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第四二話 オサジン執政官の最後

「あっはっは!! これで気分がすかっとしたぜ!!」


 早朝、ゴマウン帝国の玉座の間では、皇帝ラボンクが椅子に座って高笑いしていた。

 左側には皇妃バヤカロと、右側にはバヤカロの父親、アヅホラ・ヨバクリ侯爵が立っている。

 玉座の間には多くの貴族が立っていた。全体的にラボンクと同じ二十から三十くらいの年齢である。彼等はラボンク派の人間であった。皇帝にこびへつらい、甘い汁を望むものばかりである。よって全員覇気がなく、一般人に貴族の格好をさせたように見えた。

 

 オサジン執政官側の人間はいない。全員排除したからだ。ラボンクはオサジンの食事に毒を入れた。自分の配下を帝都にあるオサジンの屋敷に忍び込ませたのだ。オサジンはそのまま血を吐いて死亡し、ラボンクは謀反ありと決めつけオサジン家を潰した。

 オサジンの家来が家族の首をラボンクに差し出したのである。家来は揉み手をしながらラボンクに媚びを撃ったが、バヤカロが不義だから殺した方がいいと忠告したので首をはねられたのだ。


 どうせならサマドゾ辺境伯やゴスミテ侯爵の関係者も処刑にしたかったが、彼等は建国祭の最中に逃げ出してしまったため、その機会を奪われた。

 しかしオサジンの関係者は片っ端から逮捕し、牢屋に入れてやった。帝都ではオサジンに味方した者は即刻牢屋行か死刑のどちらかだとお触れを出したのである。


「まったくでございますね。皇帝陛下に逆らうものは見せしめにするのが最高でございます」

「もっともオサジンの関係者は家来に殺されましたからな。どうせなら父親の死骸を磔にして家族に見せつけてから処刑にしたかったですな」


 ヨバクリ親子は邪悪な笑い声をあげた。立ちっぱなしの貴族たちは皇帝一家を不気味に感じていた。人間の皮を被った悪魔のように思えた。しかし彼らは後に引けない。ここにいる貴族は自分の父親や兄を毒殺し今の地位についたのだ。ラボンクとヨバクリ侯爵のおかげである。それ故に彼等から逃げ出すという選択肢はない。一蓮托生なのだ。

 それにたとえ相手が狂人であろうと、今の自分たちは贅沢に暮らせている。それを邪魔する気はない。庶民の生活などどうでもいいのだ。彼等は身体だけは大人だが中身は子供のままであった。


「さぁて、次はサマドゾへ攻め込んでやるか。全兵力を集中して、あそこをすべて蹂躙してやる。そして姉上の子供は私のものだ」

「その前にバガニルはわたくしにくださいな。あの女のせいでわたくしはどれほど惨めな思いをしたかわかりませぬ。あいつの子供はわたくしが責任をもって檻に閉じ込め、鞭を打って調教しましょう」

「そうですとも。あの女は平民共の前で辱めて、城で飼うのがよいでしょう。その横にマヨゾリの死骸を置くのです。あの女は気がくるって面白いことになりますよ」


 ラボンクたちはげらげら笑っている。あまりにも吐き気のする会話だが咎める者はいない。なぜなら自分の身が可愛いからだ。それにせっかくの地位を失うなんてバカバカしい。ここには心が子供の人間しかいないのだから。


「将軍よ。早く準備をしろ。何をもたもたしているのだ」


 ラボンクが怒鳴った。鋼の鎧に身を包んだ樽のように腹が膨れた男だ。立派な髭を生やしているが、髭が歩いているように見える。


「……兵力は五千でございます」

「なに?」


 将軍が口を開くと、ラボンクは聞き返した。今、あり得ない数字が聴こえたと思ったからだ。聞き違いだと再度聞く。


「今、何と言ったのだ? 確か帝国軍は五万人の兵力を持っているはずだぞ」

「五千人しかいません。今の帝国軍はバラバラでございます。ロウスノ将軍が亡き後兵士たちは各地へ逃げました。その際に武器や防具、兵糧も盗んでいきました。もうわが軍はスカスカです」


 信じられない報告にラボンクは顔が青くなった。そして腰に佩いていた剣を抜くと、将軍の首をはねる。あまりの動作にさすがのバヤカロとヨバリク侯爵も驚いた。


「わたしにとって都合の悪い報告をするな!! まったく不愉快である!!」


 ラボンクは機嫌が悪い。将軍は首をはねられ、赤い血が噴き出た。彼はラボンクの幼馴染だが、彼にとって耳障りな言葉を入れたために命運が尽きたのだ。


「では宰相、さっさと兵士を集めるのだ。どうせ平民共からむしり取った税金がたっぷりあるだろう」

「ありません」


 宰相が言葉を震わせながら言った。彼は先ほどの凶行を見てもまだラボンクに忠言するつもりなのだ。宰相は細身で貧弱な男だ。服装だけは立派だが中身が伴っていない。高級品の眼鏡をかけているが似合っていない。


「オサジン執政官の目を盗んで予算をやりくりしましたが、もう限界です。国の金庫はからっぽでございます。すべて皇妃様のドレスと宝石に代わりました。兵士もここ最近は帝都を逃げ出す者が後を絶たず、それどころか噂では帝国軍に入ると不幸になると流れています。それにロウスノ将軍はもとよりまともな人材はいません。もう帝国はおしまい。あんたみたいなぼんくらのせいで滅んじまうんだよ! さっさと自殺しやがれ、くそったれ!!」


 ラボンクは宰相の首をはねた。はねられた首は憎しみで歪んでいる。ラボンクは転がった首を蹴っ飛ばした。


「まったく不愉快だな。偉大なる私に指図をするなど、天に唾を吐く行為だ。こいつの一族を即刻捕らえよ。こいつの首を目の前において、死刑にしてやる」

「おっほっほ、それは素晴らしいことですわよ。ついでに将軍の首も飾りましょうよ。愚民どもが見学できるよう帝都の広場で公開しましょう!」

「それは当然のことですな。なぜなら皇帝はこの国で、いいえ、世界で一番偉いのですからな。どうせならアジャック枢機卿がスキスノ聖国の法皇になってもらいたいですね」

 

 アジャック枢機卿はラボンクの伯父である。本当は長男なのだが父親の手でスキスノ聖国へ送られたのだ。アヅホラは一生の友人と離れ離れになり、前の皇帝を憎んでいた。


「お父様、領地にいるデルキコに命じた方がよろしいのではないですか。無能な弟ですが飾りにはなるでしょう」

「だめだめ。あのバカは臆病者だから何もさせない方がいい。領軍を指揮するのは私以外ありえないからな。あのクズに任せるくらいなら死んだほうがましだよ」

「そうだなぁ、デルキコは一生領地に引きこもってほしいな!! あのうらなりひょうたんをみているとこちらがいらつくからなぁ!!」


 ラボンクたちはさらに狂った笑いを上げる。もう正気ではない。ここは地獄かと錯覚するが、脳内で麻薬が分泌されたのか貴族たちには恐怖心はない。ただ偽りの幸福感で満たされていた。例え身体が徐々に蝕まれていっても、死ぬ最後まで気づかないだろう。


 ☆


「……ということです」


 ここは帝都から南方にある森の中。オサジン執政官が収めていた領地だ。現在はラボンク派の貴族によって支配されている。

 その森の中に一軒のあばら家が建てられていた。そこには丸々太った中年男性が住んでいた。木こりのように厚手の服を着ている。椅子にテーブル、ベッドに食器棚にタンス。一通り普通に生活できる環境にあった。

 そこでは黒いハーピーと話をしていたのだ。ハーピーはヒアルである。


「ダシマエ卿の一族が消えたことでラボンク陛下は増長しております。さらに皇妃様とその父親も一緒になって好き放題にしている様子です。ダシマエ卿が生きているとも知らずに……」


 ダシマエ。それはダシマエ・オサジン執政官の名前である。彼はホムンクルスという仮初の命を生み出すことができた。彼が毒殺されたのはホムンクルスの方である。もっともホムンクルスは簡単な命令しか反応しない。きめ細かく動かすには本人の魂を注入して操るのが一番だ。

 そして家族もホムンクルスで作られた偽物だ。裏切った家臣も実際はホムンクルスで、ラボンクに処刑されることも織り込み済みであった。本物はすでにこの地で匿われている。ラボンク派と見せかけて実際はオサジン派の貴族が治めているのだ。情報はその貴族からもたらされたのである。


「ふむ……。ラボンク陛下の暴走は留まることを知らないな。幼少時にゴロスリ陛下からホムンクルス製造を習わなければどうなっていたかわからない。ついに破滅の日が近づいてきたのだな」


 彼は一応死んだことになっているので隠れ住んでいた。時折ヒアルが自分の協力者と連絡を取り合い、情報を交換していたのだ。


「それとサマドゾ領にいるゲディス様の情報です。あのお方はウッドエルフの代理母によって、自身の子供が生まれました。恋人は男性ですが、その方の精気と一緒に双子の女の子が生まれたとのことです」


 ヒアルの報告にダシマエは驚いた。そして納得したように頷く。


「そうか。ゲディス様に子供ができたのか。となるとラボンク陛下とバヤカロ皇妃に子供が生まれない理由が判明したな」

 

 ラボンクとバヤカロの間に子供が生まれないことに何か意味があるのだろうか。だがダシマエは答えずにヒアルに指示を出す。


「おそらく遠い未来、帝都は地獄と化すだろう。オサジン領では兵力を集め、兵糧も集めるようにな。マヨゾリ陛下やトニターニ陛下にも来たる災害に対しての対処をするようにお願いしてくれ。頼んだぞ」


 そうヒアルに伝えると、彼女は飛び去った。残るはダシマエだけである。


「ふぅ……、私の代で魔王が誕生するとはな……。いや、ゴロスリ陛下はこんな絶望感を抱きながら二千年の月日を過ごしていたのか」


 ダシマエは決意を固める。森に隠れたのは領民に見つからないためだ。帝都に魔王が生まれる。そして勇者も登場するがすぐに解決するという。なぜ彼はそれを知っているのか。それはまだ語る時間ではない。

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