第二六話 板仕込め 男の愛 変わらないがね
チュンチュンと鳥の鳴き声が聴こえる。すでに朝であった。太陽の光で朝露が輝いている。気温も高くなり、冷たくなった大地が人の入ったベッドのように暖かくなってきた。
ゲディスとガムチチは抱き合って一晩を過ごした。ただお互い寄り添うだけである。もちろん汚れた部分はすでにきれいにしていた。不潔なことは我慢ならない。
「……ガムチチさんの筋肉はとても暖かかったです」
「俺もお前の身体が暖かかったよ。やせっぽちに見えてかなり鍛えているんだな」
「はい。毎日、座学と鍛錬を繰り返していましたから」
ゲディスは思い出す。朝起きたら鍛錬を繰り返し、午後は座学を繰り返していた。
鍛錬は義父も参加しており、年配でありながら服の下は鋼の如き肉体を維持していた。使用人を相手に剣を取っても誰も相手にならない。もちろんゲディスもだ。
座学は義母が担当していた。彼女の博識ぶりは舌を巻く。歴史から何まで知らないことなどない学者のような人であった。
たまに領地に顔を出し、商人や役人たちの話を聞いていた。帝都ではどのような人間がいるのか。世の中には小銭のために貴族を殺そうとする庶民や、感情剥き出しで貴族の義務を無視する愚者の話もしてくれた。
さらに村に行って狩人と共に森の中で何日も過ごした。水や食料の探し方に、薬草の見分け方、獣の捕り方などを叩きこまれたのだ。
一見、カホンワ男爵領だけのやり方と思ったが、実際にはゴマウン帝国が生まれる前のカホンワ王国では伝統的な教育だという。
ところがここ数年、ゴマウン帝国が変わってしまった。兄のラボンクが過去の因習をすべて廃止し、自分の考えを押し付けた。特に幼馴染のロウスノ将軍が就任してからは帝国軍の質が落ちた。騎士とは正々堂々戦うものとして、作戦とか補給などは軽視されるようになった。
特に厳しいサバイバル訓練を廃止し、帝国がでっち上げたおとぎ話を念入りに叩きこむようにしていた。おかげで軍人でありながら肝心なところでは役に立たないぼんくらが生まれてしまったのである。
「……今の帝国は努力する人間をあざ笑う、浅はかな人間の集まりです。体を鍛えるだけでも相手を嘲笑するから始末に負えません」
これは帝都にいた時から変わっていない。六歳で剣の修行をしていたが、兄をはじめ、取り巻きの貴族の子息たちが遠くから小馬鹿にしていたのを聞いている。ロウスノ将軍も一緒だった。それを無視していると、兄が怒り、取り巻きたちがゲディスを蹴り飛ばして楽しんでいた。
それを先代皇帝に知らされ、ラボンクたちはゲディスに土下座を強要した。そして一か月間、帝都から離れ、森の中でサバイバル訓練をやらされる羽目になったのだ。そのため彼らは今でもゲディスを恨んでいるという。
とはいえロウスノ将軍はもういない。義父母たちによって木っ端みじんにされたのだ。残ったのはボロボロの首だけだという。
「帝国なんか関係ないさ。俺にとって大事なのはお前なんだからな」
そう言ってガムチチは立ち上がった。ゲディスに手を差し出して立たせる。
「さぁ帰ろう」
「はい」
ゲディスは肯いた。手を繋いだ二人は誰が見ても恋人に見えた。
☆
「おやおや~、やっと見つけましたよ~」
遠くからイターリの声が聴こえてきた。見た目は森の妖精の様な美少女だが中身は男だ。普通の男なら見惚れてしまうだろうが、ゲディスとガムチチには通用しない。
「おおイターリか。一晩留守にして申し訳ない」
「あはははは、気にしないでくださいよ。ボクがスヨテさんたちを誤魔化しましたからね」
ガムチチが頭を下げると、イターリは両手を振って笑う。実際は一晩中二人を監視していたのだ。魔獣やモンスター娘が邪魔しないように寝ずの番をしていたのである。もちろん、二人には徹夜したことなど悟らせない。
ゲディスは気まずそうにイターリの目を反らしていた。もじもじする様は生娘のように見える。
それを見てイターリはクスリと笑った。
「いっ、イターリさん。僕は……」
「愛に貴賤はありませんよ」
ゲディスが小声で言うと、イターリははっきりと言い切った。
「スキスノ聖国では愛に区別などありません。男女はもちろんのこと、同性愛やモンスター娘もなんでもこいです。光の神ヒルカ様と闇の女神ヤルミ様はこの世界にいる生きとし生けるものを愛しているのです。愛なら何をしても許されるのですよ」
イターリは胸を張っていった。彼はスキスノ聖国では地位のある家系で育ったらしい。教義などとても詳しいようだ。
「ただお二人の場合は板を仕込んだ方がいいでしょう。神に私たちは愛し合っていますという制約を板に記して教会に提出するんです。教会が認めるなら周りの人も納得しますよ。一番避けなければならないのは隠すことです」
力強いイターリの言葉に、ゲディスはほっとなった。
ちなみに板は教会が用意したものだ。それを二人で文字を書き、教会の司祭に提出するのである。
その板は教会で保管されるのだ。
「宗教とは色々あるんだな。アマゾオにも教会はあるが俺の知っている神とは大違いだ」
ガムチチが言うには世界は闇の女神ヤルミが大便を振りまいて大地を作り、小水で海ができたという。
そこに光の神ヒルカが光を照らすと糞から人や動物が生まれ、草木が生えたというのだ。
魔獣やモンスター娘はヤルミの糞の匂いから生まれたものだという。生き物が死んで放置するとヤルミの便臭がするので土に還す。その際に遺体を粉々に砕き、大地が吸収しやすくするそうだ。罪人などは逆に遺体を放置し、獣や虫に食わせるという。ヒルカの子が罪人の身体を食べることで罪を浄化するという意味があるのだ。
「アマゾオではそう伝わっているようですね。スキスノ聖国では世界は最初氷に閉ざされたけど、ヒルカ様が氷を融かしたそうです。でも溶けた氷のせいで光が乱射したためヤルミ様が闇の力で人々に安らぎを与えたそうです。世界では色々な教えがありますが共通するのはヒルカ様とヤルミ様が一緒ということですね」
ちなみに板を仕込むのは旧カホンワ王国の伝統だという。百年前にゴマウン帝国になったが、その宗教はそのまま残っているそうだ。下手に宗教に手を出したらろくなことにならないからである。
「町に帰ったら教会の司祭様に頼みましょう」
イターリが言うと、ゲディスとガムチチは首を縦に振った。




