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第三十六話 ウッドエルフの告白

 私が自分を意識したのは十年過ぎての事でした。最初は何もない草原に屋敷が建てられたのです。

 当時の私は生まれたての栗の木で、庭を作る際には伐採される予定でした。なぜ知っているのかって? お庭でお茶会をしていたゴロスリ夫人がつぶやいたのを聞いたからです。

 だからといって人間を恨むわけではありませんよ。だって私はただの栗の木。一年中立ちっぱなしで、いがぐりを落とすしかない存在ですもの。まあ、栗の実でみんなが喜ばれるのは嬉しいものですわね。


 私がいる場所はカホンワ男爵領だそうです。なんでもカホンワとは王国の名前ですが、ゴマウン王国の王族に乗っ取られたそうです。ですが王女であったゴロスリ夫人が自分の父親と兄たちを殺害し、自身がゴマウン帝国の初代皇帝を名乗ったのです。なぜ王国から帝国に変えたのか、それは支配している領土が広すぎるためだそうですよ。


 ここに住んでいるのはカホンワ王国の最後の王子、スエッコンだそうです。彼はゴマウン帝国の城には入れませんが、月に一度ゴロスリ夫人とキャッキャウフフして泊まるそうです。

 それで長男が生まれたらその子を皇帝に即位させ、次男が生まれたらカホンワ男爵領を継がせるそうです。

 使用人たちはスエッコンを哀れみ、同情しました。だってこの国はスエッコンの物なのに、隣国のゴマウン帝国に奪われたのですもの。もっとも私は奪われて悲しいものはありませんけどね。


 ですがゴロスリ夫人とスエッコンは幸せそうでした。月に一度しか会えなくてもスエッコンはメイドに命じて庭でお茶会を開くのです。お茶会は決まって私の近くで設置されました。

 二人にとって私は幸福の象徴だそうです。照れますね。


 長男が皇帝に即位してからはゴロスリ夫人はずっとこの屋敷で暮らしておりました。もちろん長男が二十歳になるまでしっかりと教育していたそうです。その長男はここに来ることはありませんでしたけどね。

 

 ゴロスリ夫人は五十歳で亡くなり、スエッコンは六十五歳で亡くなりました。

 最後のカホンワ男爵は孫のダコイクです。彼は宮廷魔術師のイラバギと結婚し子供を設けました。

 ですが子供は無能でした。何をやらせてもダメな息子でダコイクたちは苦労してました。そんな彼も騎士の娘と婚姻して子供が生まれましたが、十八年前に不慮の事故で三人とも亡くなったのです。


 ダコイクとイラバギは泣きませんでした。貴族は簡単には泣いてはいけないそうです。


「……これは天への采配かもしれないな。息子夫婦が18年後に訪れる地獄を味合わずにすむのだから」


 ダコイクは意味深な言葉を残しました。私にはさっぱりわかりませんですけどね。


 六年後に皇帝の次男ゲディスが養子に迎えられました。なんでも皇妃のお尻を滅多打ちにしたため、一〇歳のところを六歳で養子に出されたそうです。

 最初の時のゲディスはよそよそしく、子供とは思えないほど老熟した雰囲気がありました。


「……あなた、ゲディス様はつらい思いをなさいました。それでも修行をつけるのですか?」


 イラバギが夫に尋ねました。彼女は罠魔法と言って身近なもので罠を作り出すのです。帝国では罠を張るのは卑怯者のやることで嫌われていました。実際に狩人に教えると効率が良くなったと喜ばれています。


「当然だ。ゲディスに力をつけさせなければもっとつらいことが待ち受けるだろう。私はどんな困難も受け流す術を教える。お前は相手の隙を突き罠を張る術を教えるのだ。厳しくすることはゲディスのためであることを知れ」


 そう言って妻に言い聞かせたのです。


 二人はゲディスに剣を教えました。ダコイクは剣の達人で屈強な男たちに囲まれても、木刀で相手の勢いを削ぎ、一気に倒してしまうのです。

 ゲディスには見せるだけで丁寧に教えたわけではありません。ですができる人間がいるからゲディスにもできると教えていました。ダコイクは技を教えるより強くなる方法を教えていたようです。


 それはイラバキも同じでした。二人は毎日厳しい稽古をゲディスにつけました。そして稽古が終わった後は親子三人で仲良く食事をとり、一緒に眠るのです。成長したら個室で眠るようになりましたけどね。


 そしてゲディスが一八歳になった頃、カホンワ領で異変が起きました。遠くで黒い煙が上がっていましたね。さらに領民ではない男たちが武器を片手に騒ぎ立てました。ですが彼らは目的の獲物を得られず苛立っていたように見えます。

 屋敷にはクマの様な大男が乗り込みました。実は使用人たちはすでに逃げております。彼等はこの日が来るのを予測していたようで、泣き顔を浮かべながら逃げていました。


 ゲディスは皮の鎧に剣を佩いておりました。背中には荷物を背負っています。しばらくすると屋敷が大爆発を起こしました。

 クマ男は爆発で下半身を失い、大木に衝突しました。ボロ雑巾のようで汚らわしいです。

 屋敷は木っ端みじんになりました。それを見て私は怒りの感情を覚えました。

 長い間この庭で立っているだけでしたが、彼等の屋敷を吹き飛ばすなんて許せません。

 私は屋敷を破壊した人間が許せませんでした。なんとかして犯人を捕まえたいと思いました。


 すると神様が願いを叶えてくれたのでしょうか。私の身体がぴかっと光ると私は自由に歩けるようになったのです。なんでもドライアドというモンスター娘だそうですね。

 私は自身に起きたことが理解できませんでした。


 ぼこりと地面が盛り上がると、なんとそこからダコイクとイラバギが出てきたのです。


「ふふん。ウスノロ如きでわしを殺せるなどと思ったか」

「そう思ったから差し向けたのでしょう。今頃私たちが死んだと察しているでしょうね」

「ウスノロに監視の魔法がかかっていることを、気づかないと思ったか。まあ、わしらはそれを利用させてもらったがね。オサジン執政官からもらったホムンクルスを身代わりとして使わせてもらおう」


 二人は泥を払いながら話し合っていました。私は思わず二人に近づきました。

 二人は私を見て驚きました。すると私が立っていた場所を見て察したようです。


「お前は庭に生えていた栗の木だな。邪気を吸ってドライアドになったのか」


 こくこくと私は肯きました。とても理解力が早くて助かります。残念ながら言葉の意味は理解しても答えることはできませんでした。


「お前はしゃべることはできないが、私たちの言っていることは理解できるようだ。ならば教えよう。あの屋敷は妻のイラバギが起こしたことだ。ぼんくら皇帝の子飼いの猛獣が押し寄せてきたから、爆発してやったのよ」


 なんと、あの爆発はイラバギの仕業でしたか。びっくりです。


「あなたにはゲディスをお願いするわ。モンスター娘となったあなたならゲディスのいのちの精をもらえばすぐにウッドエルフに進化できると思うわ。私たちはゴスミテ侯爵領へ向かいます。もしゲディスに会えたら伝えて頂戴ね」


 二人に頼まれ、私は首を縦に振りました。ゲディスとの付き合いは一二年ほどですが、彼はすでに私の孫です。孫を助けるのは当然のこと。私は急いでゲディスを追いかけました。ダコイクからゲディスは西にあるサマドゾ領へ向かったと教えらえたのです。

 ちなみにクマ男はロウスノといい、帝国の将軍だそうです。なんだか山賊の頭目と言われても納得できますね。そいつは猪の魔獣に遺体を食われていました。まあ、どうでもいいことですが。


 ☆


「……というわけで、あなたが私の孫だということが分かったと思います」


 ウッドエルフが正座をしながら説明してくれた。ゲディスも正座しているが彼女の話はさっぱり分からない。主に彼女が自分を孫呼ばわりすることに。


「いえ、さっぱりわかりません。なんで僕があなたの孫なのですか」

「私はこう見えて百歳は超えています。いくらあなたのいのちの精を注がれたからと言って年が離れすぎです。私はおばあちゃんと呼ばれても問題ありませんよ」


 どうもウッドエルフの話がかみ合わない。彼女は人間の知識を持っているが、知恵は回らないようだ。

 

「でもわかったことはあるよね。ゲディスの義父義母が生きていたこと、彼女はゲディスからいのちの精をもらってウッドエルフに進化したドライアドだってことがね」


 イターリは腕を組みながら言った。その目は冷ややかである。


「うん。でも義父さんたちが生きていたのはわかってた。あの人たちは普段は優しくて温かいけど理不尽な行為に対しては決して屈さず、やり返す性質だからね。ゴスミテ侯爵領へ向かったのもわかる気がする。あの人はラボンク兄さまの太鼓持ちに見せかけて僕に気をかけていたから」


 ゲディスが答えた。彼は人を見る目があるようだ。


「それはそうとあんたの名前は? いつまでも名無しじゃ寂しいだろう」


 ガムチチが尋ねた。


「名前ですか……。あまり気にしたことがないですね。なにせ最近まで栗の木でしたから」

「なるほど。なら俺がつけてやろう。そうだな……」


 ガムチチはウッドエルフを見た。彼女は紐ビキニを着ている。手足は黒革で覆われているが、大事なところはぎりぎりで隠されていた。


「あんた、派手な衣装を着ているな。男が見たら飛び掛かってくるぜ」

「そうですか? 人間は乳首と性器を隠せば大丈夫と聞きますが」


 斜め上な答えが返ってきた。どうも彼女は人間の常識が皆無のようである。


「ああ、ウッドエルフは肌を露出しないと呼吸困難になるんだよ。元はドライアドだから肌を服で覆われると逆に命に係わるんだよね」


 イターリが説明してくれた。彼はなぜかモンスター娘に詳しい。なぜだろうか。


「しかしあんたのケツはでかいな。肌の黒さも際立ってすさまじいエロだ。ヤシの実を二つくっついているみたいだな」


 ガムチチはウッドエルフの大きな尻を見て、ぽんと手を叩いた。


「クロケット。黒いケツだからクロケットだ。良い名前だろう」

「まあ。なんて素敵な名前なのでしょう。孫に名付けしてもらえるなんて果報者ですわ」


 ウッドエルフこと、クロケットが感極まっていた。なぜかガムチチも孫扱いされている。


「そうだわ。あなたのいのちの精をもらえないかしら。私のお腹にはゲディスの赤ちゃんが宿っているのよ」


 突然の告白にゲディスたちは目を丸くした。

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[一言] ガムチチのいのちの精が入らないと、ゲディスの赤ちゃんは生まれない?
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