第30話 いきなり サキョイが 現れました
キョヤス王子はゲディスに説明した。
自分は8歳の頃、ゴマウン帝国の城で、キャコタ王国の第二王女アークイとその息子キョヤスを迎えたという。表向きは両国の友好のためだが、実際は皇帝クゼントとアークイの話し合いであった。
ゴマウン帝国の貴族、アヅホラ・ヨバクリ侯爵はキャコタ王国に嫁いだダシマエ・オサジン執政官の長女の引き渡しを要求したのである。
だがクゼントは反対した。そもそも自国の貴族令嬢が他国に嫁いでも問題はないからだ。
さすがの温和な皇帝もアヅホラ卿の理不尽な要求をのむことはない。だが彼は自分より弱い貴族を取り囲み、勢力拡大を図ったのだ。
アークイはキャコタ王国国王ゴキョインの代理として、クゼントと話し合いに来たのだという。
さてラボンクは従兄弟のキョヤスと話をしていた。彼はラボンクと同じ容姿で双子と間違われても不思議ではなかったという。しかし目は淀んでおり、人に不快感を与えるものだった。
キョヤス派自分の境遇を呪い、ラボンクの恵まれた将来に嫉妬した。
そして自分を眠らせ、ラボンクになりすましたのだ。自分自身に自己暗示呪文をかけ、自分がラボンクであると思い込ませたのだ。
逆にラボンクには自分はキョヤスと思い込ませた。もっとも一週間ほどで効果が切れたらしい。
「自己暗示呪文て、なんかご都合主義みたいな魔法だね」
ブッラがあくびをしながら答えた。あまり面白くない話なのだろう。死んだはずの伯父が生きていたことには驚いたが、あまり興味はなさそうだ。とはいえキョヤスが死んだことはざまあみろと思っている。一年前にブッラ達双子はキョヤスの命令で殺されそうになったのだ。
「確かにそうだけど、かけ方が非常にまずいですわね」
ブッラと対照的にクーパルは暗い顔になった。自己暗示呪文は知らない場所で魔女が暮らすために使う呪文である。大抵はこの集落で生まれたと暗示をかけるものだ。そうすれば名前を知らなくても誤魔化せる。
キョヤスの場合、自分がラボンクと思い込むのが問題なのだ。例え双子のように似ていても、中身は全然違う。そのため他人からそれを指摘されると無意識に修正しようとするのだ。
それが正しい情報とは限らない。人から教えられたことを素直に受け取る性格になってしまうのだ。
「兄上はバヤカロ皇妃とアヅホラ卿、伯父のアジャック枢機卿の言うことをよく聞いていたらしいけど……。そんな事情があったのか」
ゲディスは右手を額に当てる。あまりの事実に頭が痛くなったのだ。
「でもなんで自分の正体を教えなかったの?」
「そうですわよ。ゴマウン帝国の皇太子にしては無責任すぎますわ」
ブッラとクーパルがキョヤス、いやラボンクを責めた。だが彼は悲しそうに俯くだけだ。
それをヒコキモリが補佐する。
「仕方がありません。当時のアヅホラ卿はゴマウン帝国の半分以上の貴族たちを無理やり味方にさせていたそうです。もしラボンク様のことが露見されたら、自国の皇子を誘拐し、傀儡政治を狙おうとしたとしてキャコタ王国に戦争を仕掛けていたはずです。不幸中の幸いですが、自己暗示呪文のおかげでアヅホラ卿は最後までキョヤス王子をラボンク様だと信じていたようですね」
ゲディスは幼い頃を思い出す。義理の両親であるカホンワ男爵夫妻は、夜中アヅホラ卿の愚痴をこぼしていたのだ。それを執事でありメイドであるギメチカがゲディスを遠ざけていたが。
サキョイ将軍がいたらキャコタ王国は半壊しないと勝利できないと、義父がつぶやいていたのを覚えている。
「サキョイって誰なの?」
ブッラが訊ねた。ゲディスが答える。
「ロウスノ将軍の父親だよ。フルネームはサキョイ・ハドゲーイ公爵なんだ。クゼント前皇帝とはよく一緒にいたのを覚えているな」
ゲディスは6歳の頃を思い出す。サキョイ将軍は無骨な軍人であったが、クゼント皇帝と話をしている時はとても明るかった。もしかしたら二人は衆道の契りを交わしていたのかもしれない。今の自分がそうだから。
「ダコイク義父様の話だとサキョイ将軍はハァクイ母様を嫌っていたらしい。さらにはバガニル姉様も嫌っていたらしいんだ。母様に似ているという理由で」
「あの女は泥棒猫ですから」
ゲディスの背後に聞きなれない声がした。一瞬で飛びのくとそこに一人の男が立っていた。
筋肉隆々の男で、縮れた黒髪に口髭を生やした端正な顔立ちだった。黒いブーメランパンツとサンダルのみの異様な男である。
だが目は死んだ魚のように淀んでいた。
「なっ、誰だ!!」
「サキョイですよ。先ほどあなたが話をしていた本人です」
男は礼儀正しく頭を下げた。この男が纏う覇気はただものではないと察する。まるで獅子と対面している気分になった。だがいったいいつからいたのだろうか?
「あっ、あの人はサキョイ将軍です!! 間違いありません!!」
ヒコキモリが叫んだ。だがゲディスは首を傾げる。確かサキョイ将軍は9年前にクゼントとハァクイが薨去した数日後に亡くなったはずだ。その後を息子のロウスノが継いだのである。
そのため楽なことが好きなロウスノのせいで、ゴマウン帝国軍は弱体化していったのだ。
「ふむ。ヒコキモリか。憎いハァクイやバガニルに似ていますね」
サキョイはじろりとヒコキモリを見た。その瞬間殺気がほとばしる。空気と地面がピリピリ震えだした。
背後にいるオドタルとキオモタも石像のように動けずにいた。
「だが若いな。19年前ぶりだが当時より10歳ほど年を取っただけに見える……。あなたは何者だ?」
ラボンクが睨むと、サキョイは自己紹介を始めた。
「皆さま初めまして。わたくし、サキョイと申します。調停者キラウン様のしもべでございます。以後お見知りおきを」
そう言ってサキョイは再び頭を下げた。キラウンのしもべ? いったいどういうことだろうか。
「どうやって入ったでおじゃるか!! ここは基本界の一部を使った場所!! 姉者が許可をしなければ入れない空間でおじゃる!!」
「入れるとしたら、どぅふ……。術式を書き換えて隙間を作って潜入するくらい……、どぅふ」
オドタルが叫び、キオモタが推測を口にした。
「ほう、なかなか鋭いですね。ですが我が主キラウン様のおかげでございます。今回はゲディスの尻に私のいのちの精をそそぐのが目的なのですよ」
唐突な言葉にゲディスは目を丸くした。サキョイはぺろりと舌で唇を舐めた。まるで獲物を狙う猫のようだ。
「私はクゼント陛下を愛しておりました。いいえ、クゼント陛下と相思相愛でございました。なので私の間に入ったハァクイとニゥゴは大嫌いでしたよ。隙あらば殺すつもりでしたが、まったく隙がありませんでしたね」
訥々と語るサキョイに対してゲディスは寒気を覚えた。やはりサキョイとクゼントは結ばれていたのだ。だが無骨な軍人という印象が強かったサキョイが嫉妬心を吐露したことに驚いた。そして共感を覚えたのである。
「わたしとしてはクゼント陛下に似ているのはゲディスです。なのでわたしの愛を注いであげましょう」
「それはキラウンとやらの命令か? 冒険者ギルドではキラウンの報告が上がったが、あなたの目的はなんだ? 世界中を巻き込む大戦争か?」
ラボンクがゲディスの前に立った。そして腰に佩いてある剣を抜く。
「大戦争ですか……。昔は戦うのが大好きで、戦争をしかけたかったのですが、今は違いますね。キラウン様のしもべになったとき、世界の裏ではわたしの想像を超える出来事ばかりでしたよ」
サキョイは懐かしそうに眼を瞑って回想している。だが目を見開くと肉食獣のような覇気を出し始めた。
「断っておきますが、私は男色が好きではありません。好きな人がクゼント陛下だっただけです。嫌いな女はハァクイとニゥゴだけで、特に女を嫌っているわけではないのであしからず」
「ロウスノ将軍はダコイク義父様によって殺されたけど、復讐する気はないの?」
ゲディスが訊ねた。ロウスノはゲディスの義理の両親を殺害しようとした。だが返り討ちにされ一度は死亡したが、狼の魔獣に憑りつかれ復活したのである。ゲディスに逆恨みしており復讐を目論んだが大魔獣に食い殺されたのだ。
「あれが死んでも関係ないですよ。わたしにはどうでもいいことですから」
「なんですって!! あなたは僕をいじめていたロウスノ将軍を叱ったではありせんか!!」
「ああ、陛下に言われたからやっただけです。子供には厳しく罰しろとね。本当ならわたしに恥をかかせたあれを殺したくてたまらなかったのですが、我慢しました。偉いでしょう?」
ゲディスはそれを聞いて、心臓の音が高く鳴り響いた。あの男は異常である。自分の息子にまったく関心を持っていない。それどころかクゼント前皇帝だけが大事でそれ以外は無関心なのだ。
すべてはクゼントのため、クゼントが喜ぶなら何でもする。逆にクゼントに命じられたらなんでも言うことを聞く。自我がない子供のようだ。そんな男が従うキラウンはいったい何者だろうか。
「ブッラ、クーパル。お前たちはゲディスを守れ。お前はここを出てアブミラ宮殿に急ぐんだ」
ラボンクが前を向きながら答えた。頬は冷や汗が垂れている。
「サキョイ将軍は文字通り最強の男だ。サキョイ将軍一人で他国の軍隊を壊滅できるほどの実力を持っている。だが戦闘狂で戦争を望んでばかりいる危険人物だ!!」
「まろたちも聞いているでおじゃる。あの男に小細工は通じないでおじゃるよ」
「どぅふ、大事なのはゲディスたちを逃がす事。ここは俺たちが食い止める……どぅふ」
ラボンクとオドタル、キオモタがゲディスを守るように立ちふさがる。それを見たサキョイはため息をついた。
「ふむ、あなたたちはなかなかの実力者のようですね。ですが今回お楽しみ話です。早くゲディスのお尻をいただかないといけませんので」
「私もいますよ」
サキョイの前にヒコキモリがやってきた。彼女の手には両手杖が握られている。
「着替え呪文!!」
その瞬間、ヒコキモリの衣装が変わる。それは赤い衣装であった。赤いウサギの耳に、肩がむき出しのレオタード。網タイツにハイヒール。首に赤い蝶ネクタイと手首にはカフス。お尻の部分には白いウサギのしっぽが揺れていた。
「それは因幡尼の巫女服ですね」
ラボンクが訊ねると、ヒコキモリが即答した。
「はい。これはアブミラ様からいただいたものです。この方は災害と同じです。本気で行かせていただきますわ!!」
そう言ってヒコキモリは啖呵を切るのであった。サキョイはそれを見ても冷静なままである。
サキョイ将軍は当初出すつもりではありませんでした。
ですが敵として出すことで意表をつけると思いました。毒親にした方が悪役として引き立つと判断しました。
ただ過去の話を読み返すと矛盾点が目立ちますね。カホンワ男爵の息子はクロケットの視点だとボンクラだったと書いており、やってしまった感じです。この辺りは今後調整しますね。
読み返すのは大事だと思います。




