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第四十四話 イターリの黄金水

「懐かしいですね、ここ」


 ゲディスが独白した。ここはタコイメより北方にあるゲグリソ田園である。水田はタコイメの名物ですでに稲刈りは終わったようだ。最近では働き手が増えたために作業が楽になったらしい。

 ゲディスとガムチチ、イターリとクロケットの四人はなぜここに来たのか。

 イターリが修行のためにと連れてきたのである。そのために人目の付かない場所がいいとのことで、ここが選んだという。

 遠くには木造の家が並んでいる。農夫たちの住む家だ。脱穀作業をしており、老人の他に若者たちも一緒に手伝っているのが見える。家の影ではアラクネが見えた。モンスター娘が人間を狙っているのかと思いきや、アラクネは若者と一緒に脱穀を手伝っている。老夫婦もアラクネに対して友好的だ。

 恐らくアラクネは若者を食べたのだろう。男を食べたアラクネは人間と同じ知恵を持ち、農家の手伝いをしているのだ。


「ああ、確かマッドゴーレムが発生していたんだよな。今はどうなんだか」

「農家の方に聞いたらそれなりに見かけるそうですよ。でもマッドゴーレムに食べられたい人とは出会えないようです。下手すれば大魔獣に変貌するかもしれませんね」


 ガムチチも懐かしそうに周りを見てつぶやいた。イターリはそれに反応して補足する。

 隠れ里のタッコボではアラクネが大魔獣アバレルに変化し、暴れ回った話をイターリは聞いていた。


「私も一緒だけど、いいのかしら。ゲディスとガムチチさんのお邪魔にならないかしら」


 クロケットが申し訳なさそうに言った。双子の赤ちゃんはタコイメの老婦人たちに預けてある。クロケットは人間の知識を持っているが経験がない。老婦人たちから育児の勉強をしている最中だ。イターリが無理やり彼女を連れてきたのである。


「邪魔じゃないよ。むしろクロケットさんには来てくれないと困るのさ。これから修行をする前にまずゲディスとガムチチさんにはこれを飲んでもらうよ」


 イターリは胸元から水晶の瓶を二瓶取り出した。中身は黄金色の水が入っている。


「これはボクが作った聖水だよ」

「聖水……? イターリさんが作ったって、まさか……?」


 イターリは一瓶ずつゲディスとガムチチに渡した。ゲディスは中身に疑問を抱く。


「安心しなよ。ボクのおしっこを入れたわけじゃない。大体、ボクは変態じゃないよ」


 イターリの言葉にゲディスは安堵した。安心する部分がずれているが仕方がない。


「なんだ。聖水ってのは小便のことかよ」


 ガムチチは勘違いしていた。彼の住んでいたアマゾオでは聖水がない。奇麗な水が聖水の代わりになる。病気になったときは奇麗な水で体を洗うことを重要視しているのだ。


「なぁに、ガムチチさん。ボクのおしっこを飲みたいの? 悪いけどゲディスさんに頼みなよ。ゲディスさんなら喜んで自分の聖水を飲ませるだろうし」

「飲ませないよ! なんで僕がそんなことをしなくちゃならないのさ!!」


 イターリがからかうと、ゲディスは真っ赤になって否定した。


「あはは、冗談だよ、冗談♪ ゲディスは初心で可愛いねぇ」


 イターリはからから笑っている。しかしガムチチとクロケットは苦い顔になった。


「イターリ。あまりゲディスをからかうな」

「そうですよ。はっきり言ってあなたに殺意を覚えます。いがぐりに飲まれるか、リスたちに食い殺されるか好きな方を選んでください」


 クロケットの目が座っている。彼女にとってゲディスは可愛い孫みたいなものだ。孫を小馬鹿にされて腹を立てない祖母はいない。


「まあ、冗談を笑って過ごせないと、これからの修行はきついよ。たぶんゲディスにはつらいと思うし」


 イターリは真面目な顔になる。語尾も真剣であった。


「まずは聖水を飲んでみて。こいつは男の中にある黄金魂おうごんこんを増幅する力があるんだ」

「黄金魂ってなんだ?」


 ガムチチが尋ねた。イターリ曰く、光の神ヒルカが男に与えた力だという。

 その前に世界中に散らばる魔獣やモンスター娘の事を教えてくれた。

 魔獣は動物のオスに邪気が憑りつき、巨大化し凶暴化するものだという。

 モンスター娘は逆にメスに邪気が憑りついたものである。こちらは男を食べると知性を得るそうだ。クロケットの場合、最初はドライアドだったがウッドエルフに進化したのもいる。

 そして一定期間に男を食べないとさらに邪気を吸収して大魔獣に変化する。こうなると知性はなくただ凶暴になるそうだ。大魔獣アバレルがその例である。


 こうして見るとメスばかり優遇されているように思えるが、実際のところは違う。

 モンスター娘が大魔獣になるのは、女が女を捨てたためだそうな。男の見る目がないと女は堕落する。化粧もせず服装も乱れる。女が獣となるのだ。

 逆に魔獣の場合は黄金魂に目覚めることがあるという。ただし大魔獣より目覚める可能性は低いそうだ。

 黄金魂に目覚めた魔獣は黄金獣となるという。黄金獣は神に近い存在となり、しゃべりはしないが人間以上の知性を得るそうだ。


「そして人間の男でも黄金魂に目覚める場合がある。もっとも自力で習得するのは難しいね、この聖水を飲んでもすぐに使えるわけではないけどね」


 イターリが説明した。ゲディスたちは聖水を飲み干した。無味無臭であった。

すると体が熱くなる。心の奥に澱んでいた泥が消えた気がした。


「うん。なんか力が湧いてくるね」

「ああ、身体がポカポカしてくる。こんないい気分は初めてだ」


 ゲディスとガムチチは沸き上がる力に戸惑いを隠せない。その一方で気持ちが良くなっていた。


「体を鍛えれば鍛えるほど黄金力は増すのさ。逆に体を鍛えずに飲めば黄金力を抑えきれずに死んじゃうんだよ。さてクロケットさん、邪気吸収の儀を行ってくださいな」


 イターリが言った。邪気吸収の儀とはなんだろうと、ガムチチが尋ねた。


「モンスター娘がいつもやることだよ。ハイホー、ヘイヘーイ。オケツ、フリフーリってね」

「正確にはファイフォン、フェイフォイン。ウォペッツ、ヴォリヴァーリィというのですが」


 クロケットが答えた。彼女は魔族になりたてだが、正しいただしい発音を理解していた。邪気吸収の儀とはモンスター娘が行うものだという。イターリが説明したようにモンスター娘が良くやる行為だ。

 まずは呪文を唱え、五方星を描くように腰を振る。そうすることで大気中の邪気を吸収するのだ。

 アラクネなら糸を、マッドゴーレムなら泥水や集積した鉱石を排出するのである。

 イターリはオケツ牧場において安産祈願の呪文と答えたが、言い得て妙といえた。


「ではさっそく二人の目の前でその大きくて男好きしそうなお尻をぷりぷり振ってくださいな」

「……なんか言い方にとげがありますね。いいですけど」


 クロケットはむすっとなりながらも、イターリの言われたとおりにする。

 クロケットはゲディスとガムチチの前に立つと、後ろを振り向いた。彼女は大事な部分しか隠してないので、胸や臀部は丸見えである。もっともゲディスは何も感じない。クロケットが自分を孫と呼ぶように、ゲディスも彼女には肉親に近いものを感じていた。

 

 クロケットは腹部に手をやる。すると腹部に光の玉が現れた。クロケットは五方星を描くように腰を振る。


「ファイフォン、フェイフォイン。ウォペッツ、ヴォリヴァーリィ!」


 すると彼女の尻が光りだす。ガムチチは彼女の尻を見て、怒りの衝動に駆られた。なんとか抑え込んだが、気を抜けばクロケットの尻を攻撃しかねない。

 だがゲディスは違った。


「ウガァァァァ――――――――――!!」


 ゲディスはクロケットの尻を殴ったり蹴ったりした。吠えながら涙を流しながら黒くて大きなお尻に暴行を加えたのである。

 一方でクロケットは平気な顔をしていた。暢気にゲディスを窘める。


「こらこら、ゲディス。女性のお尻に乱暴をしてはいけませんよ」


 クロケットの尻は光っている。どうやら防御障壁が張られているようだ。

 ガムチチは暴れるゲディスを抑え込む。聞かん坊のように腕を振り回すゲディスに対し、ガムチチは口同士で塞いだ。

 イターリはそれを目で覆ったが、指の隙間から覗き見して、「わぁお♪」と歓喜の声を上げた。


「うぅ、うううう……」


 ゲディスは膝を崩し、泣きじゃくった。ガムチチがゲディスの背中をさする。


「……イターリ。いったいどういうことだ? クロケットのケツを見て俺も怒りの衝動が湧いたぞ。ゲディスが暴行を働いた気持ちがわかるぜ」


 クロケットには何の恨みもない。だがいつものモンスター娘の腰ふりと決まり文句を聞いたとき、頭が真っ白になりかけた。自分を抑えられたのは身体から湧き上がる力のおかげだと思った。


「……ゲディスさんの症状がひどいとはね。これはボクも腰を据えないと」

「お前はゲディスの何を知っているんだ。知っていることがあれば全部教えろ」


 ガムチチが睨む。イターリはゲディスがこうなることを見越していたようだ。今のゲディスは自己嫌悪に陥っている。クロケットも慰めていた。


「私も説明してもらいますよ。ぜひとも納得させてもらいたいですね」


 クロケットの目が座っている。返答次第ではイターリを殺しかねない雰囲気だ。

 イターリは息を吐く。


「ゲディスは邪気中毒に陥っているんだよ」

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[一言] 邪気中毒を払うのはつらい修業になるのでしょうか?
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