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第四〇話 マロンとスクァーレル魔法

 グワッシャアアアアアアアアアアア!!


 大魔獣アバレルの咆哮が大気を震わせた。ゲディスとガムチチも遠くにいるはずなのに身体がびりびりと痺れてくる。

 アラクネは上半身が人間の女で、下半身が蜘蛛のモンスター娘だ。虫嫌いでなければ割と好まれる。しかしアバレルは見た目がごつく、まさに怪物であった。名前の通り暴れるのが好きそうである。


「気を付けて! アバレルはアラクネと違って力技が多いんだ! カホンワ領でも他の領地から来たアラクネが大魔獣に変貌したのを見たことがあるから!!」


 ゲディスが前に出る。黒髪の少年は頼りなさげに見えるが、戦闘経験は豊富だ。オスが変化した魔獣や、メスが変化したモンスター娘の扱いはガムチチ以上に長けている。


「おう、俺はどうすればいいんだ、教えてくれ!!」


 ガムチチはすぐに教えを乞う。こういう時は経験者の言葉を聞くに限る。


「アバレルは糸を滅多に使いません! ジャンプして踏みつけたり、四本の腕を竜巻のように回したりとかなり強引な攻撃をしてきます。なので罠魔法で相手の動きを封じますが、ガムチチさんはその隙にお尻を狙ってください!」

「大魔獣でもケツが弱点なのは変わりなしか! いくぜ!!」


 ゲディスは糸を取り出す。そこから魔力を注ぐ。普通のアラクネならすぐに糸を放り投げ発動させるが、アバレルの場合は通常のアラクネより十倍の力を持つ。さらに重さも桁外れだ。か細い糸では拘束はおろか気を反らすこともできない。

 罠魔法は相手の動きをきっちり止める必要はない。相手の隙を突けるようにするだけだ。大魔獣の場合、獰猛になっており簡単には隙を突けない。


「糸よ、広がれ!!」


 糸は金色に染まる。ゲディスはそれを放り投げると糸は岩山などに瞬時に張り巡らされた。

 ガムチチでも確認できるほどの太い糸だ。ガムチチは糸に触れないよう気を付ける。


 ウバッシャアアアアアアアアア!!


 再びアバレルが吠えた。蜘蛛の足はまるで丸太である。踏みつぶされたらひとたまりもない。

 八本の足をかわすのが精いっぱいだ。


 アバレルは糸に触れる。しかし相手の動きは止められない。むしろ糸に触れて激怒している。四本の腕をむやみやたらに殴りつけた。

 だがそれが狙いだ。アバレルの腕が見る見るうちに絡まっていく。ガムチチはその隙を突いて、アバレルの尻を硬くて黒光りする太い棍棒で叩きつけた。

 ぼこんと尻がへこむ。しかし効いているようには思えない。アバレルが絡まる糸に夢中なうちに倒さねばならないのだ。


「ユワッシャアアアアアアアア!! ファイフォン、フェイフォイン! ウォヌァルゥグァ、ブゥガグゥガドゥヴァ!!」


 アバレルがわけのわからない言葉を発した。腹部を懸命に動かしている。そこから光で五方星が描かれた。


「なんだって!? オナラがブバブバブバだと!! 初めてオケツフリフーリ以外のセリフを聞けたな!!」


 ガムチチにはそう聴こえたようだ。アバレルの尻から白い糸が出てきた。

 糸というより網だ。ガムチチをあっという間に捉えてしまった。しかしアバレルは自分の尻を攻めた相手より、ゲディスを捕えてしまったのだ。


「くそぉ! ゲディスを放せ!!」

「ごめんなさい! 僕が足を引っ張ってしまいました!!」


 ゲディスは泣いていた。アバレルは自分の腕を絡ませたゲディスを危険視しているようだ。だから力押ししかしないガムチチを無視している。


「ちくしょう! 糸がほどけねぇ!!」


 ガムチチはもがくが抜け出せない。逆にゲディスはアバレルの大きな口に放り込まれそうになった。


「ガムチチさん! 僕はあなたに会えて幸せでした! クロケットさんのおかげで子供もできてこれ以上の幸せはありません! だから今日は僕の死ぬ日なんです、幸せの絶頂期に死ぬ。これが運命なんです、ブッラとクーパルをよろしくお願いします!!」


 ゲディスが叫ぶ。しかしガムチチは激怒した。


「馬鹿野郎、生きることを諦めるな!! お前が今日死んでいいわけないだろう!! 誰か助けが来てもいいじゃねぇか!!」


 ガムチチも叫ぶ。アバレルは二人が叫んでいても気にしない。そのままゲディスを食べようとした。


「……私の孫たちに何をしているのですか?」


 凛とした、それでいて氷のような冷たさを感じる声だ。

 それは銀色の長髪に褐色肌のウッドエルフ、クロケットだった。彼女は黒いマイクロビキニを着ている。必要最低限の部分しか隠していないのだ。彼女は人間の羞恥心を持っていないためである。


「二人がいないからどこにいるのかと探してみれば、こんな珍客が来ていたとは。たっぷりとおもてなしをさせてもらいますわよ」


 クロケットは笑っているが目は冷たいままだ。彼女はゲディスとガムチチの子供を代理出産したが、あくまで孫だと思っている。大魔獣アバレルは敵だと認識していた。


「さぁ、マロンよ、スクァーレルよ!! 我に力を貸したまえ!!」


 彼女は両腕を上に向ける。すると彼女の長髪からいがぐりが大量に出てきた。それは一斉にアバレルに向かって飛んでいく。空はいがぐりによって覆われていた。まるで栗でできた雲だ。

 さらに髪の中からリスが出てきた。それも数万匹という信じられない数だ。

 それらがアバレルの足を噛みつく。一匹ならともかく数万匹のリスに齧られる痛みは想像を絶する。事実アバレルは苦しそうだ。さらにいがぐりの雨が降り注ぎ、アバレルは呻いている。

 その隙にゲディスが解放された。彼は剣を手に取りアバレルの尻に突き刺す。

 アバレルが絶叫を上げると、アバレルはぐったりと倒れた。完璧に絶命したようである。


 ☆


「まったくお前という奴は……」


 ゲディスは地面の上で正座させられていた。ガムチチがそうするよう命じたのだ。クロケットは止めない。ゲディスの叫んだ内容を知っているからだ。


「すぐに生きることを放棄するのは勇者じゃない、ただの愚者だ。アマゾオ族でも臆病者より勇気のある者は称賛されるが死ぬことは美学じゃない、死者はただの敗北と見なされ侮蔑させるもんだ。それにお前は残される子供の事を考えなかったな。お前の命はお前だけの物じゃないんだぞ」


 ガムチチの説教をゲディスは黙って受け止めている。クロケットも孫の安易な自己犠牲精神に怒っていたのだ。

 

「ごめんなさい……」

「ま、お前がそんな気になるのも、お前の過去が原因だろうな。俺はお前を見捨てないが、お前のために死ぬ気はない。俺たちは最後まで一緒だ。死を選ぶようなときになったら俺を頼れ。過去の事なんか忘れてしまえ」


 クロケットは何も言わない。彼女は自分が犠牲になってもいいと思っていたが、ガムチチに怒られそうなのでやめた。

 さて大魔獣の遺体はまだ残っている。モンスター娘と違い、死んでも素材に変化はしなかった。

 そこに川上からハーピーの一団が飛んできた。さらに隠れ里からはイヤカキたちが男たちを連れてやってきた。


「おい、二人とも無事か!! 大魔獣は……、倒したのか! すごいものだ!!」


 イヤカキは感心していた。そこに黒いハーピーが降り立った。


「ああ、すでにアバレルは倒されていたのですね。本来は私たちハボラテの民が処置せねばならなかったのに申し訳ありません。おっとわたくしの名前はヒアルと申します」


 ヒアルはゲディスたちに頭を下げた。イヤカキは男たちに指示して大魔獣の解体を命じた。

 ハーピーたちには男も交じっており、彼等も解体作業を手伝っている。


「こいつはあんたらのものだ。解体した素材は俺たちが責任をもって運んでやるよ。里を守ってくれたお礼だ」

「いいのか? モンスター娘が、いや魔族は町に入れないんだろ?」

「いや、町に住めないだけで、入ることはできるよ。まあ、人目に触れるのは避けたいから真夜中だけどな。クロケットさんは人間に近い魔族だから問題はないね」


 ガムチチの質問をイヤカキが答えた。クロケットは顔をしかめる。自分は人間に近いから町に住める。それはどこか差別しているように思えたのだ。


「今は町に住めないけど、サマドゾが王国になったんだ。スキスノ聖国が認めたなら人と魔族は一緒に住める。あともう少しなんだ。帝国はもうじき滅ぶからね」


 イヤカキは明るい笑顔で言った。しかし帝国が滅ぶ。確かに今の皇帝ラボンクはぼんくらだ。帝国が崩壊してもおかしくないが、どこか確信しているように思える。


「ところでヒアルさんでしたか。彼女とは顔見知りなのですか?」


 クロケットが尋ねた。するとヒアルが答える。


「はい。私はハボラテに住む魔族です。大魔王エロガスキーに仕える者です」


 ヒアルは恭しく答えるのであった。

 マロンは栗で、スクァーレルはリスです。

 まあ、察してください。

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