第三十一話 リスを使役するエルフ
タコイメの町の冒険者ギルドは賑やかであった。ここ最近は魔獣やモンスター娘の数が減り、日銭目当ての冒険者が増えてきたのだ。それに依頼をこなせば町にある空き家をただで使えるので、根無し草の冒険者たちには格好の場所であった。
冒険者の中には人間の女より、モンスター娘と卑猥なことをしたいと願う者がいる。モンスター娘は一度交わうと人間の知識を身に着けるのだ。そうして知性を持ったモンスター娘と共に山奥で隠遁生活を送る者もいる。もちろん全員がそういうわけではない。
ギルドの受付嬢であるオコボは帝都支部から来た。田舎暮らしにうんざりして田舎を捨てて、華やかな帝都にやってきたのだ。しかし現実は厳しい。彼女は人買いに騙され奴隷にされかけたが、通りすがりのマヨゾリ・サマドゾ辺境伯、今はサマドゾ王国の王様に助けられた。
そこで文字の読み書きを教え、冒険者ギルドに就職させたのだ。
のちにサマドゾ領のタコイメ支部に飛ばされたが、彼女にとっては関係ない。もう彼女は華やかな盛り場より、のんびりした田舎暮らしの有難味を理解している。そんな彼女の前に一人の女性が現れた。彼女はマントを羽織っている。
「ちょっとよろしいでしょうか」
オコボの前に立った彼女はマントを脱いだ。それは褐色肌のエルフであった。
銀色で腰まで伸びた長髪に、整った顔立ち。胸はメロンのように膨らんでおり、腰はひょうたんのようにくびれている。尻は桃のように大きく、すらりとした脚はまるでゴボウであった。
身に着けているのは胸の先を軽く隠す程度の紐ビキニのみである。尻はほぼ丸出しで両手と両足を覆う黒革の手袋と、靴がなんとも不思議な均等を保っていた。
人が見れば大抵こういうだろう。痴女と。
「はい、当ギルドにどのような御用でしょうか」
オコボは目の前の痴女を見ても平常運転だ。
「ゲディスという男の子を探しているのです。この町にいると思うのですが」
「ゲディス……ですか? あなたとゲディスさんはどのような関係ですか?」
オコボは女性の出した名前に内心驚いたが、首を傾げる。
ゲディスは十代後半で男の子と呼ぶには弊害があると思ったからだ。
もちろん受付嬢の彼女は易々とゲディスの個人情報を口にしない。まずは痴女がどのような人間か確かめなくてはならないのだ。
「私とゲディスの関係は……。孫みたいなものですかね」
「は?」
痴女の答えにオコボは間抜けな返答をした。彼女は何を言っているのだ?
「でもあの子は私と話をしたことはないんですよ。12年間一緒にいましたけどね。それに私はずっと外で立っていましたし、孫と呼ぶのは言い過ぎかなと……」
オコボは混乱した。この痴女の言っている意味が分からない。
「でも最近あの子からいのちの精をもらいました。だからこそ私はここに来れたのです。早くお腹に宿った新しい命を見せてあげたいのです」
理解が追い付かない。痴女は狂人なのだろうか。彼女の言葉はまるで外国人が話しているように聞こえる。言葉は理解しても言外の含みを理解していないのと一緒だ。
オコボが茫然としていると、痴女は髪を手で梳いた。すると数匹のリスが飛び出したのである。
リスたちはギルド内をちょろちょろと走り回った。オコボは慌ててリスを捕まえようとするが捕まらない。
やがてリスたちは痴女の元に戻った。そして髪の中に潜り込む。
「なるほど。あの子は今ワメカザ海岸に向かっているのですね」
痴女の言葉にオコボは驚いた。なぜ彼女はそのことを知っているのか。
「ああ、簡単です。私の使役するリスたちはその場にある邪気を吸い取るのですよ。その吸い取った邪気から情報を得るのです」
痴女は事も無げに答えた。リスを使った魔法など聞いたことがない。痴女はオコボに挨拶するとギルドを出て行った。
「……一体あの人は何者なのかしら。でも危険であることは間違いないわ」
オコボは痴女の後姿を見て睨みつけた。それは彼女を敵と認定した視線だ。親の仇のように嫌悪感を抱いている。
「せっかくのゲディスさんとガムチチさんの仲を切り裂くお邪魔虫ですわ。三角関係になるのはイターリさんだけですのに!!」
オコボは見当違いの怒りを抱くのだった。
次回は十月三日です。毎週水・土の連載となります。




