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第二五話 告白

「おい、ゲディス待つんだ!!」


 ゲディスが下半身丸出しで、地面を這っていた。子供のように泣きじゃくり、ガムチチから必死に離れようとしていた。

 しかし足に速さには敵わず、ゲディスは取り押さえられてしまう。


「離して、離してぇ!!」

「暴れるな! なんでお前は逃げるんだ!!」


 ゲディスは癇癪を起した子供のように暴れた。だがガムチチの腕力を振りほどくことはできない。

 ガムチチはしばらくゲディスを腕で組んだ。がっしりと離れない。まるで万力のようだ。恋人同士の抱擁とは程遠い。

 ゲディスは夜泣きした赤ん坊のように泣き叫び暴れるが、やがて力尽きたのか、遊び疲れた子供のようにぐったりとなった。


「……どうして、僕を追ってきたんですか?」

「それりゃあ、お前。ほっておけないからさ。お前は俺の相棒なんだからな」


 ガムチチは息を吐くようにさらっと答えた。ゲディスはぎゅっと唇を噛む。後ろを向いたままだ。


「……僕は男が好きなんだ。でも誰でも好きなわけじゃない、ガムチチさんのように逞しい腕や分厚い胸板を持つ人に心を惹かれるんです」

「そうなのか。じゃあ男なら誰でも欲情するわけじゃないんだな」

「当然です。僕は僕を愛してくれる男の人が好きなんです。僕だって一人でするときはあります。そのおかげで電気系の罠魔法に切れが出るんですよ」

「だがそんな魔法は見たことがないな。つまりお前はここ最近自家発電をしてないって証拠だろ?」


 ガムチチに意地悪に指摘され、ゲディスは気娘のように赤面した。


「……僕はガムチチさんに僕の自家発電をしてもらいたかった。男同士は互いにそうするんです。使用人の男性に聞きました」

「するとお前さんは男同士で愛し合う術を実践しているわけだな。スケベくんだな」

「ちっ、違うます!! 口で教えてもらっただけです! 使用人を相手にしたことなんかありません!!」


 ゲディスはむきになって反論した。ガムチチに性欲旺盛と思われたくなかった。


「というか、お前はよいところのお坊ちゃんなんだな。使用人なんて言葉を自然に出しているじゃないか」

「―――!?」

「まあ、俺はお前の出生なんかどうでもいい。ゲディスが村人だろうが王様だろうが関係ない。お前は俺の相棒なんだからな」


 ガムチチは無理やりゲディスの正面を向けさせた。まっすぐな目でゲディスを見る。その澄んだ目はゲディスの心を融かした気がした。

 ゲディスは今まで溜めたものを吐き出した。自分の家や性質を余すところなくガムチチに暴露したのだ。

 ガムチチは顔色を変えず、ただゲディスの告白を聞いた。ゴマウン帝国の先代皇帝の次男と聞いたときは驚いたが、養子先に入ったカホンワ男爵領が実の兄であり現皇帝であるラボンクに滅ぼされたと聞いたときは、さすがに腹が立ったが。

 以前、ゲディスはカホンワ男爵は病気で死んだと言った。さすがに帝国の恥を口にしたくないので嘘をついたのだ。


「ふぅ……」


 長い話を聞いてガムチチはため息を吐いた。ゲディスの話が退屈だったからではない。寧ろ波乱万丈な生き様に一言聞き逃さずに耳を傾けていた。

 ガムチチも自分の父親の話をした。父親は優秀な狩人ではあったが、家族を守る家長としては最低な人種であった。小物の獣にあっさりと死んだとき、周囲の人間は父親に対して罵詈雑言を並べ立てた。そして自分たち家族は追放されたのだ。もっとも母親と弟たちは親戚の村に引き取られ、ガムチチには新品の棍棒に、革袋いっぱいの銀貨と干し肉と水筒をもらった。愚かなのは父親だけで家族たちは関係ない。だが村においても肩身が狭いから出て行った方が幸いだと思ったのだ。

 なのでガムチチは村人を恨んでいない。却って彼らに気を使わせてしまい、申し訳なく思ったくらいだ。


「あれ、確か最初に会ったときは流行り病で村が全滅したって……」

「嘘さ。まあ見栄を張ったところだな。それに俺の過去など、お前の苦労に比べたら大したことはないな……」

「そっ、そんなことはない―――。僕だって嘘をついたし……」


 ゲディスは言葉を紡ぐことはできなかった。ガムチチが口づけで塞いでしまったのだ。


「なっ、何を……」

「イターリの助言さ。好きな人を黙らせるには、接吻が一番だとな」


 好きな人と言われてゲディスは耳まで真っ赤になった。まるでうさぎのようにきょろきょろとしている。その仕草がガムチチにとって愛らしく見えた。


「普通なら男に好かれても嬉しくないな。だがお前の視線は心地よいものがある。人に好かれるとは、人から愛されるのはこういうことだなと思ったよ。不特定多数の男は気持ち悪い。ゲディス、お前だからいいんだ。俺はお前が好きになったんだ」


 飾り気のないまっすぐな好意を向けられ、ゲディスの目から涙がこぼれた。涙はまるで月の雫のように輝いている。


「ガムチチさん……」


 今度はゲディスから進んで口づけをかわす。温かく柔らかい感触がした。幸福な気分に浸される。皇族として生まれて幸せと感じたことはなかった。カホンワ男爵夫妻や使用人と囲まれた日々は掛け替えのない宝物だった。だがそれはもうない。

 今はガムチチという、この広い世界で自分を好きになってくれた人に感謝しよう。そしてこの出会いを結んでくれた天使に奉謝しよう。

 

 ☆


「ふふふ、いいもの見させてもらったよん☆」


 遠くでイターリが二人の様子をうかがっていた。正確には二人に近づくモンスター娘を陰ながら退治していたのだ。イターリの目は夜でも効く。その矢は闇夜のモンスター娘を確実に射抜くのだ。

 大半が花のモンスター娘、アルラウネである。花びらの髪に緑色の肌。胸は葉っぱで隠されている。下半身は大きな花のつぼみであった。普段は球根状態でころころ地面に転がるが、獲物を発見すると花が開き、蔦を使って相手を捕食するのだ。ゲディスのように栗の花を咲かせるのである。


「純粋な恋人を見るのは気持ちがいいね。でもちょいとお節介だったかな? いや、ガムチチさんはともかくゲディスさんは背中を押さないと一歩も動けなかっただろうしね☆」


 イターリは他人の恋の話が好きだ。自分を恋の天使と自称している。もちろん相手が相思相愛でなければちょっかいはかけない。イターリにとって恋とは真剣なものなのだ。茶化したりしてはならない神聖なものである。

 そもそも自分は恋をすることができない。自分は一生涯独身でなくてはならないのだ。それ故に恋に悩む人間を放っておくことができないのである。


「……そういえばドライアドってあれ一体だけだったね。この辺りでは少ないのかな?」


 イターリはアルラウネのモンスター娘を倒した跡から、巨大な花びらと球根、花の蜜を集めながらつぶやいた。

 それにあのドライアドはゲディスを食べている。遠い未来ゲディスの前に現れるかもしれない。

 イターリは二人の恋仲を邪魔するなら、魔族になったドライアドを消すつもりでいた。

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[一言] イターリも何か事情を抱えている?
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