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第二九話 薄日 朽ちて死に 乱全体だ

「あらえっさっさー!」


 薄雲に包まれ薄日が差すタコイメの町では祭りが行われていた。住民は老人がほとんどだが、ここ最近は若者が増えている。主に冒険者が多く、男ばかりだ。どれも女にもてそうもない、気の弱そうなブ男だ。

 女はそういった相手から金をむしり取る娼婦が大半で、もう一方は冒険者ギルドの関係者である。

 金を稼げるようになれば馴染みの娼婦を身請けして結婚することもあった。


 だが今は祭りだ。普段は出さないサマドゾ領の旗を出し、住民は着飾っている。年配の男性が屋台を出し、肉の串焼きなどを売っていた。

 なぜ祭りをやるのか。サマドゾ辺境伯領はゴマウン帝国から独立し、サマドゾ王国になったのだ。マヨゾリ・サマドゾは国王となったのである。

 タコイメの町ではこの情報が入ったとき、住民は喜んでいた。元々帝国が嫌いなので、サマドゾが独立すればいいなと考えていたそうだ。もっとも町長は以前から独立の時期を伝えられており、目立った混乱はない。


「しかし独立して国を作るなんて、信じられないな」


 筋肉隆々の大男であるガムチチが言った。彼はアマゾオという国から来た冒険者だ。国内の貴族が独立するという発想が思いつかないのである。

 ちなみに彼は野外に置かれたテーブルを囲んでいた。テーブルには屋台で買った食べ物が並んでいた。チョコバナナやマンゴープリンなどがある。ポンチ島から購入した果物が目立った。


「珍しくないよ。所詮帝国だ王国だと言ってもすべての国土を支配しているわけじゃないしね。あくまで有事があれば参加するし、王家に税金を払うくらいだよ」


 イターリ・ヤコンマンが答えた。金髪のポニーテールに緑色の裾の短い服を着ている。見た目は美少女だが中身は男だ。しかし下手な女より女らしく見える。


「そうですね。そもそもマヨゾリ卿とゴスミテ侯爵なら帝国の建国祭を狙って独立すると思っていました」


 十代後半の少年であるゲディスが言った。見た目は普通であるが、剣の腕は中々のものだ。さらに罠魔法の達人でもある。そしてその視線はガムチチを見つめていた。二人は相思相愛の恋人なのである。


「ゲディスはその人たちの事を知っているの?」

「はい。六歳の頃、出会っています。マヨゾリ卿は厳しくも優しい人でした。姉上の夫として相応しい人です。ゴスミテ侯爵は見た目は嫌味で意地悪な人でした。よく兄ラボンクとロウスノ将軍とつるみ、僕をいじめて楽しんでましたね」


 ゲディスが遠い目をしてつぶやいた。自分の過去の身の上話はすでにしている。二人はゲディスが皇帝の弟であろうと関係なかった。世間でも皇帝の弟は兄に疎んじられており、養子先のカホンワ男爵領が滅ぼされたこともあり、同情されていた。


「でもゴスミテ侯爵は兄上の気分が高まると逸らすことがありました。それに侯爵は兄上の代わりに面倒事を進んでやりました。例えばゴスミテ領の視察はしません。田舎に行くのは面倒だから。なので侯爵の自己申告のみでした。さらに領地の軍も独自に行っていました。恐らくは独立のために交錯し続けたと思います」


 そうゴスミテ侯爵も独立して王国を立ち上げた。おかげで帝国は国土の三分の二を失ったのである。事前に隣接した貴族の領地での根回しも行っていた。なので帝国が討伐を命じても彼らは動くことはない。帝国に与するより、サマドゾやゴスミテにつく方がお得だからだ。貴族は損得勘定で動く。感情剥き出しで行動する現皇帝に愛想をつかすのも無理はなかった。


「けどなんでお前の兄貴はお前を目の敵にするんだ?」


 ガムチチが尋ねた。これはゲディスにもわからない。ラボンクはとかく八歳年下の弟を嫌っていた。母親がゲディスに構う、とは違う。そもそも皇室では乳母が育てるものだ。それは姉バガニルはもちろんのこと、ラボンクも同じである。

 六歳の頃からゲディスはなんでもできた。文字の読み書きに計算など同年代の貴族の子息より優秀だった。剣の腕も同じだった。指南役に教えてもらえればすぐに吸収する。おかげでラボンクより有能だ、次期皇帝はゲディスしかいないと言われたことがある。


 そのせいかラボンクは嫉妬した。ロウスノも同じだった。さらにヨバクリ侯爵の娘であるバヤカロもラボンクをそそのかし、ゲディスに対する憎悪を仰いだのだ。

 彼らは陰でこそこそゲディスをいじめだした。ゲディスの靴や剣を隠したり、食事のスープに虫を入れるなど日常茶飯事であった。さらにゲディスが使用人をいじめているなどあることないこと言いふらした。おかげでゲディスは周囲に嫌われ、孤立していったのだ。

 これを父親である皇帝は止めなかった。ある程度察してはいたが無視した。


 六歳の頃、ゲディスが母親の尻を木刀で殴打したため、予定を前倒しにしてカホンワ男爵家の養子に出した。ついでに一六歳のバガニルもサマドゾ辺境伯に嫁いだ。二人は帝都を離れた。

 するとラボンクは不機嫌になった。自分より弱い人間がいなくなったのでイライラし始めたのだ。

 ラボンクは何度もゲディスを帝都へ来るよう命じた。ゲディスをいじめて楽しむためである。

 しかし帝国の法律により、ゲディスは登城を禁止されていた。これは皇帝になっても無理である。執政官であるオサジンからも反対されていた。

 

 ラボンクはいら立ちの捌け口に使用人を甚振るようになる。以前ゲディスを嫌っていた者たちだ。彼等はラボンクの嘘を真に受けてゲディスを嫌うようになった。実際はラボンクに媚びを売るために言ったのだ。おかげで彼らはラボンクに暴行されたり、事故死に見せかけて殺されたことがあった。

 さらに先代皇帝もゲディスをいじめたことを把握しており、ゲディスが養子になった後も、嫌味を繰り返した。事あるごとにゲディスと比較し、ゲディスがいなくなったことを持ち出すことがあった。

 そのせいでラボンクは恥をかかされ、屈辱の日々を過ごしたという。


「これはゴスミテ侯爵がマメに手紙で状況を教えてくれたのです。カホンワ領への襲撃も教えてくれました」


 意外にもゴスミテ侯爵は味方だった。帝国はラボンクの代で終わることを予測しているのだ。その根拠は一体何なのか。それはわからない。逃げ出したカホンワ領の領民はゴスミテ領で保護されているそうだ。


「薄日に、帝国が朽ちて死に、世が全体に乱れる。薄日うすびちて死に、乱全体らんぜんたいだ」


 ゲディスはそう締めくくった。住民の老人が興奮して上半身裸になるのが見えた。


 ☆


 一人の女が雲雲崖を通り過ぎていた。黒いマントを頭から羽織っており、顔は見えない。両手は黒い皮手袋をはめており、黒く腿を覆った革靴を履いていた。

 

「……早く、あの子に会わなければ」


 女はポツリとつぶやいた。


 そこに猪の魔獣が襲ってきた。鼻息を荒くしており、ひたすら走っている。恐らくは別の魔獣に攻撃されて、興奮して逃げたのだろう。繁みも小さな木もすべてなぎ倒していた。

 魔獣は女を見て突進した。意味などない。ただ無意味に目の前のものを吹き飛ばしたいだけなのだ。

 女は後ろを振り向くと、何やら物を投げた。それはいがぐりであった。

 いがぐりが十数個、猪の魔獣の顔に当たった。顔面をちくちく刺されたために魔獣は混乱した。

 そのまま岩山に衝突し、大きな音を立てた後、血の匂いを漂わせながら果てた。

 首の骨を折ったために絶命したのだろう。


「これだから魔獣は……。性欲が旺盛な男だからこそ、理性のない魔獣と化すのでしょうね」


 女は魔獣の遺体を一瞥すると、すたすたと歩いて行った。

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