第三十九話 田舎醜女 男 致し方はないよ
「なあ、落ち着いたか?」
「はい……」
ガムチチに抱かれてゲディスは落ち着きを取り戻した。パンツ一丁の男に皮鎧を着た少年が抱き着かれる姿は異様に見える。しかし周りは二人しかいない。愛の世界だ。もしバラが生えていたら、バラたちは一斉に開花するであろう。
「ゲディス。お前が不安定だとブッラとクーパルが不安になるだろ?」
「……はい」
ブッラはゲディス似の、クーパルはガムチチ似の赤ちゃんの事だ。命名はイターリである。彼は古代語に精通しており、ブッラは慈愛、クーパルは希望という意味があるそうだ。
「イターリによればあの二人は四年で成人になるそうだ。だが知識の吸収が追い付かないから、実際には十年間勉強が必要になるらしい」
エルフの代理出産で生まれた子供は成長速度が速い。一年で四歳ほど成長する。知識の吸収率が高いが、一度間違ったことを教えるとなかなか治せない。肌に押された焼き印が消えないのと同じだ。それに急激に成長しているため体の負担も大きいそうだ。膨れ上がる身体に骨や内臓が締め付けられるためである。
それ故にスキスノ聖国では十年間、特別な学校で勉学に励むという。
ブッラとクーパルもできればスキスノ聖国へ連れていきたいが、今はゴマウン帝国に不穏な空気が漂っている。さらにサマドゾ辺境伯領は王国へと独立した。国内はごたごたの真っただ中なのだ。
「でもイターリはなんでも知っているよな。スキスノの聖騎士ってのはなんでも知っているんだな」
「ですね。イターリさんが許可を出せば、クロケットさんも一緒に町に住めるなんて初めて知りました。聖騎士とはかなりの権限を持っているみたいですね」
ガムチチとゲディスは感心していた。本来クロケットは魔族である。いくら知性を得ても魔族が人間と一緒に住むことはできない。しかしイターリは町の司祭を説得して住めるように許可を出すという。イターリが行商人とともに町へ戻ったのはそのためだ。
なぜ魔族は人間と一緒に住めないのか。すべてはモンスター娘の常套句、「ハイホー、ヘイヘーイ! オケツ、フリフーリ!」のせいであった。実際にはお尻を振っているわけではなく、五方星を描き、大気中の邪気を収集するためである。
十歳くらいの子供なら収縮された邪気を見ても、頭がくらっとする程度だ。逆に六歳以下だと邪気中毒を起こしてしまうという。極度に興奮したり、思考がぷっつりと切れてしまう危険な症状だそうな。
「全部イターリさんが教えてくれました。それで僕は思い出したことがあるんです」
「思い出した? 何をだ?」
ゲディスの表情が暗くなる。ガムチチは尋ねたがなかなか答えない。
「……六歳の頃、僕は母のいる部屋に入りました。侍女は入ってはダメと言っていたけど、僕は稽古で褒められたから、母に報告したかったのです。それでドアを開いたら……」
ハイホー、ヘイヘーイ! オケツ、フリフーリ!」
母親が自分に背を向けてお尻を振っていた。だがその横には姉のバガニルが椅子に座っていたのだ。当時のバガニルは十六歳、陶磁器の様な肌の美しさと人形の様な造形で脚光を浴びていた時期だ。
母のお尻は大きかった。自分と姉と兄の三人を産んだのだ。お尻が大きくなって当然である。
しかしゲディスは頭が真っ白になった。視界が歪み、母のお尻に猛烈な殺意を抱いたのである。
気が付けばゲディスは稽古用の木刀を手に、母親の尻を殴打していたのだ。使用人たちに止められ、自分の仕出かしたことを激しく後悔した。そして噴水のように涙を流したのだ。
ああ、私はなんてことを……。
その時の母はすすり泣いていた。息子に暴行を受けたことより、自分の仕出かしたことを激しく後悔している様子であった。
バガニルも弟に対して憐みの目を向けていた。そして何か恐ろしいことを経験したように真っ青になっていたのだ。
「その後僕はカホンワ男爵家の養子になりました。別れの前に母は僕にごめんなさいと謝っていましたね。そして義父たちにはしっかりと教育してもらうからと言われました。当時は何のことかわからず、ただ母たちと離れることを悲しんでいましたね」
「なるほどね。じゃあ詳しいことはそいつらに聞けばわかるわけか」
「そうですね。母は亡くなりましたが姉上はサマドゾ王国の王妃になりました。でも会いに行きません。僕には関係ありませんから」
父親である先代皇帝が十八歳になったら姉に会いに行けと言われている。しかし自分は会いに行かない。どんな顔をして会えばいいのかわからないからだ。それに会って何をすればよいのだ。昔のことを謝罪しろとでもいうのか。それに意味があるのかとゲディスはそう思った。
「そういえばモンスター娘って殺していいのかね。男を食べて知恵をつけるなら殺さない方がいいんじゃないか? クロケットみたいに」
ガムチチが言った。クロケットはカホンワ男爵の屋敷内に生えていた栗の木だ。それが邪気を吸い取りドライアドのモンスター娘になった。
ゲディスからいのちの精をもらわなければ彼女は他の誰かに倒されていたのだ。もしクロケットのように人と話せなくても、人の言葉を理解できるなら殺すのは可哀そうだとガムチチは思った。
「いいえ、モンスター娘は倒さなければなりません。なぜなら彼女らは邪気を吸い取り続けます。それが一定の期間を立つと大魔獣へ変化します。普段よりも三倍以上は巨大化するんですよ。こうなると知性などありません。揶揄なしで男を口からバリバリと食べてしまうんですよ」
それにクロケットの情報は大したものではない。ゲディス自身養父であるカホンワ男爵からゴスミテ侯爵の話は聞いているし、義父たちは理不尽な暴力を受け入れるほど殊勝ではないのだ。
モンスター娘と結ばれるのは縁だ。縁がなければくっつくことはない。
あと普段現れない場所でモンスター娘が現れるのは、大魔獣へ変化する前兆なのだ。そうなると早めに始末するしかない。雲雲崖のアラクネやゲグリソ田園のマッドゴーレムもそうだった。
自分たちはアラクネやマッドゴーレムに興味がないため、そのまま倒したのだ。
「イヤカキも海に遭難した後、かみさんの人魚に救われたと言っていたな。そういうもんなんだな」
ガムチチは腕を組んで考えた。アマゾオ族として暮らしていた時は日々の糧を得るために、働くことで精いっぱいだった。ゲディスのように小難しいことはよくわからない。
だが知らないことを知ることはよいことだ。それだけ危険を認知することができる。
ガァァァァ!!
何やら咆哮が聴こえてくる。北の川から何かやってきた。
それはゲディスたちの前に降り立つ。
アラクネであった。いや、通常のアラクネより巨大である。
蜘蛛の部分は足が大木のように太かった。
上半身の人間の部分は異質である。猪の様な顔つきに、目が六つあった。牛の様な角が生えていた。ゴリラの様な体に腕が四本生えている。
「―――大魔獣アバレルだ!! アラクネが男を食えず、そのまま邪気を吸い取った挙句変貌した姿だ! カホンワ領で見たことがあったんです!!」
ゲディスが叫んだ。アバレルはまるで田舎醜女に見える。ガムチチも冷や汗をかいた。
実は当初大魔獣の設定はなかった。ただモンスター娘を倒すだけではだめだと思ったのです。
モンスター娘を早期に倒さなければならない理由付けと言えますね。
小説というのはライブ感覚が大事です。自分が面白いと思ったら迷いなく加える。自分が面白いと思わなければ読者も面白いと思えませんからね。




