第一七話 マッドゴーレム再び
オケツ牧場はタコイメの町より北西にあった。道中は雲雲崖を通らねばならない。この辺りは森の狩人であるアラクネが多いが、泥人形のマッドゴーレムも多いのだ。
オケツ牧場を作ったスヨテという男は、元司祭だという。町の教会に勤めていたが、十年前に突如牧場を作ると言い出した。弟子に跡を継がせた後、自身は開けた場所で牛や鶏、豚を飼育することにしたらしい。
今でも複数の弟子たちと共に牧場を運営しているとのことだ。
ゲディスたちは馬車を使って移動している。全部で三台だ。ゲディスとガムチチ、イターリの他に複数の男たちも乗っている。
馬車を出したのはゲディスではなく、コガンという町の食堂の親父だ。年齢は五十歳で、妻と二人で経営している。娘が三人ほどいたが、全員町を捨てて帝都に行ってしまったそうだ。なんでも数年前帝国からの使いが来て、帝都には夢がある、田舎にくすぶっている場合じゃないと煽られたそうだ。そのため町の若者たちはほとんど帝都へ移住したらしい。
コガンとスヨテは旧知の中で、牧場の乳製品や肉などを仕入れている。今回はスヨテの依頼でもあるが、コガンの依頼でもあるのだ。
ちなみに同行した若者たちは冒険者で護衛兼、牧場に新しく移住する者たちだという。彼らは外国から来た人間で帝都ではろくな仕事を得られないため、サマドゾ辺境伯領に来たという。しかしそこでも馴染めず、タコイメに来たそうだ。
「帝都ってのは余所者を忌み嫌うのかねぇ」
「そうですね。ゴマウン帝国は傲慢なんですよ。国土が広いから偉いんだと思い込んでいるのです。特に帝都は他所から若者たちを集め、奴隷のようにこき使っているそうですよ。その癖外国人を忌み嫌い、さらに家畜の様な扱いをしているそうです。まったく今の皇帝はどうかしているとしか思えません」
ゲディスは馬車に揺られながら愚痴をこぼした。ガムチチは横に座っているが、イターリがべったりとくっついている。ゲディスはちらちらと見て、さらに不機嫌になった。
ガムチチもイターリが必要以上にべたべたしてくるのに、辟易している。横にはキュウリやナス、ニンジンなどの野菜が入った籠が置いてあった。マッドゴーレム対策だそうな。
「お前さんがそこまで悪く言うとはねぇ。なんか意外な気がするよ」
「そうでもないですよ。僕だって人間です、不平不満は溜めてますよ」
「……なんか、いつもより機嫌が悪くないか?」
「いつも通りですよ!!」
ゲディスはぷいっとそっぽを向いた。ガムチチはわけがわからないと首を振る。
イターリはそれを見て、ぷぷっと噴出した。いったい何がおかしいのかわからない。
「ふふふ、妬いていますね。そんなにボクとガムチチさんがイチャイチャすることが気に食わないのかな」
「だったら離れてくれ。奇麗な奴は嫌いじゃないが、あんまりくっつかれても気分が悪いだけだ」
「そっけないね。でもそこが渋くてかっこいいかな。きっと女の子にモテモテなんだろうね」
「タコイメの町は若い女はいないよ。でもまあ、ばあさんたちにはキャーキャー言われているかな」
二人が他愛ない会話をしているとゲディスは無口になる。
すると前方で何か騒ぎが起きた。ゲディスたちは馬車を降りて、前に走り出す。
そこにはマッドゴーレムたちが五体ほど現れた。
道の脇から出てきたのだ。
「ハイホー、ヘイヘーイ! オケツ、フリフーリ!」
マッドゴーレムたちはゲディスたちに背を向け、お尻を振った。
そこから泥水を発射する。他の冒険者たちも外に出て応戦するが、うまくいかない。
マッドゴーレムの泥水攻撃は思いのほか強力であった。
泥の混じった水は土砂崩れと同じ脅威だ。中には小石も混じっており、当たれば怪我は避けられない。
「ハイホー、ヘイヘーイ。オケツ、フリフーリ!」
ゲディスは剣を振るおうとした。しかし泥水攻撃の前に苦戦している。
以前戦ったマッドゴーレムとはけた違いだ。地域によってモンスター娘の実力は変わる。同じ個体は存在しないのだ。
「マッドゴーレムどもめ、これでもくらえ!」
イターリが矢を射る。矢じりにはキュウリが刺さっていた。それをマッドゴーレムのお尻に突き刺す。キュウリを挿入されたマッドゴーレムの体がぐつぐつと震えた。そして身体が弾ける。そこから数十本のキュウリが出てきたのだ。
「今度はナスだ! ニンジンも喰らえ!!」
イターリの矢がマッドゴーレムのお尻に刺さる。どれも野菜が刺さっていた。
野菜を挿入されると、体を爆発させ野菜をまき散らす。
数分後には五体のマッドゴーレムを倒した。後は野菜が散らばっている。
「マッドゴーレムはね、野菜を挿入すると一気に野菜が増えるんだよ。正確には野菜の中にある種がマッドゴーレムの体を畑にして増殖するんだよね」
イターリが説明してくれた。普通に尻を攻撃しても倒せるが、野菜を挿入すれば、野菜が増殖するのでこちらがいいという。
それを聞いてガムチチが感心した。
「随分詳しいな。おかげで助かったけどな」
「ボクは魔獣やモンスター娘に詳しいのさ。ボクは北にある雪国、スキスノ聖国の出身でね。世界で最初に魔王に滅ぼされた国だから、魔獣やモンスター娘に詳しくなったんだよ」
「スキスノ聖国か……。一度魔王に滅ぼされたけど、宗教を立ち上げて復活したそうだね」
イターリの言葉にゲディスが答えた。
スキスノ聖国は世界最大の宗教団体だ。サマドゾ辺境伯領はもちろんだが、帝国でも影響力を持っている。世界で最初に魔王に滅ぼされたので、その手先である魔獣やモンスター娘の研究に余念がないという。イターリがその国の出身ならあり得る話だ。
「そうなのか。俺はアマゾオくらいしか知らないが、色々な国があるんだな」
「えへへ、ボクとしては国より、ボクの体を知ってほしいな」
そう言ってイターリはガムチチの左腕に抱き着いた。
それを見て、ますますゲディスの表情が曇っている。




