第三話 維持しろ 恵比須顔
「ただいま帰りました」
ゲディスとガムチチはタコイメの冒険者ギルドにやってきた。今日の依頼を達成したので報告に来たのだ。
それを迎え入れたのは丸眼鏡をかけたおさげの受付嬢オコボだ。
「今日の依頼は雲雲崖に出没するアラクネ退治だったな。俺とゲディスで三匹倒しておいたぞ」
「お疲れさまでした。お二人とも初日から活躍されるなんてすごいです」
「すごくはないです。アラクネくらい倒せなくては冒険者はやってられません」
オコボは褒めちぎるが、ゲディスはそっけない。
「なんだなんだ。オボコちゃんが褒めてくれたのにそっけないじゃないか」
「ガムチチさん、私はオボコじゃありません、オコボです」
オコボはぷんぷん怒りながら名前の訂正を求めた。
「僕たちがただで家を借りれるのは、僕たちが冒険者だからです。常に依頼を受けないといけません。褒められてすぐのぼせてしまうと、それがきっかけで負傷する可能性もあります」
「真面目な奴だな。だが嫌いじゃないぜ。俺は不真面目な性格だから案外お前とは性に合うかもな」
するとゲディスが真っ赤になった。まるでゆでだこである。
「そっ、そんなことは、ぜっ、じぇんじぇん!!」
「何興奮しているんだか。それにしてもアラクネってのはもっと森の奥に住んでいると思ったぜ。こんな街道の近くに出るとは夢にも思わなかった」
ガムチチが疑問に抱くと受付嬢が答えた。ここ最近モンスター娘の出没が目立つという。
ガムチチが指摘した通りアラクネは基本的に森の奥に住んでいる。迷い込んだ人間の男を食べることはあるが、基本的には獣を食べるのがほとんどだ。
近年、現れるはずのないモンスター娘の出没の報告を別の旅人から受けており、領主であるサマドゾ辺境伯はタコイメを調査した。そのため町の現状がばれてしまい、今に至るのだ。
町長だけでなく町民も領主に迷惑をかけたくないのである。領民に愛される辺境伯であった。
「物騒な話だな。年寄りだけじゃつらいだろう」
「でも人間の方がもっと悪質ですよ。サマドゾ辺境伯が忙しいのも皇帝が用もないのに呼び出すのが原因なのです。もっとも妻のバガニル夫人が夫を支えてくれるので問題はないですけどね」
答えたのはゲディスだ。オコボも帝都の情報を耳にしているので、素直に感心した。
「確かに問題は多いですね。でも今はタコイメの依頼が重要です。依頼にはワメカザ海岸にはハーピーが、田んぼにはマッドゴーレムが徘徊しているとの依頼が来てますから」
ハーピーは人間の女性の腕に翼が生えたモンスター娘だ。こちらは小さい男の子をさらっては食べてしまうという。
マッドゴーレムは泥でできたゴーレムだ。こちらも同じく男を食べる。女は無視されることが多い。かといって攻撃を仕掛ければ猛烈に反発してくる。男の方が油断しやすいので、冒険者はもっぱら男が多い。女の場合は補佐がほとんどだ。
「まあ、こちらはモンスター娘の他に、魔獣が多いと聞きますね。サマドゾ軍はもっぱら魔獣狩りに終始追われているそうです。逆に帝国は村を捨てる人が増えたそうですよ。やっぱり今の皇帝になってから税金が高くなったので住みずらくなったのでしょう」
オコボがぼやいた。現在の帝国は皇帝が妻のために派手なドレスや宝石を買いあさり、毎晩夜会を開くため、税制が圧迫しているという。そのため平民にしわ寄せがきて、税が高くなるというわけだ。
サマドゾ辺境伯領の税収は一定しており、住みやすいと評判である。それ故に皇帝のやっかみを受けるのだ。
他にも北のヨバクリ領や南のオサジン領、東のゴスミテ領があるがあまり評価されていない。
ヨバクリ領は皇妃バヤカロの故郷だが親子ともども放置している。息子のデルキコに任せっきりだが、頼りにしているわけではなく、どうでもいいと思っているそうだ。
オサジン領は南方にあるトナコツ王国の国境が近い。さらに執政官のダシマエ・オサジンの故郷でもある。
ゴスミテ領は皇帝ラボンクの学友であるトニターニ・ヨバクリがいるが、こちらも軽視されていた。赤ちゃん錬金釜という、男のいのちの精を錬金釜で魔石に精製する技術を持っているが、ラボンクはそれを無視していた。他人の活躍がむかついてしょうがないらしい。
「俺たちは幸運だな、何せこの町でただで家を借りれたんだ。その恩返しにたくさん依頼をこなしてやろうぜ。なあ、相棒」
ガムチチが豪快にゲディスの背中を叩いた。ゲディスはごほごほと咳をする。
「悪い、強く叩きすぎたか」
「いいえ、平気です。ですがもう一度言ってくれませんか?」
「何をだ?」
「僕の事を相棒と呼んでくれたじゃないですか。もう一度言ってほしいのです」
「なんだ変わっているな。なんぼでも呼んでやるよ、お前は俺の相棒だとな」
するとゲディスは笑みを浮かべた。口元が緩み、にやけた表情が止まらない。恵比須顔である。
ゲディスはくるりとガムチチに背を向けて、走ってギルドを出て行った。
「そんなに褒められるのが嬉しかったのか。よほど相方に恵まれなかったようだな」
ガムチチがゲディスの背中を見送っていると、オコボがつぶやいた。
「いいえ、あれは恋する乙女の顔です。ぜひあの恵比須顔を維持してほしいですね」
そう言ってオコボは垂れた涎を拭った。なぜか彼女は興奮している。
ガムチチはゲディスに一目惚れしたのかと勘違いした。
なぜならオコボの視線はガムチチを捕えていたのだから。
題名は苦しいかもしれない。びはひ、しはじと読んでください。
ちなみに回文はネットで調べました。