第二三話 ガムチチの告白
「まったくゲディスはどうかしているぜ」
ガムチチは愚痴をこぼした。太陽が昇り切った昼過ぎでオケツ牧場の家の中にいた。
ここ最近のゲディスは様子がおかしい。やたらと自分に突っかかるし、皮肉を交えている。仕事自体はきちんとこなしている。狼の魔獣はもちろんのこと、猪の魔獣も退治に出ていた。モンスター娘と違い、魔獣は倒しても死体はそのままだ。そのため皮を剥ぎ、骨を磨き、肉を削ぐ作業は欠かせない。
ガムチチはここに来る前には狩人として活動しており、その手の作業はお手の物だ。ゲディスもおっとりとした世間知らずのお坊ちゃんに見えて、解体作業は手馴れている。行商人に対しても相場などを把握しており、決して安く買い叩かれたり、ただ働きにならないようにしていた。
「それでもゲディスはおかしいんだよな」
ガムチチはわけがわからないと、首を横に振る。
ゲディスは相棒だ。最初は同じ家に住むだけだったが、今では頼りになる半身だ。
ゲディスが不機嫌のままだと自分の身が危なくなる。魔獣やモンスター娘の戦いは気が抜けない危険なものだ。ちょっとした感情の揺らぎで命を奪われるなど日常茶飯事だ。ガムチチの父親も村では屈強な狩人であったが、なんでもない角の生えた小さなウサギに喉を貫かれて死んだ。
ガムチチの父親は魔獣に殺された間抜けな愚者として陥れられた。そのため家族は散り散りとなり、ガムチチはゴマウン帝国のサマドゾ領に流れてきたわけだ。
まあ、ガムチチ自身も父親を小馬鹿にしていた。自分は勇者でどんな災難も避けて通ると信じて疑わず、他者はおろか家族の進言も殴って黙らせるなど、傲慢な態度を取っていた。
だからこそ自分は謙虚にふるまってきた。他人から見ればガムチチも不遜な態度を取っているが、大らかで豪快な人間と思われている。
ゲディスは自分と正反対の性格をしている。それ故に二人は気があるのだと思う。同じ性質の人間同士だと同族嫌悪を抱いていただろう。
「ガムチチさんはゲディスさんの気持ちがさっぱりわからないんですね」
そこにイターリがやってきた。男なのに美少女に見える。だがガムチチには関係ない。大事なのは女だ。自分の子供を産めることが重要なのである。
「あいつが意味なく不機嫌なのはわかっているぞ。まったくあいつは何を考えているんだか」
「まあ、ガムチチさんは恋する人の気持ちなんかわかりませんよね」
ガムチチの言葉にイターリは皮肉を交えて言った。
「恋をしているって? ゲディスは恋をしているのか?」
「そうですよ」
「相手は誰だ?」
「あなたですよ」
イターリの答えにガムチチは固まった。
「……やはり、そうだったのか」
「あれ、気づいていたんですか? なのに、知らないふりをしていたと?」
ガムチチは思った。ゲディスが自分を見る目は何か違うと感じていた。
それは憧れというか、尊敬というかそんなものだった。
「だってそうだろう。俺は男に惚れられたことはないんだよ。いや人に好かれるなんて初めてだな」
「そうなんだ。確かアマゾオって恋愛感情とかはないと聞いていたけど」
「まあな」
ガムチチの部族では女は無理やり自分の物にするのが常識である。
力づくで犯して自分の子供を産ませる。産んだ子供は女が面倒を見るのだ。
年老いた親や、治る見込みのない病人は無理やり立たせた挙句武器を持たせた後、腹部に槍を突き刺して殺す。
これはただ役立たずとして始末するのではなく、あくまで最後まで戦って果てたことにするのだ。
さすがにガムチチの父親のような間抜けな死にざまは認められないが。
「そうか、ゲディスは俺に恋をしているのか。同じ男なのに」
「きっとガムチチさんの太いソーセージを狙っていると思いますよ。ガムチチさんのは特に食べ応えがありますから」
「気持ち悪いな」
ガムチチがつぶやくと、がしゃんと音がした。それは真っ青になったゲディスであった。
「がっ、ガムチチさん……」
ゲディスは明らかに動揺していた。涙目になっており、歯をカタカタと振るわせている。
「おい、ゲディス……」
ガムチチが声をかけようとするとゲディスは脱兎のごとく逃げ出した。遠くから彼の泣き声が聴こえてくる。
「ふふん、ゲディスもガムチチさんの気持ちを聞いてすっきりしたね」
イターリは悪戯っぽく笑った。こいつはゲディスが聞き耳を立てていることを察してガムチチに話を振ったのである。
「お前! わざとだな! ゲディスに聞こえるように仕向けたんだろ!!」
「そうですよ」
イターリは悪びれることなく答える。その様子を見てガムチチはさらに苛立った。
「ボクはねぇ、可愛いものが大好きなんですよ。この服だって可愛いから着ているだけで、女の子になりたいわけじゃない。だけど男でもこの格好なら抱いていいって人もいるんですよ。要は穴さえあれば何でもいいって感じですかね」
「そうなのか?」
「そうですよ。自分の欲望を叶えられればなんでもいいんです。でもゲディスさんの場合は違う。純粋な好意なんですよ。もちろんガムチチさんに抱かれたいと思うでしょうね。でもガムチチさんが同意しない限りゲディスさんが誘うことはないですね」
イターリはすらすら話す。彼にとって自分の容姿で騒動を起こしたこともあるのだろう。容姿ばかり見て中身を見ていない男たちを大勢接してきたに違いない。
「さあ、ガムチチさん。追いかけてください。ゲディスさんはあなたに捕まることを望んでおられますよ」
イターリは煽る。面白半分ではなく、真剣な眼差しだ。ガムチチは目をつむり、天を仰いだ。
彼は覚悟を決め、ゲディスを追いかけるのであった。
 




