第四三話 帰郷
「ふぅ、ひさしぶりのタコイメだね」
黒髪の少年、ゲディスはほっと一息ついた。本来なら人間と魔族が共存する隠れ里タッコボで一泊して帰る予定だった。ところがウッドエルフのクロケットがお腹に自分の子種を宿し、その上相棒のガムチチの精気を吸い取った。そのまま彼女は双子の女の子を出産したのである。
赤ちゃんが落ち着くまで一週間ほどかかったのだ。
「確かにな。数か月しか住んでないけど、俺たちの故郷だぜ」
筋肉粒々でパンツ一枚の大男が答える。ガムチチだ。ゲディスの恋人でもある。
「ここがゲディスとガムチチさんの愛の巣ですか。一度来たことがありますが、素敵な町ですね」
褐色肌で銀色の長髪の女性が答える。ウッドエルフのクロケットだ。彼女は大事な部分しかマイクロビキニで隠している。手足は黒い皮手袋と革靴で覆われていた。
彼女は二人の赤ちゃんを抱いている。肌は黒い女の子だ。ゲディス似がブッラで、ガムチチ似がクーパルである。
町は賑やかになっていた。サマドゾの領都から流れてきた冒険者たちでにぎわっているのだ。サマドゾ辺境伯はゴマウン帝国に属していたが、独立して王国を作った。現在はゴマウン帝国と戦うために兵士を集めているとのことだ。
もっともタコイメの町に来た冒険者は帝国との戦争が嫌で逃げてきた。代わりにモンスター娘ときゃっきゃうふふするためにやってきたのである。
そんな彼らはクロケットをじろじろ見ていた。
「へぇ、ウッドエルフか。すごくエロい身体をしているね」「けど耳がとんがっているだけでふつうの人間だろ。全然萌えないよ」「けどあいつ赤ん坊を抱えているぜ、肌の色も同じだし、自分で産んだのか?」「きっとゲディスとガムチチの子供だよ。あいつらできてるって話だぜ」「それでエルフの腹を借りて産ませたわけか。そこまでして子供が欲しいのかねぇ」「いやいや誰でも子供は欲しいさ。俺はアラクネとの間にガキが生まれたが、あんなにかわいい子はいないね」「俺だってマッドゴーレムとの間に生まれたよ。知っているか、マッドゴーレムは大地の精霊ノームの子を産むんだぜ」
「そんなら俺だって……」
正直うんざりする声であった。ゲディスは自分の悪口は我慢できるが、ガムチチやクロケットの悪口は許せなかった。しかし彼らの話はモンスター娘との間に生まれた我が子の自慢に移っていく。もっともモンスター娘は男を食べると知性を得て魔族となる。魔族になっても人間の住む町には住めない。スキスノ聖国の司祭が管理しないと一緒に住めないのだ。クロケットも魔族なのだが、ゲディスの仲間であるイターリ・ヤコンマンがなんとかしたという。
「とりあえずギルドに報告しよう。話はそれからだ」
ゲディスが言った。
☆
タコイメの冒険者ギルドは最初寂れていた。受付嬢は赤毛のおさげ少女オコボだけであった。依頼の紙を張る掲示板は精々十枚くらいだが、今では受付嬢は五人に増えていた。そして依頼表も紙で埋め尽くされて見えなくなっている。それを数人の冒険者が剥がして受付に持っていくのだ。
かなりにぎやかになっている。
「おお、ゲディスにガムチチさん! クロケットさんもおひさしぶりだね!!」
声をかけたのは金色の長髪で緑色の裾の高い服を着た美少女だ。中身は男で小悪魔的な雰囲気がある。ゲディスたちの仲間、イターリ・ヤコンマンであった。
「イターリさん。おひさしぶりです」
ゲディスは右手を差し出し握手した。イターリも握手を返す。
今度はガムチチが右手を差し出してきたが、イターリはガムチチの手を取って自分の胸に当てた。男だから膨らみはない。
「あはは、驚いた? ボクの胸を触って興奮した?」
「しないぞ。まったくお前は何を考えているんだ」
「やだなぁ、挨拶だよ。男同士の友情さ」
イターリはからから笑っているが、ゲディスはイターリを睨みつけている。
「イターリさん。あまりからかってはいけませんよ。ガムチチさんとゲディスさんの仲を裂く真似は許しません。私があなたを殺しますよ」
クロケットは目を細めていた。軽く殺気を出している。それでもブッラとクーパルは眠ったままだ。ある意味大物かもしれない。
「まあまあ皆さん。落ち着いてください」
仲裁に入ったのはオコボだ。彼女は気さくだが険悪な雰囲気には慣れていない。
「おお、オボコちゃん。ひさしぶりだね。元気にしていたかな?」
「オコボです! このやり取りも随分久しぶりですね」
「ああ、やっぱり勝手知ったる我が家に帰ってきた気分だよ」
彼女は改めてゲディスたちを自分の受付に呼んだ。そして依頼内容の確認をする。
「本来は隠れ里のタッコボのモンスター娘退治が主でしたね。ですがイターリさんから聞きましたよ。そちらのクロケットさんがゲディスさんとガムチチさんの子供を代理出産したって……。まさか二人と寝室で……」
「あはははは、それはないよ。クロケットさんのようなウッドエルフは手から男の精気を吸い取り、腹部に当てれば妊娠は可能なのさ。一人でも可能だけど男同士の恋人なら二人の精気を交わることでも可能なんだよ」
オコボが尋ねるとイターリが答えた。彼はこの手の話に詳しい。オコボはほっとしたようだ。
「ふぅ、てっきりクロケットさんがその卑猥な体でゲディスさんに迫ったかと思いましたよ。ゲディスさんに抱かれていいのはガムチチさんか、次点でイターリさんだけです」
オコボは意味不明なことを口走った。だがゲディスは理解できない。イターリは口笛を吹いて誤魔化している。
「そうだ、クロケットさんは魔族ですがスキスノ聖国の司祭様が居住することを認めましたよ。それって結構複雑な手続きがいるのですが、一発で許可が下りたそうです。すごいですね」
「あはは、ボクが頼めばお茶の子さいさいさ。クロケットさんはブッラとクーパルの母親だ。ゲディスとガムチチさんだけで育児は不可能だしね。まあ、クロケットさん自身人間の常識は頭にあるけど経験がないから難しいと思うけどさ」
オコボの言葉をイターリが補足する。あと町長の依頼も達成し報酬をもらった。
それとクロケットもゲディスたちと一緒に住むという。当然であろう。ブッラとクーパルを育てるのに女手は必要だ。
「ウッドエルフから生まれたので通常の四倍の速度で成長するよ。でもそれ以外は普通の人間と同じだからね。しばらくは町の女性に育児を手伝ってもらうことにしたよ。町の人もこの町では久々の赤ちゃんだ。育児に腕を振るうと意気込んでいるね」
イターリが言った。なんとも頼もしい。さっそくお世話をしてくれる人たちに挨拶をしたかった。
「そういえば先ほどサマドゾ王から手紙をもらいました。ゲディスさん宛です」
オコボが思い出したようにゲディスに手紙を差し出した。ゲディスは手紙を読んでみる。
『ゲディスへ。マヨゾリだ。十二年も君とは会っていないが元気だろうか。私は現在王国を作ったのでとても忙しい。本当ならバガニルをすぐ寄越したいのだが彼女に抜けられてはにっちもさっちもいかないのだ。なので一週間後に調整してバガニルをタコイメに行けるようにした。町長や冒険者ギルドにも話は通してある。君はバガニルと話をしなくてはならないのだ。今君が悩んでいることはすべてバガニルが答えてくれるだろう。その間待っていてほしい。ではまた』と書かれていた。
「バガニル姉さまがすべてを答えてくれる……? いったいどういう意味なんだろうか」
ゲディスは首をひねっていた。マヨゾリとは六歳の時に出会ったきりだが、なんとも頼りがいのある御仁であった。実兄であるラボンクよりも兄らしいと思った。
「ゲディスさんはバガニル王妃の弟だったのですね。そしてラボンク皇帝の弟でもある……」
オコボは複雑そうにつぶやいた。バガニルは賢妃で有名だが、ラボンクは暗愚だ。ゲディスは二人の弟だが似ていない。幸い町にはゲディスを嫌うものはいないが、いつラボンクの不満をゲディスにぶつけないとも限らない。オコボはそれが不安であった。
「ふふふ、バガニル王妃が来るのに時間があるね。ならゲディスとガムチチさんはボクと一緒に修行をしない? 女には習得できない男だけの力を会得することをお勧めするよ」
イターリが白い歯を見せた。




