第二二話 いよっ 励むね
「なあゲディス。どうしてお前は不機嫌なんだよ」
ガムチチが尋ねた。ゲディスは答えなかった。むすっとした表情でガムチチを睨む。
ここはオケツ牧場。もう日が暮れて真っ暗になっていた。灯りは玄関にある魔法灯だけで、それでも漆黒の闇の力には敵わない。遠くから獣の鳴き声が聴こえてくる。気の弱いものなら一晩眠れずに恐怖を抱いたまま過ごすこととなるだろう。
そんな中で牧場にある大きな家の中で、ゲディスたちは食事をしていた。調理は牧場に勤める男たちがしている。牛乳を使ったミルクシチューに牛乳を混ぜた焼き立てのパンにバターが載せてあった。さらに狼の魔獣から手に入れた毛の玉を使った焼き飯が出される。バターで味付けし、にんじんや玉ねぎなどが混ぜてあった。さらに茹でたウインナーソーセージや焼いたハムも並べてある。
冒険者たちは美味しそうに頬張っている。町の食堂や酒場では味わえない乳製品や野菜、肉類を食べれるのだ。食の感動というのは、なかなか忘れられるものではない。特にサマドゾ領では様々な外国人が住んでいた。彼等は自国の調理法で食事を作る。しかし母国の材料はなかなか手に入らず、代用品を使うことが多い。それ故に外国の料理がサマドゾ領ならではの独特な調理法が生まれるのだ。
例えば米の飯は帝国だとまったく流行らない。みんな小麦が大好きなのだ。いもやとうもろこしなどは家畜の餌として敬遠されている。基本的に焼くか煮るかのどちらかであった。他国では炒める、蒸す、油で揚げるなどがあり、サマドゾ領ではいろいろな調理法が広がってるのだ。
それ故に冒険者たちは様々な料理に感動し、食感を楽しんでいた。それなのにゲディスたちは仏頂面で重い空気が流れている。なのでせっかくの料理も心から楽しめずにいたのだ。
「僕は何とも思っていませんよ。イターリさんと仲良くすればいいではないですか」
「いや、イターリは関係ないだろうが。なんでここにあいつが出てくるんだよ」
先ほどからこれの繰り返しであった。イターリの方は調理の手伝いをしている。イターリは女性に見えるが男だ。それでもイターリは女性のように気遣いができた。普段は小悪魔的にふるまうが、ここでは普通に過ごしている。
「イターリさんは可愛いですからね。僕なんかよりイターリさんと一緒にいる方がいいでしょう」
「まったくわけがわからないな。イターリが可愛いからなんだってんだ」
ガムチチはまったくわけがわからない。なぜゲディスが不貞腐れるのか理解できないのだ。
確かにイターリの容姿は素晴らしい。だがそれだけだ。奇麗に着飾るだけでイターリを女として見たことはないのである。
相棒としてはゲディスが一番だと思っていた。なのにゲディスは見るからにイラついている。ガムチチはさっぱり意味が分からなかった。
「僕はもう寝ます。ガムチチさんはゆっくりしてってください」
ゲディスは席を立つと、そのままあてがわれた部屋に向かった。残されたのはガムチチだけだ。
周りの冒険者たちはほっとしている。そこに牧場主であるスヨテがやってきた。
「ガムチチさん、ゲディスさんと何かあったのですか? 随分険悪になっておりますな」
「さっぱりわからないんだよ。なんであいつが不機嫌になったのか、全然わからないんだ」
ガムチチはお手上げであった。ゲディスがなぜ不機嫌になるのか、わからないのである。
「ほっほっほ。ガムチチさんはこのウインナーソーセージをどう思いますか? この牧場の豚で作ったものですよ」
そう言ってスヨテは皿に揃ったウインナーソーセージを指差した。かなり太く口を大きく開かないと食べ切れない。
「俺は好きですよ。初めて食べたけどこれほどうまいものはありませんな」
「ではこの小さいソーセージはどうですか?」
今度は親指程あるソーセージを指差した。これは一口で食べられるサイズだ。
「小さいが、これはこれでうまいと思うけどな。いったい何が言いたいんだ?」
するとスヨテはにっこりと笑った。
「それでは赤貝やアワビはどうですか?」
「今度は貝か? ポンチ島で初めて食べたがこちらもうまかったぞ」
「なるほど、あなたはソーセージも食べられますが、貝類も好きなのですね。つまりあなたはどちらもいけるというわけですな」
スヨテは含み笑いをした。ガムチチは何や何やらわからない。頭をひねってもまったく思いつかなかった。ガムチチ自身考えることが苦手なのだ。この国の言葉と算数は冒険者ギルドで初心者講習を受けたので理解している。
そこにイターリが料理を持ってきた。
「スヨテ様も結構言いますね」
イターリは悪戯っぽく笑っている。どうやらスヨテの話を理解しているようだ。
一方でガムチチはスヨテの話が理解できていない様子である。
「イターリ。お前は何を知っているんだ?」
「秘密。鈍感なガムチチさんには教えてあげないよ」
ツンとイターリはそっぽを向いた。ガムチチはますます混乱するばかりである。




