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第三十四話 出た 体験 過度さ

「いいところですね、ここは」


 魔族と人間が共存する隠れ里をゲディスは見回っている。家の作りは甘いが雨風をしのげる程度であった。所々水路が通っているが、これは人魚たちの通り道である。

 行商人は隠れ里の長老に会いに行き、自身が持ってきた商品と、隠れ里で作られた細工物と交換していた。ただ住民たちはゲディスたちを警戒している。特に人間の男は若者から年寄りまで武器を手に掛けていた。いざとなれば自分たちが家族を守るという意思表示のつもりなのだろう。


「確かにな。俺の育ったアマゾオの村に似ているが、まとっている空気が違う。ここは誰もが互いを支えあう場所だ。強者が一方的に支配しているわけじゃない。俺の村、いや親父とは大違いだ」


 ガムチチは股間を押さえながら、ゲディスに同意した。塗られた薬は効いているが、どうにもちくちくして痛い。


「こういう里は珍しくないよ。スキスノ聖国にもいくつかはあるね。でも表立って公表することはないかな。さすがに魔族と人間だと姿かたちに差があるからね。寧ろ人間の方が神経質だよ」


 イターリも笑いながら話すが目は笑っていない。何か思うことがあるのだろう。


「……でも同性同士で住んでいる人はいないみたいだね。やっぱり僕はおかしいんだろうな……」


 里は狭い百人前後住んでいるが、同性で住んでいる者はいない。人間や魔族が共存できても同性とは結ばれないものなのだろうか。そう思うとゲディスは自己嫌悪に陥るのであった。


「まあ、そうなんだろうよ。世の中にはお前みたいに同性しか愛せない人間がいるだろうさ」

「……」

「かと言って結ばれている奴もいるんだぜ。俺たちみたいにな。それに他にも仲良く暮らしている人間もいるだろう。そいつらが住む村を作るのも悪くはないと思うがな」


 ガムチチは慰めた。ゲディスの顔が花を開いたように明るくなる。


「スキスノ聖国にも同性愛者で固めた村があるよ。さすがに人里離れているけどね」

「そうなのか。しかしスキスノ聖国は懐が深いな。人間と魔族だけでなく様々な種族や性癖も受け入れるんだから」

「まあね。スキスノ聖国は光の神ヒルカ様と闇の女神ヤルミ様が地上に降りて、最初に魔王と勇者によって一度滅んだからね。それも人間が生み出した邪気のおかげでさ。だからこそ聖国は過去の過ちを繰り返さないために各国に支部を建て、教えを広めているわけよ」


 イターリが説明を続けようとしたら、何やら甲高い声が聴こえた。一体何事かと思い、声の元へ駆け寄った。

 すると隠れ里の入り口辺りで人間の男が三人、若い人魚の娘にナイフを突きつけていたのだ。


「おい化け物ども! ここにゲディスというガキがいるはずだ、さっさと連れてこい!!」

「早くしないとこの魚共を殺しちまうぜ! 人魚なんて初めて見るがどんな味がするかねぇ!」

「いやいや、ここにいるのは化け物ばかりだ。みんな殺して楽しもうぜ!!」


 男たちが下劣な笑い声をあげていた。里の者たちは人質を取られているため身動きが取れない。

 悔しそうに遠巻きで見守るしかなかった。すでに数人の男たちが返り討ちに遭い、地面に倒れている。闖入者たちは中々の手練れの様だ。


「待て!! 僕がゲディスだ!!」


 ゲディスは名乗りを上げた。まず敵が何の目的で来たのか知るべきだと思った。自分を名指しで読んだのだから、自分が来れば何か情報を口にするかもしれないからだ。


「へへぇ、お前がゲディスかよ。お前のせいでロウスノ様は死んじまったんだ、おかげで俺たちは職にあぶれてお尋ね者扱いよ。えっへっへ」


 どうやら男たちはカホンワ男爵領を襲撃したロウスノ将軍の部下たちのようだ。恐らく雇い主が死に、帝国ではオサジン執政官がカホンワ男爵の謀反を否定。逆にロウスノ将軍を大罪人として処分したのだろう。そして彼らはロウスノの片棒を担いで追われているのだ。自業自得である。


「そうだ! お前のせいで俺たちは惨めな思いをしているんだ!! だからこの化け物どもが泣き叫ぶのは全部お前のせいなんだよ! お前さえ生まれてこなければ、こいつらは一切の不幸がなく幸せに暮らせていたんだ! 責任を取って自殺しろよ!」

「もしくはお前が一切抵抗しないで、化け物どもに殺されるのもいいな。そしたらこの魚共を慈悲でもって見逃してもいいぜ。いっひっひ」


 男たちは狂っていた。たぶん今まで思い通りに事が運んでいたのだろう。恐らく周囲の中には自粛を促したり注意した者もいたはずだ。だがこいつらにとって心地の良い耳障りの良い言葉以外まったく無視してきたのだろう。そして人生の中で最悪な事態を引き起こした。無辜の人間を虐殺し略奪を楽しもうとしていたのだ。

 それが失敗してしまい、彼等は憤怒にかられた。自分たちには一切の非がなく、他の誰かが悪い。それは生き残ったゲディスだ。こいつを苛め抜いた挙句、首を持っていけば皇帝ラボンクは大喜びで自分たちの罪を赦すだけでなく、褒美もたんまりもらえると信じ切っていた。


 ゲディスは相手の油断を探っていた。彼は自分の恋心を指摘され混乱したが、それ以外だと頭の回転は速い。カホンワ男爵夫人から罠魔法を会得した彼は敵が人質を取ることなど、想定の範囲内だからだ。ゲディスはガムチチたちに目配せすると、ガムチチとイターリはこくんと首を縦に振った。

 次にゲディスは土下座した。


「僕はどうなっても構わない。僕を甚振って気が済むなら、僕は抵抗しない。僕のせいで皆さんはこんな目に遭ったのです。僕の責任です。ごめんなさい」


 里の人間たちはほけていた。あまりの出来事に固まってしまったのだ。ガムチチは同じく固まっていたイヤカキの耳でささやいた。すると暗い表情になり、意を決して叫ぶ。


「そうだ! こいつが来たから娘たちはあんな目に遭ったんだ! こいつを痛めつけろ! 生まれてきたことを後悔させ、反省させるんだ!!」


 そう言ってゲディスの正面に立つ。イヤカキは蹴りを入れるふりをして、地面を蹴った。大きな音がする。周囲の人間もそれを見て、我先にとゲディスと取り囲み、蹴りを入れるふりをした。


「余所者がきたからこんなことになったんだ!」

「お前みたいな人間がいるから、俺たちの幸せが台無しになるんだ!」

「謝れ! この世界の人々に生まれてきてごめんなさいと謝れ!!」


 ゲディスはぐえっと蹴られてもいないのに苦しそうに呻いた。

 人質を取っている男たちはそれを見てにやにや笑っている。思い通りの展開にほくそ笑んでいた。

 そしてこの場を離れたイターリが遠くで弓矢を構えている。矢は三本、男たちはイターリの事など頭になかった。


 ひゅんと矢が三本とも男たちの利き手を突き刺した。あまりの激痛に男たちは人質を離してしまう。人魚たちは懸命に腹ばいで逃げ出した。


「いでぇぇぇぇええええええ!!」

 

 男たちは突然の出来事に混乱していた。せっかく気持ちの良い夢を見ていたのに、いきなり揺すり起こされた気分になった。イターリが殺さなかったのは、里を人の死で汚したくなかったからだ。


「野郎! この俺様に対して舐めた真似をしやがって! ぶっ殺してや―――」


 男はその先を言えなかった。男たちは突如苦しみだしたのだ。そして身体がぼこぼこに膨れ上がっていく。

 脚は木の根となり、身体は幹と化した。両腕は無数の枝となり、葉っぱをつける。最後に髪の毛は繁みとなった。男たちは木へ変化したのである。

 あまりの出来事にゲディスたちは目を丸くした。男たちの後ろに一人の女性が現れる。褐色肌のエルフだ。


「……私の孫をぶっ殺すですって。随分と面白い冗談を口にしますね。でももうしゃべれません。あなたたちは木に生まれ変わったのですから。邪気が集まれば魔獣に変化して動き回れるかもしれませんが、いつになるかわかりませんけどね」


 エルフは男たちに対して冷たい目を向けていた。男たちは苦悶の表情を浮かべている。ひーひーと吐く息が聴こえた。男たちは死んでいない、木となって生きているのだ。


「たしゅけてぇ、たしゅげてぐれぇぇぇぇぇ……」

「嫌です」


 男たちの懇願をエルフはばっさりと切り捨てた。そしてエルフはゲディスに歩み寄る。彼は蹴られたふりをしていたので、傷は負っていない。すでに立ち上がっていたが、呆気に取られていた。

 エルフはゲディスに抱き着いた。メロンの様な胸に圧迫されるが、見知らぬエルフに抱かれたため慌てていた。


「あっ、あなたは誰ですか?」

「まあ、わたくしのことをご存じでないと。なんとも悲しいことです。

 私はカホンワ家の庭に生えていた樹齢百年の栗の木ですよ」


 エルフが満面の笑みで答えた。


「いや、それだけではわからないです」

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[一言] 謎のエルフは栗の木の精?
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