第28話 予想外の出来事
「チキショウ!!」
ゴマウン帝国の現皇帝ラボンク一世は椅子を蹴り上げた。ここは彼の自室だ。
彼はとても怒っていた。なぜなら嫌いなマヨゾリ・サマドゾ辺境伯がゴマウン帝国の帝都から逃げ出していたのである。
ここ一週間は帝都では建国祭が開かれていた。毎日帝都ではパレードが行われ、ラボンクと皇妃バヤカロは愛想笑いを浮かべ、手を振っていたのだ。
さらに毎晩豪華なパーティを開かれており、宴が終わった後にサマドゾ辺境伯がいなくなったことに気づいたのである。
彼は怒り狂った26歳という若さだが、実年齢以上に老けて見えた。その癖成人男性なのに子供じみた癇癪を起しており、とても帝国で一番偉い人には思えない。
「なんで誰も気づかなかったのだ!!」
ラボンクはイラついていた。あまりの忙しさにサマドゾ辺境伯が消えていたことに誰も気づかないなどありえるだろうか。絶対にありえない、臣下たちの怠慢以外の何物でもなかった。
とはいえラボンク自身予測していなかったのだ。まさか建国祭が始まる前に辺境伯とその家臣たちが夜逃げするなど、想定外であった。
そこに隣にいたバヤカロが声をかける。美しい顔だが化粧が濃く、まるで魔女を連想する。造花のような冷たい印象を受けた。
「まったく家臣たちの怠慢が呆れかえって物が言えませんわ。後で厳罰に処分いたしましょう」
「その通りだバヤカロよ。そしてマヨゾリの家に仕えていたものはすべて捕えさせよう。そいつらの家族も同罪だ。全員見せしめに市中で拷問にかけよう。マヨゾリと関わったから不幸になったのだと宣伝するためにな!!」
バヤカロとラボンクが邪悪な笑みを浮かべていた。まさに魔王と魔女の悪だくみに見える。嫌いな人間と少しでも関わったものを罪人と結び付け、そして間接的に相手の良心を攻めようというのだ。まさに悪魔的な発想である。
コンコンとノックの音がした。
「私です。ヨバクリです」
「うむ、入ってよし」
バヤカロの父親であるアヅホラ・ヨバクリ侯爵が入ってきた。彼はどこか疲れた表情を浮かべている。いったい何が起きたのか、娘は尋ねてみた。
「どうなさったのですかお父様。サマドゾ辺境伯の関係者を捕えに行ったのではないのですか?」
「……そいつらは建国祭の間に逃げ出していたよ。家臣はおろか、小間使いの人間まで消えていた。そいつらの家族もすでに帝都を逃げ出しているし、御用商人は店の権利を余所に売り払って外国へ行ってしまったらしい。残っているのは私が贔屓にしている商人とその子分たちしかいないのだ」
ヨバクリ侯爵は苦々しく吐き捨てた。サマドゾ辺境伯は建国祭が始まる前にすべての使用人に暇を出した。それは一緒に住んでいる家族も同じであった。彼等に引っ越しの費用を出し、外国へ逃げるように指示を出したという。以前、働いていたものたちもサマドゾ領へ引っ越すようにしたらしい。
そして御用商人には外国へ行かせ、国籍を取らせたという。そのため帝国では裁くことはできず、その国の法律に従わねばならないそうだ。
さらにサマドゾ辺境伯はヨバクリ侯爵の子飼いである商人と取引していた。これは自身が逃げ出した後、ラボンクなら自分と関連のある人間を問答無用で捕らえ拷問にかけると踏んだからだ。
最後には元からいた使用人たちを辞めさせ、その商人の子分たちを働かせていた。彼等は暴力から強請、スリなどの悪行を繰り返している。サマドゾ辺境伯は働き者をクビにして、与太者たちを雇い入れたと悪評が立っていた。だが罠だった。彼等は主が帰ってこないことを気にせず、屋敷の品物を勝手に売り払い、酒や食べ物を盗み食いしていたのだ。
最後はヨバクリ侯爵の命令で逆賊に与したとして捕らえられた。後から調べて彼らが自分の手足である連中だと知ったとき、ヨバクリ侯爵の頭は真っ赤になったという。
「とっ、ということは、お父様のお手伝いをする方々が捕らえられているのですか?」
「その通りだ。わしはサマドゾ辺境伯の屋敷で働く者は逆賊として捕らえさせた。オサジン執政官も賛成の署名を出している。今はわしの子飼いの商人は牢屋の中だ。法律で取り潰しにされてしまうだろう」
ヨバクリ侯爵は歯ぎしりした。自分たちに逆らうものを不幸にして楽しむはずが、自分の汚れ役を担う商人を破滅に追い込んだのである。オサジン執政官はそれを見越して賛成したのだろう。
バヤカロの顔は真っ青になった。自分たちがサマドゾ辺境伯にいいようにやられた事実が信じられないのである。
「チキショウ、チキショウ!! しかもマヨゾリの野郎は独立と王国建設を宣言しやがった! それもスキスノ聖国の法皇ロッセラが祝福したらしい! 周辺の貴族たちも次期党首である息子たちに祝辞させたという! まったくふざけた話だ、こんなにむかつく話は初めてだよ!!」
ラボンクは地団太を踏んでいた。まさに子供である。身体だけが大人で心は子供というある意味怪物と言えよう。それは妻と義父も同じであった。彼等は感情を優先にし、目先の利益ばかり固執しているのだ。
「陛下。こうなったら戦争です。サマドゾ領に帝国軍のすべてを注ぎましょう!」
「そうですわ! ここまで馬鹿にされて黙るなんてありえませんわ! 早く攻め落としてください。そしてバガニルを生きたまま引き渡し、凌辱の限りを尽くしてくださいな!!」
ヨバリク親子の発破にラボンクは暗い笑みを浮かべる。
ラボンクにとってサマドゾ辺境伯は憎い相手であった。自分よりも何でもできて女にもてまくっていた。その癖飾らない人柄で自分が嫌味を言っても流すのが気に食わない。
さらに姉のバガニルも同様であった。女の身でありながら自分より目立っていた。勉強も剣術も彼女の方が上であることも劣等感を強める原因であった。バガニル本人はあくまで貴族の女性として男性を立てることにしている。あくまで身内同士だからこそバガニルは弟たちに遠慮がなかった。サマドゾ辺境伯に嫁いでからは夫に命じられない限り、前に立つことはない。さらに夫より目立たないように陰の功労者として運営していた。
ラボンクは凡人ゆえに相手が控えることが理解できないのだ。それはゲディスでも同じだった。
「陛下に申し上げます!!」
いきなり家臣が入ってきた。伝令なのだろう緊急事態なのか息を荒くしている。
「いったい何事だ!!」
「はっ!! ゴスミテ侯爵が独立を宣言し、自らの王国を立ち上げました!!」
伝令の言葉にラボンクはきょとんとなった。こいつが何を言っているのかさっぱりわからない。
そもそもゴスミテ侯爵はラボンクの腰ぎんちゃくで自称代弁者だ。裏切るなどありえない。
「どっ、独立ですって? ゴスミテ侯爵がですか?」
代わりにバヤカロが尋ねた。伝令は、はいと肯く。
「その通りでございます! それもサマドゾ辺境伯とほぼ同時期に行われておりました!!」
恐らくサマドゾ辺境伯とゴスミテ侯爵は敵対関係と見せかけ、水面下で連絡を取り合っていたのだろう。
同時期に独立し王国を立ち上げる。さすがの帝国も兵力を二つに分けることはできない。ラボンクが命じてもオサジン執政官が許可するわけがない。
う~ん。
ラボンクは泡を吹いて気絶した。
あんまりラボンクたちの悪だくみを続けると読者がむかつくので、こういったざまぁな話も入れる必要があると思う。
特にラボンクたちは7話ごとにしか出てこないため、すぐに動くわけじゃない。
ラボンクたちのパートと第3者のパートを入れることで、読者のストレスを軽減したいのだが、うまくいっているかは不明だ。




