ゲディスも兄のラボンクより、バガニルがよく面倒を見てくれたことを思い出した。
ワイトはブッラを両手で抱きかかえた。重いようで身体が揺れる。
パルホの方は抱き抱えている。こちらの方が安定しているように見えた。
「重いなぁ。母上はこんな重いものをお腹に宿していたんだね」「それも二人分ね。さらにお母様は懸命な筋力トレーニングでお腹を引っ込めたから大したものだわ」
ワイトはふらふらしており危うい。逆にパルホはあやしている。男と女の差であろうか。
「君たちは、どうしてここに来たのかな? 姉上を除いて」
ゲディスは二人の目を見る。正確にはワイトだけだ。彼はきょろきょろと目を動かしている。
「……ぼくは考えていたのです。ぼくらは双子で産まれた時からずっと一緒でした」
ワイトはゲディスを見つめる。その目は真剣だ。パルホは口を挟まない。
「でもぼくは男で、パルホは女です。いつかぼくらは離れ離れになると父上や母上にも言われています。でもぼくはそれが遠い世界のお話にしか聞こえないのです。だってぼくはずっとパルホと一緒にいたい。これからもずっとずっと一緒にいたいんです」
ワイトの言葉は偽りがない。純粋でまっすぐな気持ちが伝わってくる。パルホは何も言わない。兄を小馬鹿にしたり、茶化したりすることはない。あくまで彼の自主性を重んじていた。
「……ワイトくん。それはあり得ない話だ。君は姉上の息子、マヨゾリ・サマドゾ陛下の王太子。君はこのサマドゾ王国の王様になる男で、パルホは恐らく他国の王族へ嫁ぐだろう。王族にとって姫は外交のカードだ。君たちは必ず別れる日が来る。そうこの子たちもいつかは僕たちの元を離れていくだろう」
ゲディスがきっぱりと言った。気が弱いがゲディスは皇族として生まれ、男爵という一番低い身分だが貴族である。貴族にとって結婚は義務である。子供を作り跡を継がせる。それが義務なのだ。
ラボンクの様な行為は異常なので例外とする。
「でも今は一緒だよね。今、この時を大切にしなくてはいけないよ。いつかは別れる日が来ても君たちが過ごした思い出は決して消えない。自分が死ぬまでその思い出は消えないんだ」
ゲディスはまっすぐにワイトを見る。ワイトは気おくれしそうだが、じっと叔父の目を見る。
「……ありがとうございます。ぼくは少し不安になっていました。だってパルホは全然未来が見えないと嘆いていたので、母上に捨てられることを恐れていたのです」
ワイトの言葉にパルホが慌てた。
「お馬鹿!! それは秘密だと言ったでしょう!!」
「ん? 未来が見えないってどういうことだ? お前さんは預言者じゃないんだから、未来が見えなくても平気だろう?」
ガムチチが声をかけると、パルホは首を振った。
「違うんです。実は魔女は十歳になると少しだけ未来が見えるようになると、お母様から教わりました。でも私は見たことがありません。このままでは私はお母様から見放されてしまうかもしれないのです」
初めて聞く話だ。ゲディスは詳しく聞いてみることにした。
「ぼくも母上から魔女の話は聞きました。でもパルホは母上の言う特徴がまったく現れないというのです」「そうなのです。私はお母様の跡を継がなくてはならないのに、ちっとも未来が見えません」
パルホは両手を当てて泣き出した。気の強い彼女だが、母親の跡を継ぐことに重圧を感じていたのかもしれない。
「そうなのですか? バガニル様は何も言わないのですか?」
クロケットが尋ねた。彼女はわずかしか話をしてないが、バガニルに対して信頼がある。
「母上に話しました。でも母上はああ、そうなのとしか言いませんでした」「お母様は私を嫌いになったのです。だって魔女の力を受け継がない娘なんて無価値ですもの」
どうやらワイトとパルホは自身の将来に不安を持ち、初めて出会った叔父に相談しに来たのだ。
乳母のアブは何も言わない。あくまで聞かれたら答える程度だ。
なのでゲディスは思い切って尋ねてみる。
「あなたは二人の乳母であり、姉上の部下だ。その姉上から何か聞かされていないのか?」
アブは眼鏡をかけなおす。そしてこう言った。
「……何も聞かされておりません。ですが王妃様はこうおっしゃいました。自分の代で魔女は死ぬかもしれないと……」




